第15話 ママカー

 桜田は壮大なエピソードを聞かせてやろうと、朝起きたところから話を始めたが、それは大して俺の興味をそそる話でもなかったし、桜田自身話していてなんの面白味も感じなかったみたいで、話は一気に端折られて穂村を見つけたところまで場面は飛んだ。

 桜田は公園で穂村を見つけたと言った。

 近所にある公園で、中にサッカーグラウンドがあるほど広い。

 グラウンドの外周で犬を散歩させている人などをよく見かける公園だった。

 その外周に設けられているベンチに穂村が座っているのを発見したのだと桜田は語った。


「野球辞めたのに坊主のままでね、凄くわかりやすかった。イヤホンで音楽聴いてて、『なに聴いているんですか』って後ろから話しかけたら、超びっくりしてた。びくって飛び跳ねるみたいな感じで。あれは笑えたよ」


「それで、なにを聴いてたんだ?」


「答えてくれなかった。『あんた誰だ』って言われてね。その後も何度か聞いてみたんだけど、はぐらかすだけで、教えてくれなかった。エッチなの聞いてたのかもね」


 それだったら後ろから話しかけられてびくってなるのも納得じゃん?

 と桜田は笑った。

 はぐらかすというのはかなり怪しく感じて気になったけれども、桜田の推測のエッチなやつの話を掘り下げられても嫌で、


「まあ、音楽のことはいいよ。続きを話してくれよ」


 と俺は促した。


「誰だって聞かれたから、初原のクラスメイトだって答えた。で、穂村が初原の彼氏だったって噂を耳にしたから初原のことを聞きたいと思って穂村を探してた、ってありのままを言ったよ」


 そして桜田は穂村に尋ねた。


『穂村が初原の彼氏だったのは本当?』


 すると穂村はうなずいた。


『本当だ。付き合ってた。俺から告白したんだ。あいつとは同じ中学で、その時から好きだったんだ。すぐにオッケーしてくれた時は、マジで嬉しかった。実はその告白の後すぐにキスまでしたんだぜ』


「一を聞いたら十まで答えてくれるもんだから、話を聞くのは超絶簡単だった。って言うか、そこまで聞いてねえしって思った。全部自分のペースでしか話をしないタイプだね」


 よっぽどたくさん話を聞いてきたみたいで、桜田は自慢げに笑って俺にそう話した。

 そして時折パスタを口に運び、うんうんと味に納得しながら続きをどう語ろうかと考えた。

 結局桜田は、穂村から聞き出したことを羅列するように話した。


 穂村と初原が付き合い始めたのは、穂村が野球部を辞めてからのこと。

 それまで告白しなかったのは野球に集中したかったから。

 だけど肩を壊して野球ができなくなったから(穂村はピッチャーだったそうだ)恋愛禁止も解除して初原に告白をした。

 肩を壊した理由は、自主練のオーバーワーク。

 甲子園に出るようなピッチャーと比べると穂村の実力は数段劣るもので、その差を埋めるためにはとにかく練習しかないと思ったらしい。

 だけどそれが裏目に出て、肩を壊してしまった。

 痛みがあっても、それは練習をたくさんした証拠であり、どれだけ痛くても練習を続けることで更なる高みを目指せると勘違いしてしまったのだと穂村は言っていたそうだ。


「野球辞めてから告白したっていうのが、私としては気に入らない」


 桜田は苛立ちを食欲に変えて、パスタを食べるペースを上げる。

 なにが桜田は気に入っていないかと言えば、それは穂村犯人説が彼女の主張だったからだ。

 穂村が野球部を辞める原因が初原にあり、それを恨んだ穂村が初原を死に追いやった。

 その説を通すのであれば、野球部にいた頃から深い関係にあってほしいというのが桜田の思いだったようだ。


「まあまあ。穂村が嘘をついているかもしれないじゃないか」


「無いね。そんな可能性」


 きっぱりと桜田は言った。

 そしてパスタの最後の数本を、皿を持ち上げてフォークでかき寄せてすする。

 皿を持ち上げたまま桜田は、


「私が名探偵であることを警戒して話せるほど、賢そうな感じじゃなかった。むしろ馬鹿っぽかった」


 と言った。


「馬鹿って言い方はよくないと思うけど……、そうだったんだ?」


「じゃあ別の言い方をするなら、不器用そうだった」


「うん、そっちの方がいいよ」


「なにがいいんだ?」


 首を傾げ、皿を置く。


「馬鹿はちょっと罵倒している感じが強いから、印象悪いだろ」


「不器用も十分悪口だと思うけどな」


「悪口じゃなくて、あくまで事実を言っている雰囲気がある」


「今の持山の言い方が一番悪口っぽくね?」


 そうかな、と俺は首を傾げる。

 そして店内を見回るように歩いていたスタッフが、俺たちの食事が終わったことに気が付いて、皿の回収に来た。

 ほどなくして桜田の頼んだミニパフェが運ばれてくる。

 栗のクリームをすくって食べると、桜田の顔はほころんだ。


「とにかくさー、穂村犯人説もだいぶ薄い気がするね」


「彼氏でも先生でもないとすると、犯人は誰なんだろうな」


 さあな、と軽い調子で桜田は言う。

 パフェが来て、穂村の話がどうでもよくなった様子だ。

 俺も犯人の候補に挙げられる人物が一人も思い浮かばなくて、さっき桜田から聞いた穂村のことを思い返していた。

 初原の彼氏についてまだ謎があるだろうか。

 そういえばイヤホンで聴いていたという曲はなんだったんだろう。

 イヤホンと言えば、初原が自殺した時にもイヤホンで『BELIEVE』を聴いていたなんて噂があった。

 もしや穂村も『BELIEVE』を聞いていたとか。

 でもあれは恋人に死なれてしまった時には、そしてなにより自殺をする時には、そぐわない歌に思える。

 だからこそ聴きたくなってしまうこともあるかもしれないけれど。

 ただ、穂村が初原の死の悲しみにひたろうとするのであれば、聴いていても不思議じゃない。

 そういう目的なら、初原の作った歌を聴いていることだってあるかもしれない。

 俺は即興のものしか聴いたことがないけれど、小平は色々と聴かせてもらったことがあるらしい、初原の歌。

 それを穂村も知っていたっておかしくない。

 だって彼氏なんだから。


「そういや、初原については聞いたのか?」


 と俺は桜田に尋ねた。


「ん? なにが?」


「穂村は初原の彼氏なんだから、初原のことを色々知っているかもしれないだろ。それこそ俺たちが知らないようなことまで。それは聞いてこなかったのか?」


「あー……」


 桜田は目を泳がせた。

 聞いてこなかったのかよ。

 うなだれるように桜田は頭を下げた。


「すまん。穂村犯人説に夢中すぎて、すっかり忘れてた」


「お、お前ー!」


「本当にすまん……。パフェ半分あげるから許して」


 既に半分ほど食べ終わっていたパフェを俺に差し出してくる。

 でも俺は甘い物で大喜びするような人間じゃないし、そもそも夕飯を食ってきたからピザで腹は一杯だ。


「いや、パフェをくれなくたって許すから、食べなよ」


「いいのか! ありがとう!」


 桜田は許しを得て戻ってきたパフェの残りを、ぺろりと食べた。



 その帰り、俺は桜田のお母さんが運転する車に乗せられた。

 赤いミニバンだった。

 家まで送ると言われて、俺は拒否をしたのだけれども、


「人様の子を預かっておきながら、一人で夜道を帰らせるわけにはいかないでしょ」


 と桜田のお母さんは言って、俺の乗ってきた自転車を強引に荷室に載せてしまった。

 そこまでされると、俺もお言葉に甘えなくてはならない。

 俺と桜田は後部座席に乗った。


 駐車場から車を出すなり、桜田のお母さんは、


「それで、持山くん? だったわよね。持山くんは、絵理沙と付き合っているのかしら」


 と聞いてきた。

 親のする質問とは思えなくて、面食らった。

 そういうのって、俺たちの年齢がするような質問じゃないか。


「いえ、違いますけど」


 遠慮がちに俺は答えた。

 きっぱりと違うと言うのも、母親に対してだと失礼なのではないかと思ったからだ。

 しかし、違うと答えたことで桜田のお母さんは残念がった。


「なんだ。彼氏だったら安心できたのに」


「安心、ですか? 普通、子供に恋人が出来たら心配するものじゃないですか?」


 車は右折レーンに入るが、前の車両がなかなか曲がれずにいた。

 そして俺たちの乗る車が曲がる前に信号は赤になってしまう。

 右折の意思表示をするウインカーが点滅する、カチカチという音が、規則正しい心音のように車内に響いた。


「安心するわよ。魅力的な人だと思ってもらえるから、恋人同士になれるわけでしょ。ちゃんとそういうふうに思ってもらえる子に育てられたんだなって、安心するわよ」


「そうなんですか」


 娘に彼氏が出来てうろたえる父親というのはテレビでもよく聞く話で、親ってそういうもんだと思っていた。

 だけどそういう考え方をする人もいるのか、と俺は意外に感じていた。


「彼氏とは違いますけど、桜田はクラスの人気者で、こいつを慕っているやつはたくさんいますよ」


 と俺はお母さんに教えてあげた。

 そうなの、と桜田のお母さんは嬉しそうな声を漏らす。

 その車内での会話に、桜田は混ざってこなかった。

 だけど照れた様子もなく、ただ全く別のことを考えているような無表情で前を向いていた。

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