『第三十二話』
第二章 『第三十二話』
「——少し……"髪の毛"に触れても大丈夫ですか……?」
「髪の毛……?」
見えた色に友の存在を感じた青年。
小首を傾げる似姿の黒と黄褐色で行き交う虹彩を真面に。
「……それで何か分かりそうなら、はい。大丈夫です」
「……失礼します——」
『目前の相手はイディアが変じた者』という想到した"仮説の検証"を開始。
(——全体は俺と同じ黒だけど、さっきはこの辺りに別の色が……——"!!")
(——"あった"! 色の変わる髪の毛……! 量は少ないけど、きっと……これは——)
(——イディアさんの髪の毛だ……!!)
程なくして、許可を得て
一面の濡れ烏に埋もれていた数本のそれは摘む青年の指中で今も色を自在に——黒と白、灰色を基調としながら青や黄を混ぜて——"変色を続ける虹を有する異彩の髪"。
前髪の奥で微かに光を放つ
(そうなるとやっぱり、おそらくこの——"俺の分身はイディアさんが姿を変えた者"ということに……? そして、それこそが彼女の言っていた奥——)
「——ちょっと、い、痛いです」
「……! ご、ごめんなさい」
高まる期待についつい指に力が籠もってしまったようで、慌てて引っ込めた手で青年——再びに水の鏡を作って今度は自分の髪を映し、弄りながらに精査する。
(……うん。やっぱり今はそうとしか考えられない。俺にああいう髪の毛は生えてないし、彼女の言っていた『奥の手』が『姿を変える』ことだったとすれば……この状況にも一応の説明はつく)
続いて口元に拳を近づけ、思案の型。
ほぼ無意識的に受けた影響で師を真似して、同一化によって得る安心で考え出す——"推論"。
(戦闘で"俺を執拗に狙っていた"怪物の注意を引くため、イディアさんは"俺と同じ姿"を取って囮役を務めて……見事に、攻撃の隙を作ってくれた)
(……そう考えれば辻褄は合う。なんで今も姿が戻っていないのか、その理由はよく分からないけど——彼女は今の状況を予期するように『戻し方』についても、俺に話してくれたんだ)
(だからきっと姿を変えた際に何か、異変……"手違い"みたいなのがあって——"俺の姿のまま、戻れなくなってしまった")
(……そういうことなんですか。イディアさん)
「…………」
「……?」
見つめる、色の変わる虹彩。
黒から黄褐色へ、色の切り替わる速度は少しずつ緩慢になってきており、後者の色はそれに比例して色味を失って行くようで。
(……だったら、"試してみるしかない")
"大切な者が失われてしまうかもしれない"危機感に焦る青年は決意。
(——『安全確実な戻し方』を、俺が)
次なる証明——"友の存在証明"を開始する。
————————————————
『——もしも私に何か、"好ましくない変化"が見受けられた場合に"問いを投げ掛ける"——私に質問をしてほしい。それが、"安全確実な戻し方"となります』
『バッチリですよ。我が友——』
『——『女神イディアは美の女神』で』
『私は——『美とは何かを考えている・探している』』
『——今はそう覚えて頂ければ、問題はありません』
————————————————
「……どうでしょうか?」
「……もしかしたら、"貴方の名前"に心当たりがあるかもしれません」
「——! ほ、本当ですか……!」
「……はい。貴方の持つ色は"ある女性"と似ていて、もしかしたら彼女と貴方は関係があるのかもしれません」
「その女性の名前とは……一体……?」
興味を示す分身へ、友の名を告げる。
「その女性の名前は『イディア』と言います」
「……イディ、ア」
「はい。イディアさんは俺と……友達だった方です。彼女の名前に聞き覚えはありませんか?」
「イディア……イディア……?」
ぶつぶつと呟く告げられた女神の名が
「"イディア"……それが……"俺の名前"なんですか……?」
「……絶対にそうだとは断言出来ませんが、俺に見当がつく限りは……そうなんじゃないかと、思います」
「"イディアは俺の名前"……俺の名前……"俺の"? 名前……?」
そして、虚ろな様子の分身。
「……何か、引っ掛かる、よう、な————」
「——! 大丈夫ですか!」
ふらついて倒れかけ、咄嗟にその身を支えた青年。
「……頭が……痛い……」
「……ひとまず、そこの木に寄りかかって、話の方は少し後で——」
苦痛に歪む表情の相手に配慮して身近な木の幹にその体を寄せた後、"人情"で異変の原因を探ろうとして相手の『額に手を添えよう』と内心で進言を画したが。
「……いえ、話を——"続けてください"」
「何を言って、貴方の体調が……」
「……何かが、"思い出せそう"なんです」
「!」
「俺について……"いえ"、イディアについて……何でもいいので、話を——」
(……目の光が激しくなってる)
重苦しくも張られた当事者の声によって遮られ、訴えかけるようなその口振りと、力強く此方を見つめる相手の瞳に断続的な黄褐色の光を見て——改めた考えで話を続ける。
「——話を、お願いします」
「……分かりました。では、彼女についての話を続けると——」
「彼女、イディアさんは——『美の女神』です」
「"美"の、女神……?」
「はい。俺も彼女と知り合って日が浅いので詳しくは知らないんですけど、そう呼ばれているみたいです」
「……どのような方なんですか?」
「……困っている俺を色々と助けてくれた……優しくて素敵な女性です」
「優しくて……素敵……?」
「……はい。イディアさんは、名前を告げなかった俺を責めたりはせず、寧ろ友達だとさえ言ってくれた……俺にとっての大切な方なんです」
興味津々といった様子で目を輝かせる暫定イディアに向け、青年は述べる。
なんだか照れ臭くも事実は事実であり、その好意を向ける相手を引き戻すため、変な出し惜しみはしない。
「では、貴方とイディアという方の関係は……」
「一応は友人……友神関係ということになるでしょうか」
「ゆうじん……
「貴方がイディアさんだった場合は、はい」
「友……貴方が、"俺の"——っ"……!」
そして分身、再びに頭を抱えて呻き声。
体は小刻みに震えて明らかに好ましくない状態ではあるのだが、視線は未だに美の女神の話を求めて青年に注がれ、語り手はせめて季節外れの冷風から聞き手を守るように立ち位置を調整した後に相手の意思を問う。
「……やっぱり、話は後に——」
「……いえ、構わず続けてください」
「しかし……」
「……もう少し、もう少しで何かを思い出せそうなんです。お願いします——わたしに、話を……」
「! 口調が……それに、髪色も……!」
「大丈夫……わたしは、大丈夫です。だから落ち着いて……貴方は、話を」
「は、はい」
「イディアと貴方は友として親しい間柄にあって、それから……?」
「そ、それから——」
そうして、徐々に表出し始める女神の色。
一人称が変わったのと時を同じくして分身の外見にも目立つ変化が起こり始め、瞳の明滅はより激しく、髪の末端では遂に黒色がジワジワと黄褐色に染まり出す。
「——それから、色々と……話をしました」
「それは……どのような内容の?」
「確か趣味とか色とかの——"好きなもの"の話です」
「色……好きな色……それはもしかして、貴方なら……"青"とか、"黒"とか言ったような……?」
「——! そ、そうです! 俺はその色が好きです。貴方——イディアさんがあの時に髪で出そうとしてくれた黒や、青の色が……!」
噛み合い始める会話、友の戻る兆しに青年は喜びを隠せず破顔も破顔。
それもその筈、分身の顔貌は未だルティスであっても既に頭髪は色を大きく変え、長髪の下半分までもが黄褐色となり、残す黒のは頭頂部寄りの半分となった。
大別して二色のそれは宛ら"プリン"のようで、最早似姿とは言い難い、イディアとしての確かな差異を持つ存在に変わろうとしているのだ、目の前の相手は。
「後少し、"もう少し"です……! それでその後は確か、食べ物……食事の話などをしましたよね?」
「はい! 食事の話をして、俺が料理をするって言ったら、イディアさんは驚いて……」
「私、が驚いて……"約束"……『一緒に料理をする』と約束を……した?」
「しました……!」
「約束をした……っ——友である貴方と」
「!」
更に広がる黄褐色。
前髪に混じる異彩を除いてイディアとしての色を取り戻す女神。
残るは形だけで、戻るのに必要なのは"最後の一押し"となった。
「——イ、イディアさん……!」
「そう……そうです。私は貴方ではなくて、イディア……女神のイディア。その筈です」
「戻れるんですか……!」
「"戻れます"。戻れますが——最後の
「——勿論です! 忘れてなんかいません」
「……ふふっ。でかしましたね、友よ——でしたら、後にすべきことも当然に?」
「分かってます。その質問を貴方に向かってすればいいんですよね……?」
「その通りです。であれば、此処からは貴方に任せて——」
「——私への質問、お願いします」
「分かりました。では——」
「——言います」
今や黒を残すのは異彩の髪ぐらいとなった女神の前で青年は息を飲む。
儚い花のような笑みと相手の信頼を伝えようとする頷きによって見守られ、これより——投げ掛けられる質問。
その質問は"イディアという美の女神の在り方"を象徴する、"無限"の——。
「イディアさん。"貴方に"問い掛けます」
「美とは、何かを」
"果てなき旅路"の——"問い掛け"であるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます