第21話 星になる少女

 堀先生の話にげんなりとさせられた俺は、一度家に帰ろうかと思った。

 俺は部活に所属していなくて今日はやることがない。

 だけど桜田が話しかけてきた。


「持山って帰宅部でしょ?」


「そうだけど」


「だよね。だったら私たちを手伝ってよ。小平もいるからさ」


 桜田って部活に所属していたのか。

 それも文化系の部活に。

 何部なんだと聞くと、天文学部だと桜田は答えた。


「私はさ、天文学部の準備をおろそかにしてまで、初原のことを調べたんだよ。ほら、風邪だってひく羽目になったし。そのお礼として手伝ってもらわないと困るんだけどな」


 風邪は自主的にひいたものだろうに。

 でも桜田たちが俺と小平のために時間を使ってくれたのはそのとおりだ。


「それで俺と小平を雑用に使おうってわけだな」


「そうそう、そのとおり。お望みとあれば、お前と小平を二人きりにさせてあげてもいいよ」


「なんだそれ」


「学校一の美少女と二人きりになって大接近。夢のある話じゃん」


 桜田は満面の笑みを浮かべながら、両手の人差し指の先をぴっとりとくっ付けた。

 俺たちを恋仲にする遊びをしようって腹なのだ。

 美人の小平と接近できるというのは魅力的な提案だけど、おもちゃにされるのは勘弁願いたいから、俺はその申し出を断る。


「別にやらんでいい。二人きりになったところでくっ付いたりしないから」


「なんだ、つまらない。まあ、それはそれとして、持山も手伝ってくれる?」


「それはもちろん」


 よしよし、と桜田は満足そうに言った。

 そして俺と小平は桜田グループに連れられて、天文学部の展示に使われる教室を訪れる。

 教室は机と椅子が撤去され、仕切りや掲示物を貼り付ける場所として使われる足つきの板が運び込まれただけの状態だった。

 まずはそのボードを配置するのが仕事だと桜田は言った。

 掲示物にはまだ完成していないものもあるそうだ。


「一体どういう展示をするの?」


 と小平が聞いた。


「テーマは、星の意味について。人間は夜に頭上に見える星に様々な意味を持たせて見ていた。そんな昔の人々の発想に触れようって展示。まあ、要するに占いの歴史なんだけども」


「でも、結構真面目なんだな」


 意外に思って、俺はそう言った。


「こういうのは真面目にやるから楽しいんだよ」


 と桜田は答える。

 その考えを勉強にも持ってくれば、成績もぐっと良くなるのだろうけど。

 桜田はその理由に加えて、部活なんだから先輩や後輩だっているのだと俺に言った。

 この教室に来たのがたまたま俺たちが一番早かっただけで、天文学部には三年生も一年生もいるのだ。

 いつも教室でつるんでいるやつらだけではない。

 顧問の先生だっている。

 好き勝手に怠けられるわけはないだろうと言われて、なるほどと思った。

 桜田たちの先輩後輩部員、そして顧問の先生は少ししたら揃った。


 俺と小平は助っ人として桜田に紹介される。

 顧問の先生たちは俺たちを快く受け入れてくれて、助かると喜んだ。


「男手が増えるのは頼もしいね。桜田さん、よく連れてきてくれたね」


 と顧問の先生は言った。

 先生に同意して、部員たちも桜田と俺たちに小さく拍手する。


 そして俺たちは作業を始める。

 俺と小平は、掲示用のボードを移動させる役目を与えられた。

 ボードはたくさんあった。

 壁際に置く分。

 さらに長い教室を三つに仕切るのに使う分だ。

 教室を仕切るついでに、部員用の小さなスペースも作る。

 展示をしている教室には常に何人か部員がいなくてはならない決まりがあるそうで、荷物置き場などのスペースを確保しておいた方がなにかと便利なのだそうだ。


 そう説明を受けて小平は感心していた。


「こういうことは、実際に部活に所属しないとわからないものね」


 と小平は言っていた。

 それに対して桜田が、


「文化祭っていうのは、準備している時が一番楽しいんだよ。実際に始まったら、胸をときめかせた割には面白くなくて、不完全燃焼で終わるじゃん? だから一番楽しいのは準備をする今この時なんだ」


 と言った。


 その桜田の言葉にも多少心を打たれた様子で、期待に満ちた顔を小平はした。

 なのだけれども、ボードを運ぶ段になると、俺と一緒にボードの脇を持って歩きながら、


「これって私も男手って扱いなのかしら」


 と不満げにつぶやいた。


「俺と一緒に来たからじゃないかな」


 それでセットにされたのだろう。

 そりゃあ使う側からしたら、二人セットにして指示を出した方が楽なのだから、当然そうなる。


「だとしてもよ。こんな美少女捕まえて、男手はないでしょう」


「うん、だからそういうつもりではないんだと思うよ」


 だけど小平は別に非力でもなく、天文学部の部員たちよりもよっぽど俺たちの方がてきぱきとボードを運べていた。

 パワーと言えば桜田もパワーはありそうだと思ったが、彼女はボードを運ぶ組にはいなかった。

 桜田は展示物の作成に先に取り掛かっていて、数人の先輩や後輩と一緒に楽しそうに喋りながら紙に太い油性ペンで文字を書いていた。

 ゆっくりと丁寧な文字を書いていく姿もまた桜田の印象とは少し違っていた。


 ボードの作業が終わると今度は大きな画用紙を渡される。

 それと一緒に星型の穴の開いた小さい紙も渡される。

 穴の空いている方はいわば型紙だそうだ。

 次の作業は、この型紙を使って大きな画用紙をどんどん切っていくことだと言われる。

 星型に切られた画用紙は、願い事を書くために使われるそうだ。

 願い事を書いた星を、夜空に見立てて暗幕を被せたボードに貼り付けていく。

 というのが今年の展示の見どころなのだそうだ。


「これは私の提案した企画なんだ。星と言えば、やっぱり願い事じゃん?」


 と桜田は、自らもこの単調な作業に加わる。

 ただ型紙どおりに線を引いて、カッターで切っていくだけだ。

 話しながらでないと退屈でたまらないから、俺は桜田に質問を投げかけてみる。


「桜田はこの星にどんな願い事をするんだ?」


「うん、アンタレスって知ってる? さそり座の一等星なんだけど。そいつは一等星だから凄く明かるく光っているのはもちろんだけど、位置的にね、さそり座のさそりの心臓っていうふうにも言われるんだ。星座の心臓ってなかなかおしゃれじゃん? 私もそういう星になりたいね」


「それ、願い事じゃなくて、どういう星になりたいか、じゃないか」


「同じだよ。私たちはいずれ星になるんだから。ほら、死んだら空の星になるってよく言うじゃん?」


 桜田は、自分が切り取ったばかりの星にボールペンで『後悔のない最高の青春を送る!』と書いた。

 そしてその星にセロハンテープを付けて、暗幕を被せたばかりのボードの中央あたりの目立つ所にくっ付けた。


「ふふん、私が一番だ。一番だと好きな場所に貼れる」


 そう言って桜田は鼻を鳴らし戻ってくる。

 まるで子供だ。

 そんなふうに呆れて俺たちは作業を続ける。

 桜田も再び星をカッターで切り出す。


「けど遅くに来たやつは大変だよ。貼ろうにも、ボードが星に一杯になってたら貼れないじゃん。願い事も叶わないね」


「別に貼れば叶うわけでもないんだから、いいでしょう」


「まあね。願い事ならそれでいいんだけどさ。でもさ、現実問題、どうよ?」


 どうよと言われても、なにに対してのことかわからず、俺と小平はぽかんとした。

 なにがどう現実問題なのやら。


「どうよって、なにが?」


 と小平がかなりの間を置いてから聞いた。


「死んで星になる時の話だよ。持山と小平はどうするつもり?」


「いや、私は別に死んでも星になるつもりはないけど」


 俺もそうだと小平に同調する。


「ってか、桜田はなるつもりなのか?」


「まさか。そんなこと信じてるわけないじゃん。でもさ、つもりがなくても、死んだら星になっちゃうかもしれないじゃん。その時に困るんじゃないかって話」


「困る……のか?」


 なにがどう困るというのか。

 桜田の空想にさっぱり付いていけない。

 そして桜田は、不出来な生徒に説明するように俺たちに言う。


「だからさ、今は二十一世紀でしょう? 人類なんて数えきれないほど生まれて死んできたわけじゃん。私たちより先に死んだ数えきれないほどの人が星になっているんだから、私たちが死んだ時に、ちゃんと私たちが星として輝くスペースが残っていないかもしれないでしょ。少なくとも、一等星とかのいい場所はもう先人に取られているんだし」


「そんな心配する人、初めて見た」


 私も、と小平はうなずく。

 桜田の話が突飛すぎて、俺と小平の意見が自然と一致してしまう。


「マジかよ。私は小さい頃からずっと心配してたよ。のうのうと生きていたら、星になった時に困るんじゃないかってね。それこそ長生きなんて悪いことなんじゃないかって思ったくらい。正直、今でも長生きしなきゃいけない理由はわからないし」


「なんかさ」


 俺は桜田の話を聞いていてふと感じたことがあって、それを桜田に言う。


「桜田ってさ、未来に対してなんか悲観的じゃないか?」


 楽しいのは今この瞬間、この青春の間であって、これ以降の人生はつまらないもの。

 そう決めつける態度を時折彼女は見せていた。

 そしてそれは勘違いではなかった。

 桜田は俺の指摘を肯定する。


「私はよく八十歳の自分を思い浮かべるんだよ。明日、なにもやることが無い。楽しいことは遠い過去の思い出の中にしか無い。そんな惨めな老後の姿ばかり思い浮かぶ。そんな未来しか待っていないなら、長生きする意味なんて無いでしょ」

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