第12話 俺たちのすべきこと

 穏やかならざる午前だった。

 授業を受けていてさっぱり落ち着かず、おかげで居眠りを一度もしないで先生の話を聞いていられた。

 全くもって嫌な時間だった。

 俺が怒られるのではなく、小平が昼休みに職員室に顔を出さなくてはならなくなったのだけれども、俺は無性に緊張していた。

 一体なんて怒られるんだろう、とほとんど当事者のように不安がっていた。

 俺も小平の横にいてやった方が良いだろうか、いや、いたところでどうなる。

 呼んでもいないやつが一緒に来たら、堀先生も戸惑うだけだろう。

 俺は堀先生が犯人だとは思っていないのだし。


 あまりにも落ち着かないが、小平が先生に怒られる場面について空想していたって、どうにもならない。

 先のことを考えたってどうしようもない、みたいな話は聞くけれど、他人の先のことを考えているんだから本当にどうにもならない。

 だから俺は別のことを考えようと思った。

 考えるとすれば、堀先生が犯人という小平がでっちあげた説のことしか無かった。

 堀先生が犯人。

 初原もこのクラスの生徒だったことを考えれば、他の先生が犯人というケースよりも、まだ担任の堀先生が犯人の方があり得る話だ。

 そして教師の言動が生徒を自殺に追い込んだという刺激的なストーリーは、今の時代、現実味のあるように聞こえる物語だ。

 世の中がそういう刺激の強い悪しき物語に満ちていることをニュースは語っている。

 スマホで、車載カメラで、様々な光景が記録されるようになり、事件の瞬間が映像と共に報道される。

 悪しき物語はこんなにも溢れているんだ、と俺たちが持つ小さなカメラは世間の姿を暴く。

 だから、今時はそういう事件があり得ることのように、日常の中に当然として潜んでいるように、思えてくる。

 そんなイメージが、堀先生犯人説をもっともらしい推測のように聞こえさせるのだった。


 だけど冷静に考えてみれば、堀先生がなにかをしたって証拠は無い。

 強いて言えば堀先生は初原の担任だから、他の先生よりかは犯人になり得るというだけで、でもそれはなんの証拠でもない。

 桜田たちの情報網にも、もっともらしい噂として入ってきてはいない様子だった。

 そんな噂自体、今朝までは立っていなかったかもしれないのだ。


『ただ今ゲームセンターに来ています。やっぱり不登校の不良のいる場所って言ったらゲーセンだと思いません? っつーわけで探してみてるんだけど、それらしいやつはいないわ。それらしいやつどころか、客が全然いねえでやんの。UFOキャッチャーメインでさ、どれも可愛いぬいぐるみとかで、家族連れとかカップルとかが来る所なんだろうな。はずれだった』


 休み時間になると、桜田からメッセージが送られてきた。

 画像も一緒で、ゲームセンターで自撮りした写真だった。

 ぬいぐるみが閉じ込められたUFOキャッチャーの前でピースサインをしている。

 そして写真の中には、『1000円使ったけど取れなかった』と手書きふうの白い文字が書かれてあった。


 なんてのんきな。

 今日という日に学校をサボった桜田のタイミングの良さが羨ましくなる。

 皮肉でも送ってやろうかと思ったけれども、桜田グループのメンバーに覗き見られるのは避けたいと思って、手短に重要な要件だけ送っておく。


『堀先生が犯人ってあると思うか?』


 すぐに返事が来た。


『さあ? けど、そんな噂聞いてない。なんかあった?』


『ごめん放課後話す。ありがとう』


 やっぱり桜田の耳にも入っていなかった。

 だったら堀先生が犯人の可能性は薄いか。


 少しほっとして俺は次の授業を受けた。

 そうしたらその休み時間に、


『昼休み、暇だったら穂村信富を探しておいて。必死に色々探しておいて、学校にいたから見つかりませんでした、だと笑い話じゃん。もし学校にいるならお前が見つけておいてくれよ』


 と桜田は送ってきた。

 また写真も一緒だった。

 今度はクラスの集合写真で、その中の一人の顔に丸が描かれていた。

 坊主頭の精悍な男子。

 やはり坊主頭が目立って、それだけでいかにも野球部だと感じる。

 でも引退したってことは髪の毛を伸ばしているかもしれない。

 探すならそこには気を付けないといけないな、と俺は送られてきた写真を保存する。


 四時限目の授業が終わって昼休みに入ると、小平は席を立った。

 俺も立ち上がり、教室を出る小平を追う。


「どうかしたの? 私のことが心配になった?」


 自分に自信を持った顔でそのように聞いてくる。

 俺は笑った。


「今ので心配無くなった。けど、できれば同行したいかな」


 穂村が学校に来ているか確認しなくてはならないが、それは先生の話を聞き終わってからでもできるだろう。

 可能性は低いとしても先生が犯人って可能性はあるのだから、口を滑らさないか俺も一緒になって確認しておきたかった。


「でもあなたが来る理由なんて無いわ」


「なに言ってる。俺は、小平が純粋に初原の死に納得できなくて、それで犯人捜しをしようって言ったのをよく知っているんだぞ。つまりは弁護人さ」


 ホームルームであんな発言をしたのは、小平が悪い。

 それは間違いないけれど、だからって小平を問題児とか悪人とか思われるのは心外で、そこのところを誤解が無いように俺は先生に言ってやりたかった。

 小平は表面的な言動には悪いところも見られるが、友達想いの良い人間なのだ。

 口から出てくる言葉が酷くても、それでも心根は外見と一致して綺麗なのだ。

 それを堀先生という俺たちを管理する大人にも理解してもらって、許してもらいたかった。


「弁護なんてできるの? 別にしなくたって、素直に怒られていれば済む話なのよ」


 と小平は余裕たっぷりに笑う。


「確かに俺も素直に怒られるだけになるかもしれないけど」


「じゃあ意味無いじゃない」


「一人で怒られるよりかはマシ、とは思ってくれないのか?」


「一人で怒られた方がマシだった、なんてことにならないといいけど。怒られたからって泣いたりしないでよね」


 皮肉を言うが、小平は俺の同行を許してくれた。

 俺たちは一緒に階段を降り、一階にある職員室を訪れた。


 俺たちを見た堀先生は、なんで持山くんまで来たのかしら、という怪訝そうな顔をした。


「なんで持山くんまで来たのかしら?」


 表情とそっくりそのままなことを先生は言った。

 俺は背筋を伸ばして答える。


「小平の弁護です。彼女は先生が思うほど悪くはありません。それと今朝のことは反省しています」


 俺がそう言うと、堀先生は参ったように指で額を支えた。

 そのポーズで少し考えた後に、


「反省しているのなら、小平さんの口からそう聞きたかったわね」


 と言った。

 小平は、ダメじゃん、ととても小さな声で恨み言を言った。

 当然その声は先生に聞こえていて、鋭い視線が小平に刺さる。


「持山くんに同行してもらうまでもなく、もちろん反省しています。すみませんでした」


 小平は素直に頭を下げる。

 さっき言っていたとおりに、素直に怒られる作戦でいるみたいだ。


「ただ、さっきも言ったとおり、小平は悪気があったわけじゃないんです」


「なんでさっきからあなたが喋るの」


 若干苛立ったように堀先生は言った。

 俺が異分子なのは、俺から見ても明らかだ。

 小平は頭を下げっぱなしにしている。

 やっぱ来るんじゃなかったかな、と後悔するけど俺は話を続ける。


「話させてください。小平は、初原の死が納得できていないんです。仲の良かった小平からしたら初原の自殺はとても不自然で、彼女を自殺に追いやった人間がいるんじゃないかって小平は考えたんです。俺もそのことで相談を受けていました。一緒に犯人を見つけてほしいって。そういうわけで小平は初原の話に敏感になっていて、今朝もあんなふうになってしまったんだと思います」


「とりあえず小平さんは頭を上げなさい」


 そう先生に言われて、やっと小平は頭を上げた。

 抵抗をする気のない彼女は無表情だった。


「初原さんの自殺が信じられなかったということはわかりました。今朝も反省をしているのならいいでしょう。それで、犯人の噂を流したのはどっちなの?」


 いや、それは桜田なのだけれども。

 ここで彼女の名前を出すべきかどうかと俺が悩んだ一瞬に、


「私です」


 と小平が罪を被った。

 確かに俺たちってことにしておけば、桜田グループは動きやすいか。


「俺が助言しました。噂話を流せば、その中から新しい情報が出てくるんじゃないかって」


「そうですか。でも実際には、ありもしない噂のせいで困っている人たちがいます。そのことはわかりますね?」


 はい、と俺たちは同時に言い、悔やんでいるようにうつむく。

 事実、すまないと思う気持ちはあった。

 俺たちの知らないところで不本意な巻き込まれ方をしてしまった人がいるのは知らなかったのだ。

 俺が桜田に頼んでそうなってしまったのに、肝心の俺がそれを知らないでいたことは、悪いことだろう。

 だから、すまないと思う。

 でも悔やむ気持ちはまだ無かった。

 もし他にもっと良い、誰も傷付かない方法があったことに気が付いたら、その時には後悔するかもしれない。

 だけどこの手段しか浮かばない俺は、見知らぬ誰かよりも小平と初原に寄り添いたい気持ちの方が強くて、そういう意味では真っ当に悔やんではいなかった。


「あなたたちの事情はわかりました。初原さんのことを大切に思う気持ちはとても素晴らしいと思います。でも、私は教師としてはっきり叱らせていただきます。たとえ誰かが疑わしいと思っても、それを調べるのはあなたたちのやるべきことではありません。あなたたちにはもっと他に、やらなきゃいけないことがあります」


 やるべきこと。

 思い浮かんだのは合唱コンクールだった。

 初原が参加できなかったイベント。

 俺たちが初原の分まで頑張ろうってことをきっと先生は言いたいのだ。


「あなたたちがやるべきこと、それは学問に励むこと。すなわち勉強です」


 と先生は言った。

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