第22話 彼氏になってくれない?

「長生きは、するに越したことないと思うけどな」


 俺は八十代の自分を思い浮かべようとしながら、言ってみた。

 八十代なんて、少し前の世代にとっては死ぬ寸前の老いぼれって感じらしいけれど、俺たちの世代は違う。

 もはや人生百年時代なんて言われ始めていて、八十歳はまだまだ元気。

 そんな可能性すらあるのが俺たちの時代だ。

 俺も中年になったあたりで健康に気をつかい始めて、なんやかんやで元気な老後を過ごしているんじゃないかと、希望的観測なのだけどそんなイメージは持っていた。


 そして小平も長生きすることには肯定的だった。

 だけども妙なたとえ話でそのメリットを語った。


「三十歳で死ぬ人よりも、八十歳で死ぬ人の方が、生涯のうちに年末の宝くじで大金を手にする可能性は高いとも考えられるわよ」


「小平さぁ、お前それで私が『じゃあ長生きするわ』って言うと思うの?」


「その程度の理由でしてもいいものなのよ、長生きって。早く死んでしまうことに理由を探すよりも簡単なことだわ」


 俺たちは手元では淡々と無数の星を作りながら、死について議論めいた会話をしていた。


「小平って結構お気楽なんだね」


「だって私、きっと八十歳になっても美しいもの。それだけで生きているのは楽しいわよ」


「腹立つ」


 それだけ言って、桜田は少し黙った。

 その間にも星が増えていく。

 すると桜田は少しだけ話を元に戻して、


「そういえば、お前たちって将来の夢とかあるの。面倒な勉強を頑張ったり、血反吐を吐いても努力し続けたりするような夢」


 と俺たちに聞いた。


「夢なんて無いけど」


 小平も、無いわね、と答える。


「無いのかよ。まあ、無さそうだよな、お前たち」


「小平は、迷い中みたいなこと言ってたよな」


 いつだか登校中に一緒になった時に聞いた話を俺は思い出した。

 適切な夢が見つからない、と確か言っていた。

 桜田はそのことに興味を強く持ったみたいだった。


「へえ。なにで迷ってるわけ?」


「なにで、って言われても。そもそも、私はなにをするべきのが適切なのか、わからないのよ」


「適切ってなんだよ」


「私、こんなに綺麗に生まれたのよ。それに見合うことをしたいの。美しい小平仁奈に似合う、適切な生き方を」


 また桜田は少し黙った。

 とてつもなく綺麗な小平が自画自賛をすると、腹は立つし、どう返せば会話になるのか見当がつかなくなるしで、やりにくいのは同情する。

 桜田はふとした思い付きで、


「『アメイジング・グレイス』でも歌ってればいいんじゃね」


 とつぶやくように言った。


「どういうこと?」


「小平の『アメイジング・グレイス』は凄くいいって噂を聞いた。なら、『アメイジング・グレイス』の人として生きていけばいいじゃん」


 是非私も聞いてみたいな、と桜田は言った。

 小平は俺を見た。

 噂の出どころがここと思ったのだろう。

 そしてその推測はずばり当たりだった。

 俺はへらへらと笑っておいた。


「ねえ小平、歌ってみてよ」


「嫌よ」


「いいじゃん」


「絶対に嫌」


 いじられている感じでもするのか、小平は頑なに拒否する。

 いくら押しても小平は歌わないので桜田は、じゃあいいよ、と引いた。

 押してダメなら引いてみろ。

 でも小平は歌わなかった。

 黙ってしまって、どんどん星が出来ていくだけだった。


 桜田の言った、『アメイジング・グレイス』の人になるっていうのは、なかなか良いんじゃないかと俺には思えた。

 自分がとても上手く歌える歌で生きていく。

 本当にそれだけで食っていけるのか、という疑問はあるけれど。

 でも小平には絶対に向いている生き方だし、小平の言う美しい生き方にも合致していると思うのだ。


 ただ、そんなふうに言ったら俺まで小平の歌声をいじっているみたいに思われてしまいそうで、言い出せなかった。

 絶対に似合うよなあ、と想像を巡らせてしまって、俺もまた黙る。

 二人が黙ってしまって、とうとう桜田もなにも言葉を発さずに黙々と作業をし始める。

 昼休みの時間になる頃には、暗幕に貼り切れないほどの量の星が出来ていた。



 昼休み、弁当を食べ終えてゆっくりしていると、女体盛り発言をした花園が俺と小平にこそこそと近寄ってきた。

 そしてとても小さい声で俺たちに、


「とても大事な話がある。一緒に来てくれないか」


 と言った。

 言われたとおりに花園に付いていって、廊下に出る。

 花園は天文学部が展示をする教室から離れ、階段まで歩いた。


「それで、大事な話ってなんだ? 桜田にドッキリでもするのか?」


 花園にそう尋ねながら、俺は勘が冴えているように感じていた。

 桜田じゃなくて花園が来たってことは、桜田主導の話ではないってことは想像がついた。

 桜田グループの花園が、あたかも桜田に聞かれたくなさそうに俺たちを廊下に呼び出すのだから、ドッキリというのは良い推理のはずだ。

 しかし俺の推測は的中してはいなかった。


「半分正解ってところかな」


 と花園は言った。


「その前に確認したいことがあるんだけど、持山と小平って付き合っているのか?」


「いや、違うけど」


 俺たちは首を振って否定した。

 ならよかった、と花園は笑った。


「あのさ、持山。絵理沙の彼氏になってくれない?」


「はあ?」


 俺と小平は同時に声を上げていた。

 小平の方が俺よりも大きな声だった。


「ちょっと、なにを言っているの」


「お願い持山。これしか方法が無いんだよ。彼氏になって、それで絵理沙と結婚してあげてほしい」


 花園は両手を合わせ、腰を九十度曲げて頭を下げる。


「いや、なんの方法がだよ」


「絵理沙を自殺させない方法」


 自殺と聞いた瞬間に、俺たちは過度にシリアスな気持ちになる。

 冗談と笑い飛ばすことは全くできない。

 そしてそんな頼み事をしてきた花園自身、とても深刻そうにしていて、ただの恋愛話ではなかった。


「ほら、持山と小平、さっき絵理沙と話してたでしょ。その時に絵理沙、言ってたでしょ。長生きする気がないみたいなこと」


「言ってたけど……。だからって桜田が自殺するとは限らないだろ」


「でも、するかもしれない。そんなふうに私たちは感じてるんだ」


 私たち……、つまり花園だけじゃなくて、桜田と一緒にいるグループの女子たちがそう感じているらしい。


「絵理沙って、青春が全てみたいなことをいつも言っててさ。まるで大人になってからの人生なんて存在しないかのような言い方をするんだよね。それって、大人になったら自殺するって意味じゃないかな? 絵理沙が私たちを置いてこの世から消えていってしまいそうで怖いんだよ」


「そう心配になるの、私もちょっとわかる。自殺しかねない雰囲気、あるものね」


 と小平がうなずいた。

 彼女が肯定してしまうと、俺だって桜田が自殺しそうに感じられてきてしまう。

 確かに桜田は、将来のことなんてまるで軽視している。

 そういう振る舞いは花園たちだけじゃなくて、俺や小平にも見せていた。


「だからって、どうして俺が彼氏になるとか結婚するとかいう話になるんだよ」


「恋は人の心を支配して、呪いになるよ。彼氏や夫がいたら、その人を置いて死ぬなんてできなくなるでしょ。死ぬに死ねなくなるでしょ。そうすれば絵理沙は生きててくれる」


 なるほどね、と小平は言う。

 俺にとっては全然なるほどじゃない。

 そんなことで本当に桜田が自殺しなくなるというのか。


「そもそも、なんで俺なんだよ。別のやつでもいいだろ」


「確かに別の男でもいいよ。絵理沙に告白してくる男子はそれなりにいるし。でも、絵理沙、誰とも付き合わないんだよ」


「なら俺でも無理なんじゃないかな」


「それはやってみないとわからないじゃん。どんな人が絵理沙の好みなんて知らないし。下手な鉄砲ってやつだよ。一度告白してダメでも、何度も告白したらオッケーになるかもしれないじゃん。私たちも応援するからさ」


 そんなことを言われてもな、という気持ちだ。

 どうして人に言われて告白をしなきゃいけないんだろう。

 それも俺の気持ちも桜田の気持ちも完全に無視して。


「いいじゃない。やってみたら? 私も応援するわ」


 と小平が楽しそうに言った。

 小平の立場が羨ましい。

 そっち側だったら俺だって楽しそうにそう言えた。


「小平までやめてくれよ」


「やり方は正直どうかと私も思うけど。でも、桜田さんが死んでしまうのは私も嫌だもの。あの人のこと、私はあまり好きになれないけれど、魅力がある人なのはわかるわ」


「とにかくさ、絶対にやれとまでは言わないけどさ、お願いだから頼むよ。文化祭で、丁度いいタイミングじゃん? デートとかして、それで告白してみて」


 そう言って花園は教室に戻っていってしまう。


「なんて勝手な」


 俺は困惑や怒りでつぶやいた。

 小平も俺の気持ちは全く無視して、


「それでどうするの、告白。するの?」


 と聞いてくる。


「するわけないだろ」


 そう俺が答えると、残念ね、と小平は言った。

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