『第二十三話』
第二章 『第二十三話』
(——自分の勝手な事情で、個人的な目的のために命を殺す)
(自らの行いが善でも正義でもないことを忘れず……けどそれでも——務めを果たすんだ)
何のための力か、それを振るう者は誰か。
結ぶ鉢巻の如くに罪悪感の鎖で心を引き締め、青年は己の手綱を握る。
恐怖に震え——ともすれば私欲で暴れかねない強大な力を利するために。
「……もう大丈夫です。イディアさん」
静かに時間を与えてくれた友へ、戻す視線。
恐れは残しても、その表情に迷いはなく。
「予定通り、もしも泉に怪物が潜んでいたら——その対処は俺が引き受けます」
瞑想を経て穏やかな波を取り戻した女神ルティスは
時を無駄に浪費せず、覚悟に更なる迷いを生じさせぬためにも直ちに作戦を確認し、実際の行動へ移ろうと——言おうとするのだが。
「ですので、調査の際は兎も角、戦いになったら貴方は離れた場所で——」
「……"私も"」
「……?」
「私も……"やります"」
「……イディアさん……?」
「その場合は"私も"——前線に立ちます」
突如、今まで押し黙っていた美の女神——"予定を横紙破り"。
青年と向かい合って異彩の髪を濃い赤紫に染め、あろうことか『自分も戦う』などと言い出すのだ。
「……何を言ってるんですか、イディアさん」
「危険です。それにさっきは貴方自身——『自分では力不足』だと言ってたじゃないですか」
「確かに、私では獣や怪物を退けることは困難でしょう。ですが——その不足を承知の上で考え、今は物を言っているのです」
「それなら、どうしてそんな……」
「……『危うい』と思ったのです。恐怖に震えながら、それでも危険に挑もうとする貴方を……"放ってはおけません"」
風に揺れる木の葉、雲間から覗く月明かりの角度を変え——照らされる"握り拳の震え"。
迷いを振り切っても勝手に動いてしまうその揺れ——振動さえ"戦闘に利用"しようと、動作に支障のない一定の恐怖を許容していた青年であったが、しかし。
(…………イディアさん)
己を案じてくれる友の光。
橙と緑の髪色が見せる『不安』と、なにより『勇気』に魅せられ——『自分以外を危険に晒したくはない』というのに——イディアの申し出を青年の心は受けたくなってしまう。
「……気持ちは有り難いですが、それでも駄目です。"今の俺に他者を気に掛ける余裕はない"。もしもの時に貴方を守ることは難しくて、だから……」
「友よ。何も私とて、直情だけで無謀無策のままに息巻いている訳ではありません。切った張ったの直接的な戦闘は難しくとも、私にだって一応の心得はあるのです。"守護の女神"より学んだ護身の術が」
「ですが……」
「攻撃を躱しながら、若しくは届かぬ安全な位置で"囮の役"を務めることは可能です。怪我で貴方の手を煩わせることはしません」
「ですのでどうか、僅かな間で構いませんので一考の余地を」
「……」
「貴方と私となら、より早く——事を済ませられるでしょう」
美の女神は太陽の如き色彩を持ちながら、その声——夜に相応しき静かな艶。
その様は孤独の苦悩を抱える者にとって心強く、縋る消せない思いは再三の言葉となる。
「……正直に言えば、お願いはしたいです」
「それなら——」
「でも、やっぱり危険すぎます。イディアさんにもしものことがあったら俺は……駄目です」
「……」
身長差で相手を見上げる青年は言う——『信頼出来る他者の支えなくして、不安定な自分は立てない』と。
しかし、その事実を美の女神も知るからこそ、彼女は今において譲ろうとは決してしない。
「貴方が無事でいてくれないと俺は……また焦って動揺して……駄目になってしまいます」
「……故にこそ、だからこそなのです。貴方が仕損じることのないよう、僅かばかりの力添えで以って私は——震える貴方を助けたいのです」
「…………本当に……いいんですか?」
「既に半ば、『いい』と言いました——」
「それに……大丈夫です。安心してください。"切り札"故に隠していましたが、『とっておき』——奥の手もありますので」
「……"奥の手"?」
「はい。直接、攻撃や防御に役立つものではありませんが、相手の意識を逸らすには十分かと」
意気込む異彩の髪。
黄緑で"ぴこぴこ"と元気よくに動いて、頼れるお姉さんをアピール。
「その内容は、以前に貴方と初めて出会った時にやって見せた"老婆の変装"——あの応用で"姿を少し変え"、"敵の認識を撹乱する"というものです」
「それは……大丈夫なんですか?」
「ちょっぴり難しくはあるのですが、その事実が露見すると有効に使えないために黙っていただけですので、御安心を」
「……」
しかし。
女神の『切り札』、『奥の手』という"
「……確かに、札の切り方次第で身長や体重が変わって、後で戻すのに手間が掛かったりはしますが……大事には至りません」
「……いいんですか、それは?」
「はい。……ですが、そうですね。使った後に手早く且つ安全に戻れるよう、我が友にはちょっとしたお願い——『戻し方』を教えておきます」
「……それはどういうものですか?」
「——『問い掛け』です」
「"問い掛け"」
「もしも私に何か、"好ましくない変化"が見受けられた場合に"問いを投げ掛ける"——私に質問をしてほしい。それが、"安全確実な戻し方"となります」
聞こえ方が何やら不穏ではあるが、続いての『質問の内容』を聞き逃さぬよう、集中して耳を傾ける青年。
"高さや重さに影響する
「質問の内容は——『美とは
「"美とは、何か"……」
「そうです。今の言葉を私に掛けてください。その"命題"を聞かせさえすれば、私は大丈夫です」
「加えて、先に『名前』や『神格』も付けてくれると助かります」
「……『イディアさんは美の女神』……そんな感じでしょうか?」
「バッチリですよ。我が友——」
「——『女神イディアは美の女神』で」
「私は——『美とは何かを考えている・探している』」
「——今はそう覚えて頂ければ、問題はありません」
「"イディアさんは美の女神"……"美とは何かを考えて、探している"……」
「まだ行使するとも決まった訳ではありませんが……そうして貴方が覚えていてくれれば、私も迷わず先へ進めます」
「……分かりました。絶対に忘れません」
不明な詳細が気にかかるが、既に怪しい気配を感知してから数分、"今はされどの数分"が経過。
急ぎながらも、有事に備えた議論の結果として戦場に立つのは一柱ではなく、ルティスとイディアの二柱と決定した両者——共に頷き合い、合意を確認。
「では、私たちで調査をし、対処も共に当たるということで」
「了解です」
「後二つ——いえ、"後一つの準備"を整えたら、慎重に泉へ向かいましょう」
そう言いながら異彩の髪を黒一色に変えるイディアは逆立てたそれで宇宙の何処かの女神へ向け——"連絡信号を送信"。
自身は気構えを終えた青年と共に踏み込む前の最終準備段階へと移行する。
「まだ、何か……?」
「私から貴方に"加護"を授けます」
「加護?」
「はい。強力なものではありませんが、今の貴方を蝕む不調・倦怠感を和らげることは出来るかと」
「……有難いです。是非に授かりたいと思いますので、それは——」
最後の準備、それは"女神の授ける加護"。
イディアは友の負担を僅かにでも軽減するために『呪いに抵抗する力のようなもの』を授けようと言い、調子が上向くのに越したことのない青年は感謝も程々に二つ返事でそれを受け取ろうとするが——。
「——どうやって受け取れば……?」
「抱擁としましょう」
「……抱擁……"抱き合う"……?」
「はい。それなりに接触する必要がありますので」
「……」
具体的な方法を耳にした途端、沈黙。
親愛を示す行動とはいえ、自分が"騙すような形"で相手の体に触れてしまうことを思い——忌避や抵抗の念を湧かせ、寄せる眉根。
「……接触が迷惑でしたら、効果は薄くなりますが、手と手を繋ぐ程度でも大丈夫ですが……」
「……いえ、何も迷惑と言う訳ではなく、その、抱擁で……胸とかが当たらなければ、俺の方も大丈夫です」
「……では、首に少し、手を回すのは?」
「それぐらいなら、はい」
「……分かりました。では、そのように」
だが、前には深い悲しみを連想させる濃い青。
青年は魅力を感じる女性をそうした目で見ながら——尚且つ"誠の正体"を明かさず体に触れるのを『悪い』と思って最小限としてもらい、傍から見れば渋々とした様子で体を重ねることを了承。
「時間は掛けません……始めますね」
「お、お願いします」
「では、失礼して——」
(あっ——)
近付く顔、肩に回る柔らかな手と腕の感触、それに——鼻腔を擽る、薄い——"桃"のような香り。
慣れぬ経験に硬直させる身で、異彩の髪が放つ"虹色"——目まぐるしく変化する"無限色彩の洗礼"を受ける。
「"美しき者、美しく在れ——友よ"」
「どうか女神の授ける加護が、貴方を助く——"勇気の後押し"となりますよう、切に願います」
熱の篭った密着ではなく、軽く互いの体を重ね合わせる形で紡がれる——祈願めいた祝福の言葉。
それを言いながら美の女神は
宣言通り、過度な密着をすることなく事を終えたのだった。
「……終了です。驚かせてしまい、申し訳ありませんでした」
「……いえ」
「お体の方は、どうでしょうか?」
「体は……"軽い"。確かにさっきよりも軽いです。気怠さが消えて、気分も……!」
「……良かった。問題はないようですね」
「はい……! 本当に有難うございます。イディアさん」
「ふふっ……どういたしまして」
失せる虹の色、暖色へ。
生誕の時より"果ての見えぬ求道"に身を置く女神の在り方は、見る者の瞳に"理想"を映す。
切望、渇望、願望、希望——引き出される望み——今の青年の内では『恐怖へ踏み出す勇気』となり、『生きる人々の未来を掴まんとする手』に活力が漲り出す。
「手の震えはまだ少し残ってますけど、これなら十分……誤差の範囲。脚の震えは全然なくなって、これなら俺は——」
「貴方のお陰で——確かな最善を尽くせそうです」
心を軋ませていた様々な重圧が適度なものに変わり、浮かべられる凛々しき表情。
時折に都市の少女に見せるような大人びた調子を完全に取り戻した青年は指先を手早く動かし、視覚的にも重荷を下ろして行く。
背負っていた袋と、未熟な力の制御の関係で重すぎる蓑を今は外して地面に置き——最大限の機動性を確保した軽装となる。
「であれば、いよいよ出発となります。我が友——気構えは十分か」
「——」
力強く肯く。
「最後の確認です」
「件の泉に到着次第、我々は調査を開始。貴方の不調の原因となっているであろう"もの"が何かを見極め、それと疫病に関連性が強く疑われる場合は処置についてを熟考」
「また、その場合にもしも、原因にして元凶と思しき怪物が発見された場合——貴方の主導で討伐を目的とした戦闘行動を開始。私は隙を生む囮として、その支援に回ります」
「ここまでは大丈夫ですか」
「……はい。危険が伴うかもしれませんが、イディアさんも無理せず——宜しくお願いします」
「それについては貴方もです、我が友」
「貴方こそ無理をせず、『もう戦うことが出来ない』、『恐怖で身動きが取れない』と感じたら……声でも、身振り手振りの動作でも構わないので直ぐに私へ教えて下さい」
「例え名が不明瞭であっても、貴方は既に話が合って趣味も合いそうな"掛け替えのない私の友"なのです」
「見捨てることは勿論、失うことも怖く。貴方が恐怖に屈せざるを得ず、腰を抜かすようなことがあったとして私は——貴方を背負ってでも無事に離脱してみせましょう」
「……感謝します。イディアさん」
夜に瞬く
燦然たる友の存在は瞼を閉じていても確かに感じられ、勇気の炎に更なる熱を分け与える。
「——……行きましょう」
「はい——我が友」
そうして、岩陰から身を乗り出す二柱の女神。
彼女たちの向かう先、支流の源泉にて待ち受けるのは——"何者"か。
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