第14話 私の冒険譚を聞かせてやろう

 職員室での精神的なダメージも退屈な授業を聞いているうちに癒えて、居眠りまでしてしまったから眠気も全然無かった。

 そしてホームルームがあり、最後に合唱の練習をする。

 桜田までいなくなった俺たちは抜け殻みたいに合唱をしていた。

 桜田グループの面々は、桜田が風邪で休んだのだと信じ込んでいて、やる気を失っていた。

 声の大きな一人が抜けて、そこからさらに取り巻きの声が小さくなって、そうすると合唱にあまり興味の無かった連中もしっかり声を出そうとは思わなくなっていた。

 一人変わらない調子で歌っているのは小平だけど、彼女の歌声は元から合唱から外れている。

 そういうわけで、酷い出来だった。

 だけど堀先生はなんら苦言を呈することなく、いつもどおりに二回だけ練習をさせると教室から出ていってしまう。

 堀先生にとっては文化祭の合唱コンクールなんて努力するに値しないイベントなのだろう。

 やる気の無い教師というのも調子が狂う。

 普通はやたらにやる気があって情熱的な教師のことを、斜に構えた生徒たちがウザがるものだ。

 それなのに教師の側が偏屈だと生徒としてはひねくれようが難しそうだ。

 幸い俺はそんなに偏屈じゃないし、合唱コンクールに傾ける情熱も無い。

 早く帰れることが素直に嬉しい。

 穂村に接触した桜田の報告を待つしかないから、今日のところは俺もやることがない。


 桜田から電話がかかってきたのは、夕飯を済ませて風呂にも入った後の、夜の八時だった。


「どうした?」


「お前、今から外に出れるか? 今日のことを話してやろうと思ってさ」


 出れないこともない。

 うちは門限とかも無くて、緩いのだ。

 姉も俺も(特に姉のおかげだ)親に心配かけるようなことをせずに今まで暮らしてきた。

 そういった信頼感から、両親は俺たちのやることにあまり口出しをしないでいてくれる。


「ああ……、今日はこっちも散々だったよ。どこに行けばいい?」


 桜田はファミレスの名前を言った。

『どんぐりころころのころ』よりかは近い場所にある。


「わかった。それじゃあ後でな」


 と俺は通話を切る。

 そして着替えをして、リビングにいた母と姉に出かけることを告げる。


「友達から話したいことがあるって呼び出されたから、ちょっと行ってくる」


 集合場所になったファミレスの場所も教えておく。

 そういった親への配慮が家庭の平和と自由を守ることを、俺は姉の振る舞いから学んでいる。

 その姉が、もしかして彼女、とにやにやした顔で俺を見る。


「彼女じゃないから」


 と俺は答えた。

 どうだかね、と目を細めて俺を疑う。


「本当に違うから、後つけたりとかするなよ」


「帰りが遅くなったらそうしてもらおうかしら」


 と母が言った。


「なるべく早く帰れるようにするし、遅くなりそうだったら連絡する」


 当然です、と姉はうなずいた。

 母もそれを真似して力強くうなずいた。

 俺は呆れながら、行ってきます、と言った。


 言われたファミレスに行くと、パーカーを着た桜田がいた。

 パーカーは星やドクロを散りばめた派手めのデザインで、もうそのパーカーだけでサボタージュを思う存分に楽しんだような雰囲気があった。


「よっす」


 と桜田自身も上機嫌だった。


「よっす、じゃないよ。こっちは散々な一日だったんだから」


「そんなこと言ってたな。なんかあったの?」


「色々と」


 俺は手短に今日の出来事を説明しようとした。

 だけど今日起きたことを思い浮かべてみると、短く話せそうにはなかった。


「今日は長い一日だったんだよ。朝から波乱続きだった」


「へえ。だったら私もサボらないで学校行けば良かったかな」


 事件とあらば首を突っ込みたいのだろう。

 だけど今日学校に桜田がいたら、首を突っ込むどころか渦中の人物になっていた。

 全く違う展開になっていたに違いない。


「それはそれで恐ろしいな」


 と俺はつぶやくように言った。

 なんだそりゃ、と首を傾げながら、桜田は俺にメニューの冊子を差し出した。


「なんか頼む? 私は腹減ってきたからパスタ食べるけど」


「じゃあ俺もなにか食うかな」


 さっき夕飯を食べたのに、それでもメニューを見ていると、腹が減ってきたように感じる。

 そうは言ってもたくさんは食べられないだろう。

 俺はピザを頼むことにした。

 桜田はタラコパスタと、そして栗を使った小さいパフェを頼んだ。


「そいでもって、なにがあったんだよ?」


 桜田はわくわくとした面持ちで、俺に話を促した。

 俺としては本題の、桜田の方の話が気になっていたのだけども、どうせ注文もしてしまって時間はたっぷりあるのだから俺たちの話をする余裕もあるのかと思い直した。


「朝から大変だったんだ」


 そういえばホームルームのことだけじゃなくて、桜田グループのこともあった。

 桜田がいなくて、休んだ理由もわからなくて、グループの連中が戸惑っていたことを教える。


「なんでサボること、俺にしか教えなかったんだよ。あいつら困ってたぞ。借りてきた猫みたいになってて。合唱の練習でも全然声出てなかったし」


「ああ、あいつらには教えなかったんだ。だって、あいつらまで学校サボるかもしれないじゃん? それって教育上、良くないと思うんだよね」


 桜田はテーブルに肘をついて猫背になり、パーマのかかった髪の束を手櫛でいじる。


「どの立場から教育を語っているんだよ。そんなこと言う桜田がサボってるじゃないか」


「んふふ。私はいいんだよ、私は。自分の責任でやっていることだもの。でも私に影響されてあいつらがサボるっていうのは、良くないでしょ。サボるならちゃんと自分の意思でサボろうぜって思わない?」


 厳密に言えば、自分の意思による行為だとしても学校をサボるのは一般的に良くないことだ。

 けどそこが話の本筋じゃなくて、桜田の言いたいことには俺もなんとなく同意できた。

 サボる理由を他人のせいってことにするのは、それはずるいよな。


「ってか、合唱酷かったんだな」


 と桜田は笑った。

 やっぱりな、という感じの笑い方だった。


「みんな、いつもより声が出てなかったよ。唯一いつもどおりに歌っていたのが小平」


「うげ、地獄じゃん。あいつの歌、全然『明日への扉』って感じじゃねえもん」


「なにを歌っても、あんな感じになるって小平は言ってた」


「へえ、そりゃ大変だ」


 同情するように桜田は言った。

 カラオケも楽しめないと思ったのだろう。


「でも『アメイジング・グレイス』が凄く合うんだ、あの歌声って」


 と俺は教えてやった。


「聞いたこと、あるんだ?」


「一度だけ」


「へえ」


 桜田は目をつぶって、『アメイジング・グレイス』を小平が歌うところを想像する。

 イメージがついたのか、つかないのか、


「私も聞いてみたいな」


 と桜田は言った。


「頼んでみれば?」


「私が頼んで素直に歌うかな、あいつ。そうだ、いっそ合唱コンクールの曲を『アメイジング・グレイス』に変えたらいいじゃんね」


 冗談を言うように桜田は言ったけれど、結構ありだと俺は思った。

 合唱コンクールで上位を目指すのなら小平の歌声が邪魔にならない、むしろ効果的に働く歌を選んだ方が良いのは間違いない。

 だったら『アメイジング・グレイス』はぴったりだ。

 そう思って、いいかもな、と返したら、


「いいのか?」


 と桜田が首を傾げた。


「キリスト教の学校でもないのに讃美歌を合唱する? 仏様が可哀想じゃん」


「最近の若者は無宗教だから、元々仏様は可哀想なんだ」


 俺も、葬式の時に南無阿弥陀仏と言ってそれでおしまいというタイプだ。

 クリスマスだってキリスト様を祝うわけじゃない。

 ただツリーを楽しく飾って、美味い食べ物を食べて、そしてプレゼントが入れられる赤い靴下に感謝するためにある日だ。


「まあ、どっちにしろ今更歌を変えるのは無理があるか」


 そうだな、と俺はうなずいた。

 一向に上達はしないがそれなりの日数をかけて練習してきた。

 文化祭は近付いてきていて、今更小平のためだけに歌を変更するわけにはいかないだろう。

 なにより堀先生はそういうことを面倒くさがりそうだ。


 俺は話を戻して、堀先生がホームルームで噂が広まっていることを怒ったことや小平の失言のことを話した。

 そして昼休みには俺も職員室に行って一緒に怒られて、なんだか話の流れで噂を広めたのが俺たちになってしまったことも桜田に報告する。


「なになに、罪を被ってくれたの? いいやつじゃん」


「まあな。潔白なことになっていた方が、桜田も動きやすいと思ったしな」


「助かる助かる。その恩には報いないといかんね。それじゃあそろそろ私の冒険譚を聞かせてやろうかな」


 注文したピザとパスタが運ばれてきた。

 桜田はフォークをくるくると回して麺を取り、一口、二口と食べてから、今日あったことを話し始めた。

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