第11話 あなたが犯人です

 桜田が学校をサボるとメッセージを俺に送ってきたのは、もしかして彼女の冗談ではないのかという気持ちもあったのだけれども、教室に入るとどうやら本当のことだったらしいとわかった。

 毎日早くに教室に来ている桜田の姿は無かった。

 ただ、いつもは「桜田たち」と認識されていたグループの、桜田以外のメンバーはみんな揃っていた。

 彼女たちは、桜田が学校に来ていないというだけで、暗い顔をしているように見えた。

 そしてとても静かだった。

 まるでクラスの中でも暗くて物静かな人物であるかのように、桜田の席を中心にして小さな態度で集まっていた。

 彼女の席に腰かけている女体盛りの女子――確か花園とかいう名前だった――も、代行の中心人物にはなっていなかった。

 なにも話さずに、まるで優等生のように黒板の方を向いて、座っているのだった。

 黙っているだけでも、桜田がいなくても、彼女たちにはそれなりの存在感があった。

 桜田が女王なら、彼女たちはその臣下か貴族といったところだろう。

 このクラスの中心人物の集まったグループということに変わりがないと、見た目には感じる。

 だけど貴族たちは、女王無しではどのように振る舞ったらいいのか、見当が付かない様子だった。

 静かにしながらも落ち着かない表情をしていた。

 そして桜田が寝坊したなどと言って駆けてきてくれることを待ち望んでいた。


「可哀想ね」


 と小平は俺に言って、自分の席に向かっていった。

 俺は小平がどういう意味合いで可哀想と言ったのか測りかねた。

 だけど俺も、彼女たちは可哀想だと思った。

 桜田は勝手に学校をサボって、そのせいで戸惑う羽目になっているのだ。

 リーダー格のスタンドプレーは困るだろうと俺は彼女たちに同情する。


 教室に入ってきた俺と目の合った女体盛りの花園が、桜田の席から立ちあがって、俺の方へ寄ってきた。


「なあ、持山。絵理沙がまだ来てないんだけどさ、学校休むとかなんか言ってなかったか?」


 と話しかけてくる。

 桜田はサボると言っていたけれど。

 でも、彼女たちにはなんの連絡も入れなかったのか。

 桜田のことだから普通なら彼女たちにもなんらかのメッセージを送っていそうなものだ。

 そう意外に思って、


「いや、知らないよ」


 と俺は答えた。

 桜田が彼女たちに知らせなかったのは、なんか考えがあってのことなんじゃないかと想像したからだ。

 花園は残念そうに、そうか、と小さい声で言うと桜田の席に戻っていった。

 彼女たちの期待に反して、ホームルームの時間になっても、桜田は登校してこなかった。


 担任の堀先生は、硬い顔をして教室に入ってきた。

 起立と礼をする時から、なにかあったんだろうかという空気が教室内に漂うほど、堀先生はいつもとは違った表情だった。


「最近この学校内で、根拠の無い、悪意のある噂が広まっています」


 と堀先生は話し始めた。

 それは初原の自殺に関する噂のことだった。


「初原さんが自殺した件について、おかしな噂が立っています。初原さんを自殺に追いやった犯人がいるというものです。あの人だ、この人だ、と根拠も無いのに犯人扱いされる生徒も出ているとのことです。初原さんの自殺した原因はわかっていません。遺書も残っていませんでした。それなのに無実の人を殺人犯呼ばわるすることは、決して許されることではありません。みなさんが噂を広めたのではないと先生は信じていますが、これからも勝手な噂を立てることはしないように気を付けてください。また、耳に入ってきた噂を広めることもないようにしてください。噂に尾ひれがついて、また無実の誰かが犯人呼ばわりされてしまうかもしれないからです」


 その話を聞く間、俺は必死で無表情を取り繕った。

 犯人がいるって噂を最初に立てたのは、桜田だ。

 このクラスの生徒ではないと信じるだなんて先生は言ったけれど、それは先生の勝手な信用であって、実際にはこのクラスの人間が発端なのだ。

 それを知っている俺は、知っていることが顔に出てしまわないように、真面目に話を聞いているふうな表情を作る。

 噂話とはなんの関係もない生徒として、先生の話をまともに受け取っている振りを心掛ける。


 先生の話には、俺の知らないことも含まれていた。

 初原の自殺の犯人について根も葉もない噂が立って、犯人扱いされている人がいるということ。

 それは桜田情報では聞かされていなかった。

 先生の耳に入っているのなら、桜田の耳にだって入っていそうなものだ。

 だとすると、それらはよっぽど信ぴょう性の無い噂話で、桜田も相手にしなかったのかもしれない。

 噂話なんて全く耳に入ってこない俺にとっては桜田フィルター越しに聞いた話が全てだった。

 だけどその裏で、フィルターに絡め取られて捨てられた無数のくだらない噂があるのかもしれなかった。


 そんな情報の選別まで桜田たちはやっていたとするなら、ますます感謝しないといけない。

 そして今日は学校をサボってまで調査に出かけている桜田の情熱は、俺なんかとは比べ物にならない凄いものだと尊敬の念も生まれる。

 その熱意はあるいは小平よりもあるのかもしれない。

 むしろ小平は、真実をどう見つければわからない知識不足な面を踏まえても、そう多く行動を起こしたわけじゃない。

 俺に声をかけて、お気に入りの喫茶店に導いたくらいのものだ。

 それだって勇気のいることではあったのだろうけれども。

 でもがむしゃらに調査に出かけるのではなく図書室で蔵書をやっている。

 それは熱意の問題だろうか、それとも性格の問題で済まされる話だろうか。

 わからないけれども、桜田の動きっぷりと比べると、熱意が足りないと言われても仕方ない態度に思える。

 そもそも小平は初原の真相に対して、追い求めると言うよりも、祈るに近い態度を取っていると俺は感じていた。

 小平と初原にとって優しい真相が顔を出してくれることを祈っている。


 そう、祈る者だ。

 それはまさに『アメイジング・グレイス』の歌声を思い起こさせて、小平にぴったりな表現だった。


「もしかして、堀先生が晴夏を殺したんですか?」


 すっと真っ直ぐ右手を挙げて、小平が発言していた。

 ホームルーム、シリアスな空気の教室にクラスのみんながいて、大きな注目を集める場面。

 なにも根拠が無いのにこの場で冗談でもなくそんなことを言い出すなんて、いつもの小平じゃないと俺は思った。


「小平さん、なにを言っているの? そんなわけないでしょう!」


 堀先生は急激に怒り、顔を赤くした。

 先生の大声に、俺が怒られているわけでもないのに委縮した。

 でも心の一部分では、そうやって感情的に人が充血するところを見るのは久し振りな気がしていた。

 そして小平は委縮していなかった。

 委縮するどころか先生と対等と言わんばかりの不遜さで、平静と先生に向かって話を続けた。


「晴夏の死についてあれこれ噂話が立つと困るのは先生で、だからみんなの口止めをしようとしているんじゃないんですか? そして噂になると困るのは、他ならぬ先生が晴夏の自殺の原因だから」


 一体小平はどうしてしまったのかと俺は混乱したが、少し考えてみれば、その堂々とした態度は桜田に触発されてのものに違いなかった。

 堀先生は、激しい感情を全て体外に出すかのように、大きく長く息を吐いた。

 顔の赤さも元に戻り始める。


「小平さん、いい加減にしなさい。ホームルームでこの話をしているのはこのクラスだけではありません。全ての学年、全てのクラスでこのことを生徒に話すように、先生たちで話し合って決めました。私が犯人だからではなく、教師の務めとして、話をしたんです」


「そうですよね。私の早とちりでした、すみません」


 根拠が無いのだから追求する手立ては無く、小平は引き下がった。

 昼休みに職員室に来るように、と先生は小平に言い、ホームルームを終わらせた。

 先生が教室から出ていくと、教室内は普段以上の騒がしさになった。

 教師が生徒を自殺に追いやったとなれば、これは大事件だ。

 そんな噂話が出てきてしまって、それは全然根拠の無い話なのに、だけどあまりの刺激の強さにクラスメイトたちは心を奪われたのだ。


「おいっ、静かにしろ、みんな静かにしろぉ!」


 花園がそう大声を出して、桜田の代わりにクラスをまとめようとする。

 何度か大声で呼びかけて、どうにか教室内のざわつきは収まる。

 多少の落ち着きが戻ったところで花園は小平に問いかける。


「小平、なんでお前、あんなこと言ったんだよ? 証拠はあるのか?」


「全く無いわ」


「だったらなんで?」


「もしかしたら先生が犯人っていう、そういう可能性もあるんじゃないか。そう思ったら、言わずにはいられなかったのよ」


 小平は露骨には表さなかったが、さっき先生と向き合っていた時と比べると、居心地の悪そうな、弱った顔をしていた。

 それは自分のしたことを恥じている様子だった。


「馬鹿だろ。根拠も無しに噂を立てるなって話をされたばかりで。それに、たとえ当てずっぽうで犯人を当てたとしても、相手は犯行を認めるわけないじゃん」


「そうね。私、どうかしていたみたい」


「そういうわけだから、みんなあまり変な噂を立てるなよ」


 と花園はクラスに呼びかける。

 そして一限目の授業の先生が来て、教室にひとまず平和が戻った。

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