第19話 ポップソング

 初原の歌のデータを俺に渡してしまうと、穂村も話すことをもはや無くしてしまったようだった。

 あれだけべらべらと喋る男が沈黙するというのは妙な感じだった。

 居心地が悪くなったのは穂村も同じだったらしい。


「俺、帰るわ。野球の練習なんて、もうする必要ないしな。お前のおかげでなんだか踏ん切りがついた。ありがとう」


 と穂村は言った。


「ああ。俺の方こそ、ありがとうな」


 USBメモリを握った手を軽く挙げて、感謝を示す。

 聞きたいことは大体聞けたと思った。

 まだ聞いていない話があるとすれば。


「そういえば、初原って気に入った歌詞のランキングを作っていたらしいんだけど、なんか知らないか?」


「さあ。わからないな」


 音楽の話はあまりわからないんだ、と穂村は照れたように言う。

 さっきの話からすると、だからこそ初原は穂村に歌のデータを渡したのだろう。

 結局俺の探していたランキングは見つからないのかもしれない。

 そもそも俺もそれを作って、交換で見せてもらうという約束だったのだ。

 俺はまだランキングを作っていない。

 仮にどこかに初原が記したメモが残っていても、それを読む資格は無いのかもしれない。

 そして手に入れられなかったランキングの代わりに、もっと明確に彼女の世界観を伝えるであろう音楽データを俺は譲り受けていた。



 家に帰る。

 まだ昼前だった。


「あら、おかえり」


 と母に迎えられる。


「意外と早かったわね。また出かけるの?」


「いや、もう済んじゃった。今から学校に行った方がいいかな?」


「別に行かなくてもいいんじゃない。行くにしても、家でご飯食べてからにしたら」


 お弁当の残り物になっちゃうけどね、と母は言った。

 だけど母はご飯でチャーハンを作り、そしてスープも付けて出した。

 他のおかずも電子レンジで軽く温められて、学校で食べるよりも美味しかった。

 母も俺と同じ物を食べる。


「いつもこういうふうに食べてるんだ?」


「まさか。余り物そのままに決まっているじゃない。一人で食べるのにいちいち作っていたら面倒なのよ」


「なるほど」


 昼食を終えて、俺は母にパソコンを借りた。

 学校に行くにしても、受け取った初原の最後の歌を聴いてからにしようと思った。

 歌のデータをパソコン経由でスマホに移す。

 そして俺は自室に戻り、イヤホンでその歌を聴いた。

 俺はちょっとだけ高い値段だったヘッドホンも持っていたけど、初原が自殺した時のように、穂村が公園で走っていた時のように、イヤホンで聴くのが正しい作法に思えて、俺もそうしたのだった。


 初原が最後に作った歌はポップソングを強く意識した、だけどとても歌いやすいテンポの歌だった。

 口ずさんだり、弾き語りをしたり、あるいは合唱をしたり。

 そういうことのしやすそうな歌だった。


 とても良く出来た歌で、アマチュアの高校生が作ったとは思えなかった。

 それはクオリティーだけの話ではなくて、曲の雰囲気からしてそうだった。

 まるで、ずっと昔から多くの人に歌われてきた定番曲のような顔をして、角ばったところのないメロディーをしていた。

 これまでの流行歌とは違う音楽を聞かせるんだという気概は全く無い。

 若者が作ったにしては角が立たなすぎる、ともすれば聞き流されてしまいそうな曲なのだけど、それがむしろ俺たちの記憶に刻まれている定番曲のような錯覚を起こさせた。

 コンビニや百円ショップで流れてきても、多くの人があまり気に留めず買い物を続けるのだけど、何度か聞いているうちにそのメロディーを覚えてしまっているような。

 そんなイメージが浮かんでくる。


 そして初原はそんな歌の中で希望を語っていた。

 初原は『今日までの思い出が明日、夢を追う翼に変わるよ』と歌う。

 ストレートな希望のフレーズは俺の好みとも初原の好みとも少しずれていたけれど、曲の印象に残りやすい部分にそのフレーズは配置されていて、俺の心に響いた。

 初原はそのフレーズを、自分自身を励ますように歌っていた。


 俺は初原の最後に作った歌を何度も繰り返し聴いた。

 聴くうちに初原の気持ちが段々と伝わってくるようだった。

 初原の歌は彼女そのものだった。

 俺は初原のことを理解する。

 とても良く出来た歌だった。

 この歌を完成させた初原は穂村に『最高の曲が出来た』と語った。

 たとえばその「最高」の意味が今の俺にはわかるような気がした。

 それは、単純に出来が良いって意味で言ったわけじゃないのだと俺は思った。


 私の人生の中で、これ以上ない出来。

 つまりは、もうこれより良い歌は私には作れない。


 そこまでのニュアンスが含まれていてもおかしくはなかった。

 だから初原はその言葉の後にこう続けた。


『私の人生は終わった』


 初原が歌を完成させてから自殺したのは、それが未練だったからじゃなかった。

 未練のために自殺を遅らせていたのではなかったのだ。

 彼女は自分の人生において最高傑作の歌を完成させることによって、人生を終わらせたのだ。

 そして人生が終わったから、彼女は死んだ。

 なにも自殺することはないだろうに、でもそんな馬鹿げた理屈で初原は自殺をしたのだと想像できた。


 そんな最高傑作の歌を、ネットで全世界に発信することだってできるのに、なぜ隠そうとしたのかも歌を聴いていればわかる。

 たとえば初原の作った『今日までの思い出が明日、夢を追う翼に変わるよ』というフレーズ。

 人生の希望を語った歌だから、自分自身を励ますようにも、近しい誰かを励ますようにも歌えてしまう。

 あるいは、自分と友達のグループを指して、みんなに希望があるというふうにだって歌える。

 歌詞には私とも君とも私たちとも書かれていない。

 明言しないのが華と思ったのか、他の単語を入れることを重視して切り捨てたのか。

 どういう過程があったにせよ、歌詞の中で励ます対象は指定されず、だけど初原の声は自分自身を励ますように歌っていた。

 そういった細かいニュアンスが彼女の歌声には込められていた。

 だけど他の人が歌えば、全く別のニュアンスを持った歌に変貌するだろう。


 俺が真っ先に思い浮かべたのは小平だった。

 この歌は小平に非常に向いている歌だった。

 どんな歌でも『アメイジング・グレイス』のようにしてしまう小平がこの歌を歌えば、間違いなく、人々が希望ある未来を生きられるよう祈っている歌に聞こえてくる。

 人生に希望があると励ます歌において、その歌い方はとても素直で正しい。

 初原の歌い方よりも小平の歌い方が心地よく聞こえてしまうかもしれない。

 そんなふうに初原の歌を自分のものにしてしまう声を小平は持っていた。

 小平だけではないだろう。

 プロの歌手というのは、他人の曲を自分のもののように歌ってしまえるなんて話を聞く。

 そうやって初原の思っていたものと異なるニュアンスで歌われてしまう可能性が十分にあった。


 言うなれば音楽とは、歌い方ひとつで歌詞の意味が変わってしまう、脆い結晶だった。

 初原はその結晶を傷一つ付かないように守ろうとしてしまったのだろう。

 最高傑作であったばかりに、その自分の世界を守りたくなって、初原は人に聞かせたくないと思ってしまったのかもしれない。


 初原の気持ちを理解した俺は、すっかり学校に行く気が失せてしまっていた。

 学校に行けば、小平がいる。

 だけども小平には初原の最後の歌を受け取った話はできない。

 彼女にこの歌を聴かせるわけにはいかない。

 もしかしたら小平の歌声によって、初原の最後の歌の意味が変えられてしまうかもしれないからだ。

 初原はそれを望んでいなくて、だから誰にも聞かせないようにと遺言を遺した。

 その遺言を、初原の最後の望みを裏切るというのは、あまりにも身に重い。

 そんなことをしたいとは思えない。

 だから小平にはこの歌のことは黙っておくしかないと思った。

 このまま季節が過ぎていって小平にとっても初原のことが過去の出来事になるのを待つしかない。


 今日までの初原との思い出が、いつまでも小平の夢を追う翼に変わることなく、遠い思い出のままであること。


 それがおそらく初原の望んでいることだった。

 そして小平はいつか初原の歌のことなんてすっかり忘れて生きていくのだと俺は思った。

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