第6話 まさか私たちがいじめたって言わないよね?

 朝、いつもよりも早い時間に登校する。

 早くに登校する人間っていうのはいくらかのパターンがあって、運動部の朝練のためだったり、友達同士で喋る時間が目当てだったりと色々あるのだろう。

 桜田の場合は、友達同士で喋るのが目的で早く学校に来ている様子だった。

 学校に来るのは、いつも桜田グループが一番乗りだって話をいつだか聞いたことがあった。

 それで彼女たちに接触するために俺はなるべく早くに登校してみたのだけれども、聞いた話のとおり桜田は既に教室にいた。

 彼女に近い、取り巻き的な友人を含めて、数人の女子が集まっていた。

 桜田たちはポテトチップスの袋をパーティ開きにして、つまんでいた。


「あれ、持山早いじゃん」


 と椅子の上にあぐらをかいている桜田が言った。


「今日なんかあるの?」


 一緒にいた女子の一人がそう聞いてきて、俺はうなずく。


「君たちに聞きたいことがあるんだ」


「ん? なに?」


 俺はうすしお味のポテトチップスを一枚かじり、聞く。


「初原がいじめられてたって噂、聞いたことないかな?」


 初原の名前が出た途端に、桜田グループの女子たちは静かになる。

 それは声を出さないというだけでなく、身動きも控えめにして息を殺すようにしていた。

 彼女たちの名誉のために言っておくと、それは自殺した人間の話題に思わず緊張が走ったふうだった。

 やましいことがあって押し黙るのとは違う反応だった。

 事実、やましいことは無かったのだと思う。

 そして一人平然としている桜田が、俺に質問の意図を確かめる。


「自殺する前にってことだよね? そのちょっと前に、いじめが無かったか」


「そう」


「私は聞いたことないけど。みんなはある?」


 桜田は友人たちに視線をやった。

 すると彼女らは首を振って、無い、と短く答える。

 そして様子見を続ける。

 取り巻きの答えを得てから、桜田はポテトチップスを一枚つまみ、かじった。

 そして俺たちはかじりかけのポテトチップスを持ったまま、目を合わせて相手のことを探る。


「念のために聞いておきたいんだけどさー、私たちが疑われているってこと、ある?」


 桜田以外の女子の視線も俺に注がれる。


「桜田が初原をいじめていた可能性はゼロだと思っている」


 と俺は答えた。

 すると桜田は苦笑した。


「ゼロってことはなくない?」


「でもクラスメイトをいじめるなら、桜田はもっと目立つようにいじめると思う。だって桜田、目立つの好きそうだし」


 クラスの中心人物的な存在が、クラスで目立たない人間をいじめるっていうのは、よく聞く話だ。

 だから桜田が初原をいじめていた可能性はありそうに思えなくもない。

 でも今回のケースには当てはまらないというのが俺の推測だった。

 いじめっていうのは、その被害者の無様な姿を周りに見せたいがために、わざと目立つようにおこなわれることがある。

 クラスの女王である桜田なら、そっちのパターンでいじめをしそうに思えたのだ。


 そんな俺の推測は当たっていたみたいだ。

 彼女の取り巻きの一人が、


「わかるわー」


 と声を漏らした。

 桜田が声を大きくして、ちょっと待てよ、と失言した女子を指差す。


「お前、目立ちたがりとか言うなよ!」


 桜田は笑っていて、それで緊張していた女子たちも一斉に笑った。

 失言をした女子はわざとらしく舌を出して、やっちゃった、という顔をする。


 なんだ、普通に仲良いんじゃん。

 と俺は意外に思った。

 女王とその取り巻きってイメージだったけれど、実際にはもっと遠慮の無い関係だったみたいだ。


 その笑いが収まってから、


「やっぱりみんなは違ったか」


 と俺は言った。

 桜田は恥ずかしいところを見られたふうに苦笑いする。


「そりゃそうでしょ。私たちなら、めちゃくちゃ目立ついじめ方をするね、絶対。持山大正解」


 さっき失言をした女子が調子に乗って、昼休みに女体盛りとかするよね、と言ったら今度は全員に引かれた。


「女体盛りかどうかはともかく、そういう派手ないじめ方だよな、私たちって」


 桜田も引いていたけど、一応のフォローを入れる。


「まあ、女体盛りはいいとしてさ。桜田たちなら絶対やっていないだろうと思って、しかも桜田たちなら噂とか色々情報網ありそうだから、聞いてみたんだ」


「初原いじめかー。全然そんな話聞いたことない。持山はどっからそんな話を聞いたわけ?」


 小平から聞いたのだけれども、小平のことを話して経緯を話しても、ちょっとややこしい。

 小平の考えたことを俺が考えたことにして、桜田たちに話す。


「話を聞いたわけじゃないんだけど、不自然だなって思ってるんだよ。初原って何度か話したことあるんだけどさ、結構能天気と言うか、まあ、割と人生楽しく生きてるっぽい感じで、自殺するタイプには見えなかったんだよな」


 俺がそう言うと、女体盛り発言の女子が、初原っていいやつだったよ、と言った。

 だけども前科のせいでみんなが彼女を冷ややかな目で見た。

 マジで、マジだから、と女体盛り女子は慌てて、そして初原のことを話す。


「って言うかみんな、覚えてない? 私がさ、うろ覚えで曲名思い出せない曲があった時にさ、そのメロディーを必死に口ずさんでいたら、初原が曲名当ててくれたんだよ。その時みんな、わかんねえとか言うだけでクソの役にも立たなかったけどさ、初原は一発で答えを導き出してくれたんだよ」


「あー、あったかも」


 桜田は思い出したようなそうでもないような顔をしていた。


「それから私は初原のことをマジ尊敬したんで、私の好きなロックバンドとか知っているか聞いてみたりしたのよ。そうしたら初原、全部知ってたね。あいつの音楽知識マジヤバなのよ。私の好きな曲の傾向見抜いて、おすすめのバンドとか教えてくれる始末。正直私、初原の自殺はかなりショックだった」


「そっか、そんなことがあったんだ」


「ぶっちゃけ、初原をいじめたやつがいるんなら、ぶっ飛ばしてやりたい」


 女体盛り女子のその言葉に桜田は大きくうなずいた。


「うん。そんないいやつを殺した悪人には天誅だな」


「じゃあ、調べてくれるか?」


 と俺は聞く。

 もちろんだ、と桜田は返した。

 女体盛り女子も両の拳を握りしめた。


「ぶっちゃけ、いじめがあったのかは俺にもわからない。ただ、なんの理由も無しに初原が自殺するとは思えない。だからこそ初原になにか変わったこととか無かったか、情報を集めてほしい」


「オーケー、私たちに任せとけ。噂話なんて、私ら女子の方が得意なんだしさ」


「うん、頼むよ」


 桜田は楽しそうに笑みを浮かべた。


「探偵ごっこか。これは面白くなるな」


「いや絵理沙さ、クラスメイトが一人死んでいるんだから楽しむなよ」


 女体盛り女子がもっともらしい指摘をする。

 でも俺はどちらかと言えば桜田の味方だった。

 俺は別に探偵ごっこでもよかった。

 桜田たちが手伝ってくれて、それで真相に近付けるなら、動機はどうでもいいじゃないかと思う。

 そして俺がそうやって味方に入るまでもなく、桜田は堂々と自分の考えを持っていた。


「なに、不謹慎とか。そんなのつまらないじゃん。私は楽しそうなことなら首を突っ込むね。せっかくの高校生、せっかくの青春じゃん。お行儀よくしていたら人生で一番大切な時間が無味無臭のままで卒業しちゃうじゃん。お前らだって、真相がわからないままの青春より、真相にたどり着く青春の方が良いっしょ?」


 もちろん俺の答えはイエスなのだけれども、俺はすぐに答えることはしないで、桜田に噛みついた女子を見た。

 彼女にも意見を言う機会は与えられるべきだと思った。

 フェアなやり取りの上で結論を出してやりたい。

 すると彼女は頭をかいた。


「そりゃ、真相は知りたいよ」


「なら不謹慎とか言うなよ。探偵ごっこで面白半分だけど、私は役に立つだろ?」


「わかったわかった。私が悪かった、絵理沙」


「それでよろしい。そういうわけで、持山、私たちは全面協力するんで。お前はどんと構えておけよな」


「ありがとう、凄く助かる」


 味方は多ければ多いほどいい。

 桜田たちの協力が得られたのなら俺や小平がやるべきことはほとんど無くなって、彼女たちが真相を一気に引っ張り上げてくれるのではないかと俺は期待した。

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