第20話 勝利した人生を送りなさい

 音楽が俺たちの人生を包んでいる。

 目に映る世界を彩る歌は、優しく共感してくれることもあるけれど、一つの方向に導くこともある。

 初原の気持ちが乱反射しているような彼女の最後の歌を聴いて、彼女の感情に染まったその日には学校に行けなかった。

 一夜が明けて、今日こそは学校に行かないとならない。

 両親や姉を心配させないためにもだ。

 朝から初原の歌とは全く違うロックを聴いて、心を平らに静まらせる。

 小平には、昨日のこと自体を秘密にしようと思った。

 綿密な作戦なんてないけれども、なんとかなるはずだ。

 お気に入りのロックに後押ししてもらえばそんなふうにも思えた。


 一日ぶりに登校すると桜田グループだけでなくて小平まで既に学校に来ていた。

 しかも小平も桜田と一緒にいて、一体なにがあったんだろうと思ったのだけれども、俺が教室に入るなり彼女たちは俺を手招いてきた。


「どうした?」


「どうした、じゃないだろ。お前、昨日なにしてた?」


 と桜田が聞いてきた。


「なにって……、風邪をひいて学校を休んでいた」


 もちろん俺は誤魔化す。

 小平だけでなく桜田にも、初原の歌のことは秘密にしておくことに決めていた。

 しかし二人は信じていないふうだった。

 流行りの風邪を俺より先にひいた二人だからだろうか。


 小平が、


「晴夏の彼氏に会っていたんじゃないの?」


 とずばり正解を言い当ててくる。

 なんでそれを知っているんだ、と一瞬動揺する。

 だけども、ただの推測で言っただけかもしれないだろと思い直す。

 だから俺はやっぱり誤魔化す。


「そんな桜田みたいなことしない。普通に熱が出てたんだ」


「本当? 本当に穂村に会ってない?」


 今度は桜田が、じっと俺を見てくる。

 表情から真実を見抜かれないように、緊張を胸の内側に留めておきながらも、桜田の目から視線を外さずに俺は答える。


「本当に会ってない。っていうか、いきなりなんなんだ?」


「いきなりもなにも、でしょ。なんだ、もしかして持山、知らないの?」


「なにが」


 桜田の口振りからすると、どうやら小平もそれを知っているらしい。

 穂村に関するなにか。

 それは一体なんだっていうのか。


「昨日、穂村が自殺したんだよ」


 と桜田が言った。

 小平がそれに静かに補足して、飛び降り自殺だったと言った。

 初原の時と同じように、ショッピングセンターで飛び降りたそうだ。


「えっ、マジか」


 俺が穂村と会ったのは午前中のことだった。

 それまでは確かに生きていたのだ。

 でも二人の話が本当なら、俺が初原の歌を繰り返し聴いているうちに、彼は飛び降りたことになる。

 同じ場所で同じ方法を選んだのなら、後追い自殺というやつだろうか。


「なんでそんなことを」


 と俺は思わず口にしていた。

 どうして自殺したのかその理由の一端を俺は瞬時に理解していたのに、そんな言葉が出てきた。

 演技のつもりは少しもなかった。


「なんでって、そりゃあ後追い自殺なんじゃない?」


 桜田はごく普通の推測を口にする。

 彼女にもそう多くの情報が入っているわけではないようだった。

 だけど俺は、穂村と会っていたから知っている。

 彼が自殺した理由の一つには、初原の遺品を人に託せたことがあるのだろう。

 それにもう一つ。

 昨日彼は、自分に野球の才能が無いことを再認識した。

 そのこともきっと自殺に関係しているのだろう。


「それで、持山は本当に穂村と会っていないの?」


 と桜田は再度聞いてくる。

 いくら聞かれようとも俺の返事は変わらない。

 会ってない、と俺は言う。


「もしかして俺は犯人として疑われているのか?」


 こんなセリフが出てくるのは、俺に隠し事があるせいだろうか。

 でも俺はある意味では犯人に近い。

 俺が死に追いやったわけじゃないけれど、自殺するきっかけを与えてしまったのは俺だった。


「疑うなんて、そんなことあるわけないでしょ」


 と小平が否定してくれる。


「だって持山くんは不器用そうだから、殺そうと思ったら直接手にかけるわよ」


「言い方にやや棘があるけど、ありがとう」


「別に犯人扱いしたいってわけじゃないよ。もし昨日穂村に会っていたなら、なんか遺言みたいなのを聞いてたかもしれないじゃん。そういうことを聞きたかったんだよ」


「なるほど。そういうことだったか」


 その後、朝のホームルームでも堀先生が穂村の件に触れた。

 夏休みが明けてから登校しない日が続いていたけど、まだこの学校の生徒ではあったからだ。

 結論からすると、自殺という言い方は正確ではなくて、穂村は死んでいなかった。

 だから自殺未遂ということになる。

 先生の話によると、穂村は初原と同じようにショッピングセンターの屋上からの飛び降りを考えていたそうだ。

 だけど初原の自殺があったから、そこには仮設ながらも自殺防止のフェンスがあって、飛び降りることができなかった。

 だから他の場所を探して、どうにか飛び降り自殺を試みたのだが、初原の時よりも低い場所から飛び降りたために命が助かったのだということだった。

 怪我も脚の骨折程度で済んでいるそうだ。


 穂村が生きていたことに俺は少なからず安心していた。

 だけど、さっき小平と桜田から穂村の死を聞かされた時の喪失感ははっきりと残っていた。

 命が助かったにしても、穂村は自ら死のうとしたのだ。

 ある部分では、それは死んだのと同じだと言えるんじゃないのか。

 穂村は自殺を思い留まれないほど生きる意志を失ってしまって、初原と同じように自分を殺すために飛び降りるという行為に踏み切ったということは事実としてあるのだ。

 つまり完遂できなかっただけで、穂村は自分を殺したのだ。

 そのことが俺をむなしい気持ちにさせた。


 先生は文化祭のことを話している。

 明日から文化祭で、そのために今日は通常の授業がないのだ。

 所属している部で展示がある人はその準備を。

 展示がない部に所属している人は、その部の方針に従うこと。(大体は部の練習になるのだろう)

 そもそも部活に所属していない人は自由行動で、寄り道はダメだが一度家に帰ってしまってもいい。

 そして十五時頃に一旦教室に戻ってきて、ホームルームをやり、合唱の練習をする。

 そういう予定になっていることを俺たちはあらかじめ伝えられていて、先生はその再確認ということで同じことを喋った。


「さて、明日からは文化祭です。今日は授業もありません。ですから、みなさんはとても浮足立っていることと思います。それは仕方ないことでしょう。ですが、文化祭が終わったらすぐに気持ちを切り替えて、勉強に集中をしましょう。そのことを胸に刻み込んでおいてください」


 ホームルームの最後に、先生はそう言って勉強が大切であることを語り始めた。

 この前、俺と小平を職員室で叱るのと一緒に話したように、先生は勉強こそが大事だと俺たちに説く。


「明るい未来が見えにくく、将来に不安が多いのがみなさんの時代です。そんな時代だから、不安に負けてしまう人もいるのだと先生は思います。でも、みなさんにはその不安に打ち勝ち、そして勝利した人生を送ってほしいのです。いいですか? 勝利の近道は勉強です。たくさん勉強して良い大学に行き、そこでもたくさん学び、知恵をつけるのです。頭の良い人間になって人生を勝利してください。それが先生がみなさんに望むことです。ですから文化祭が終わった後、いつまでも浮かれた気持ちを引っ張ることなく、勉強に励むようにしてください」


 人生を勝利する。

 その堀先生の言い方はまるで初原や穂村のことを負け組の人間と切り捨てたように思えてしまった。

 それは俺が先生の言い回しに揚げ足を取っているだけのことで、先生にそんな意図はないんだろうってことはよくわかっている。

 だけど堀先生のように二人のことを遠目には見られない。

 二人とも話したことのある知り合いだ。

 近い分だけ俺の気持ちは二人の心情に引き寄せられる。

 俺は浮かれてなんかいない。

 だけども地に足が着いてもいない。

 二人が自殺に踏み切った気分に引き寄せられて不安定に漂っている。

 だから俺には堀先生の言う人生の勝利なんて考える余裕がなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます