第16話 晴夏の遺言

 翌朝は、教室が騒がしかった。

 騒がしくしているのは桜田グループの桜田以外だ。

 風邪で休んだ桜田が復帰したかと思ったら、実は学校をサボって出歩いていたのだと打ち明けられた。

 それでずるいずるいとずっと言っているのだった。

 その様子を見て、昨日のうちに桜田が彼女たちに連絡しなかったのが正しかったと理解できた。

 こんな調子なら、桜田の後を追って学校を飛び出すやつがいてもおかしくない。

 グループのうちの一人がそうすれば、他のメンバーも次々に出ていきかねない。

 友達グループというロープを固く握りしめている彼女たちを、桜田はぞんざいな口振りでクールダウンさせていた。


 そして小平が登校してくる。

 教室に入ってきた小平は俺と目を合わせる。

 示し合わせる。

 もっと正しく言えば、再確認する。

 俺たちはうなずき合う。

 昨日の夜、別れ際に桜田は、穂村のことについては持山から小平に伝えておいてくれ、と俺に言った。

 ファミレスに小平を呼ばなかったのは、やはり小平に対して苦手意識とかがあるからだろう。

 喫茶店で話した時にも言い合いになったし、俺からしても二人が一緒にいるのは落ち着かないものがある。

 接触を減らそうとするのもよくわかるから桜田の要望どおり、俺から小平に穂村のことはその夜のうちにメッセージを送って伝えておいた。

 そうしたら返信が来て、


『私も晴夏の彼氏に会いたい』


 と小平は言ってきた。

 桜田が穂村と接触した公園の場所は俺も知っている。

 そこに行けば会えるかもしれないと伝えると、


『それなら明日の放課後、一緒に来て』


 と返してきたのだった。

 俺は了解して、だから今日は放課後に小平と穂村を探しに公園へ行くことになっている。

 だから俺たちがしたのは、放課後はよろしく、という目配せなのだった。


 桜田グループも数十分を経て落ち着いてきて、ホームルームは堀先生が大して喋らず短く終わり、波乱まみれの昨日と打って変わって平凡な一日が始まった。

 授業が始まればクラスを眠気が薄く覆い、波はさらに鎮まっていく。

 なんにも起こらない一日を過ごす。


 放課後になると、


「行きましょう」


 と小平から声をかけてきた。


「あれはいいのか?」


 図書室の精霊。

 それは小平の仕事みたいなものではないのか。

 蔵書が図書室に寄らずに帰ってしまっていいのだろうか。


「絶対に毎日いなきゃいけないわけじゃないもの。放課後になって風邪をひくことだってあるでしょう」


「風邪かあ」


「風邪よ。一日で治る風邪」


 小平は拳を口に当てて咳ばらいをする。

 その風邪は昨日桜田がかかった病気だ。


「流行り病だな」


 と俺は言った。

 風邪が流行るのも仕方ない。

 この間まで残暑だと言っていたのに、外はもう秋の風が吹いていた。



 桜田が穂村と話したというベンチには、誰もいなかった。


「わかってはいたけど、毎日学校サボって公園のベンチに座っているわけはないわね」


 と言って小平はそのベンチに座った。

 俺も横に座る。

 どれだけの距離を離して座ったものか悩みそうになったけれど、並んで歩く時と同じくらいの距離で座る。

 三十センチぐらいの距離。


「ここ以外だと、どこにいるかしらね」


「見当もつかない。そもそも昨日はどうしてここにいたんだろう」


 想像を巡らせてみると、やはり重要そうなのは音楽を聴いているイヤホンだった。

 家の中じゃなくて、外で音楽を聴きたいことってある。

 町の風景をぼんやりと眺めながら聴くと、その歌詞やメロディが町と、そして世界と一体化するような感じがある。

 それを味わうために外で音楽を聴こうとしていたのだとすれば、あまり騒がしい所には行かないだろう。

 でも静かすぎる必要はない。

 公園は条件に合う場所だ。


「今日はダメでも、しばらくここで待っていれば会えるかもしれない」


 と俺は小平に言った。

 そして今思い付いた仮説を話す。

 なるほどね、と言って小平は人差し指をあごに添えた。


「高校と、それから晴夏の通っていた中学。その近辺の公園を探してみるのはどうかしら」


「なるほど。生活圏の中を探すわけか」


「ええ。でも明日からは別の公園を探してみましょう。桜田さんたちに手分けしてもらうと早いわね。今日は私たちだけだから、ここで待ちましょう」


 そう言って小平は足を組んで、くつろぎ始める。

 たぶん歩くのが面倒なんだなと、その様子を見て思った。

 桜田グループにやらせる気満々だし。


 そんなことを話していたらランニングをしている男が通りがかった。

 ウインドブレーカーを着て、イヤホンを耳に着けている坊主頭の男。

 彼はベンチに座る俺たちを見て、ぎょっとした顔をする。

 俺もぎょっとした。

 その顔には見覚えがあって、間違いなく穂村だった。

 穂村はぎょっとしたまま、走っていった。

 俺も穂村が行ってしまってから、


「あれ、穂村だ」


 とようやく言った。


「ええっ?」


「今ランニングしてたやつ。あれ穂村」


「そうなの?」


 小平は急いで立ち上がろうとするが、腰を上げる前に思い直して再びくつろぐ体勢を取った。


「ランニングしてるなら、またぐるりと一周してくるわね」


 待っていたら、穂村はちゃんと一周して戻ってきた。

 俺たちは手招きしながら穂村を呼び止める。

 穂村はスマホを操作して音楽の再生を止めてから、イヤホンを外した。


「なんだ、あんたら?」


「昨日、桜田ってやつが君に話しかけてきただろ」


「ああ……」


「その知り合い。俺たちも初原のことが聞きたくて、あんたを探してたんだ」


 そう自己紹介をすると、穂村は渋い顔をした。

 あまり初原のことには触れてほしくないと思っているのが見え見えな表情だった。

 桜田が馬鹿もとい不器用と言ったのもうなずけた。

 そして小平が早速切り込む。


「今、なんの曲を聴いていたの?」


「いや、これは……なんでもない」


「晴夏の歌でしょう。コーヒーの歌? それとも水着の歌かしら」


 昨日穂村と会った桜田は、思い込んでいたことが二つあった。

 桜田は穂村犯人説を推すあまり、彼が犯人かそうでないかを確かめることばかり聞いてしまっていた。

 そしてもう一つは、彼がイヤホンで聞いていたのはエッチなものだろうと思ったことだ。

 桜田とは違う道を小平は足早に進んでいく。


「お前、晴夏のこと……」


「私も晴夏とは仲が良かったの。彼女の歌を聞かせてもらえるくらいにはね」


「そうだったのか」


 穂村の警戒心がぱっと薄れる。

 だけども穂村は首を横に振った。


「だけど悪いな。これはお前たちには関係無いことだから」


 桜田から聞いた話と違って、穂村はあまり多く語らない。

 いや、俺たちの質問に対して話すまいと懸命になっていた。

 なにかを隠していることは明らかだった。

 穂村は体の向きを変えて、走り去ろうとする。

 その一歩目を踏み出したところで小平の言った言葉が彼の足を止めた。


「晴夏の新曲でしょ、もしかして。たぶん晴夏が自殺をする前に作った最後の一曲……、違う?」


「凄いな。正解だよ。もしかして、あんたら探偵なのか?」


 穂村は俺たちに背を向けたまま、笑って尋ねた。


「探偵なんかじゃないわよ。言ったでしょ、私は晴夏と仲が良かったの。晴夏が、歌を作るのがとても好きだったのも知ってる。だからあなたがそうやって聴いているのは晴夏の歌だと思ったし、そんなに隠そうとするのは、晴夏の曲を独り占めにしたいからかしら?」


「そうじゃない。俺が独り占めにしたくて隠しているわけじゃない。これは晴夏の遺言なんだ。『この曲は他の誰にも聞かせないこと。それを条件に聞かせてあげる』って。晴夏は死ぬ二日前にそう言って、俺にこの歌のデータをくれたんだ。だから晴夏の大親友だったとしても、この歌を教えるわけにはいかないんだ。わかってくれ」


 小平はうつむいた。

 初原がそう遺言していたとしても、聴きたいという気持ちが悔しそうな表情を作っていた。

 そして初原の最後の歌を聴くために穂村をどう説得すればいいのか必死に考えていた。

 俺は場をつなぐためにも、


「俺たち、初原を自殺に追い込んだ犯人がいるんじゃないかって思ってる。そのことになにか心当たりはないか?」


「晴夏を殺した犯人、そんなのいないだろ。俺に歌のデータをくれた時、あいつ凄く嬉しそうに言ってたんだ。『最高の曲が出来た。私の人生は終わった』……どういう意味か今でもよくわからないけれど、とにかく人生が終わったと思ったから死んだってことだろ」


 そう言って、穂村は走っていってしまった。

 しばらく待っていても、一周して戻ってくることはなかった。

 初原は誰かに殺されたわけじゃない。

 答えは出てしまった。

 だけど答えだけがぽっと照らされているのみで、俺たちの知りたいことはまだ全然わかっていなかった。


「私、晴夏のことは大体知っているつもりだったけど、でも全然知らなかったのね。ただそれだけの話だったのね」


 小平は自分自身に向けた厳しい目つきでそう言った。

 そもそも初原のことをよく知らなかったのだから、わからないことは、わからない。

 そんな結論を小平は出した。

 でも俺はその幕の下ろし方に納得ができなかった。

 俺はもっと初原のことを知りたい。

 小平は俺よりももっとその気持ちが強いはずだ。

 それなのにここで終わりにするのは変だと思った。

 まだ俺たちは初原の最後の歌だって聴いていない。

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