『第二十二話』

第二章 『第二十二話』



 ——斯くして。



 神体の不調から逆算して調査すべき優先目標を"川"と、その"周囲の水"——今は"支流"に絞ったルティスとイディアの女神二柱。

 彼女たちは水で滑る移動の様と同じようすべらかに調査作業を進め、既に幾つもの流路を回った足で向かうのは——次の候補地。



「——そろそろ次の場所、支流の一つが始まる"泉"に着きます」

「了解です。此方では今の所、異常は確認出来ません」



 ルティス川に流れ込む支流の一つ、その"源泉"。

 女神を背負う青年は水の湧き出る所を目指して道中も文字通りに目を光らせつつに駆け抜ける。

 起伏の多い森の地形を軽快に滑っては跳ね、滑っては跳ね——。



(——この調子なら、なんとかなるかもしれない)



 険しい表情、なれどもしかし——意気軒昂。

 今は不在の師に代わり後ろ盾を務めてくれる友の存在を、まさしく背後で白色の光源となっている髪から温もりとして身近に実感——僅かに生まれたゆとりで上げる速度。



(彼女の、イディアさんが居てくれるお陰で——)


(俺にも少しは、出来ることが——!)



 積載量は増えても、頼れる相手の存在が青年の心を軽くし、身を早くに運ばせ——まもなく。



「……落ちる流れ、滝の音が聞こえてきました。この辺りからはまた、慎重に波を探りましょう」

「分かりました。私も今、降りますね——」



 停止して大地に降り立つ両者。

 動作の止まって安定した状態、際立って届く——。





 ——





「「————"!!"」」



 何か——"次々に大きな泡の湧き出るような音波"を肌身で受け、向かい合った状態から突如として一斉に泉の方へと顔を向けるのは女神たち。



「……イディアさん」

「……私も、



 美髪の色は白に物騒な赤が混ざったかと思えば——即座に"黄色と黒の警告色"。

 そうした不穏の色変化に両者、厳顔げんがん浮かべて息を飲む。



「まるで"水中で溶岩が煮えたぎる"ような……今の感じは、まさか……」

「……"はい"。ほぼ間違いなくこの先に。若しくは——」



「何かが——



(……っ……!)



 蓑に口元を隠して話す、密やかな声。

 イディアの探知機とした髪は今も"異変"を目立つ色で表し、友の推察を耳にした青年は背筋に悪寒を走らせながらも気配がした泉の方角を神の知覚で凝視する。



(……よく見れば……夜に紛れて、煙みたいな何かが……昇ってる……?)



 人ならざる彼女の瞳が捉えるのは"禍々しい気"——"透明に見える煙のような物"。

 だが色の確かでないそれ、今は背景の宙色そらいろで染まり、立ち昇る。

 その様まるで——"火元"のよう。



(それならやっぱり、疫病の原因……元凶の怪物が其処に……——)



(——"いる"……?)



 現実味を帯びて迫る、不吉の予感。

 未だ本格的な戦を知らぬ青年は戦いに臨む心を構えんとし、しかしいきなりにそんなこと——最近まで学生であった者に出来るはずもなく。



(……もしそうなら、それと戦うのは……っ——)



 友の存在を一時的に忘れ、その入れ替わりで抑え込んでいた恐怖を思い出しては身の震えを再発。



「……我が友」

「……」

「先ずは一旦、其処の岩陰で状況を整理しましょう」

「……はい」



 イディアの言葉に空返事で答え、彼女に連れられるまま共に、泉に対する一応の遮蔽物に身を隠す。



「私が主導して手短に現状を分析します。宜しいですね?」

「……お願いします」



 髪の色を"警戒"の濃い橙と、"恐れ"の濃い緑としたまま——変わらず先達の女神は振る舞う、青年の眼前で努めて冷静に。



「——では先ず、この先にある泉は貴方の川に注ぐ支流である……というのは、間違いありませんか?」

「はい」

「であればやはり、病が流行り始めたことと、同時に貴方が覚えた体の不調は……この"異様な気配を放つ何か"との関連が強く疑われます。ともすれば、"原因そのもの"だとも考えられる」



 支流に見つけた謎の気配が本流にも悪しき影響を与え、青年という女神の玉体にまで倦怠感という形で負の影響を及ぼしているのだと、"推測が的中"したであろうことを述べる。



「それならば後はもう少し踏み込んで気配の正体を探り、疫病との関連性を考える」


「そして、もし仮にそれが疫病の原因であって、直ぐに対処が可能な場合はそうする」


「難しいと判断したのなら、必要な情報や物を求めて都市に戻る」



「——そうした流れが基本となるでしょう」




「……やっぱり、気配が怪物のものである可能性は……高いんでしょうか?」

「それは……確かめてみないことには何とも言えません」

「……」

「ですが、もし怪物が存在してそれが貴方と都市に影響を及ぼしていた場合はやはり……此方から"打って出なければならない"」



「事実として、貴方も都市も——原因を取り除かなければ今の窮地から早くに脱することは難しいからです」



 怪物が実在したのなら、その『討伐』が事態解決の最も手っ取り早い手段となるのだ。

『退く』という選択肢は"患者の体力限界"という時間的な観点から見て現実的ではなく、『力を持つ女神ルティスが戦闘に臨まなければならない』という事実が師と離れて困難に直面する彼女自身の心を圧迫する。



「よって、我々はまもなく当初の予定通りに泉へと向かい、現地にて調査を行いますが……問題は怪物の存在と疫病との関連性が確認された場合、原因治療として貴方は——ということです」



「……」

「……単純な出力で貴方に劣る私では討伐それが出来ず。こうした戦いにおいて力になれないことを……申し訳なく思います」

「……イディアさんにはここまで散々助けてもらいました。次は……俺が頑張る番です」

「戦闘訓練は受けていると聞きましたが……出来そうですか……?」

「……もう少し、気持ちを準備する時間が欲しいです——」



「初めての実戦。やっぱり——緊張、するので」



「……」



 繕われた、ぎこちない笑顔。

 青年は目で見て分かる程に身を震わせ、幸か不幸か——今まで暴力や闘争と隔てられて生きてきた彼女の精神に掛かる強烈な負荷。



「……なのであと少し、十分じゅっぷん……いえ。数分だけ、時間をください」

「……我が友」

「それまでに"覚悟"を、決めるので」

「……分かりました」



 だが、今において足踏みだけをしている暇はなく、圧倒的な力の化身である師は居らず、他の戦える者を待つ時間的余裕もない。

 今や一刻を争う疫病の脅威を退けるため、しかし青年は震える己の心身を律して準備を整えようと暫し——瞑目しての深呼吸。



(……落ち着け。まだ完全に怪物が居るとも、戦うとも決まった訳じゃない)


(だけど、そうなる可能性もあるから今は……その時直ぐに動き出せるよう、冷静な気構えを——)



 迷いながらも瞑想。

 "踏み出す力"を求め、彷徨う意識。



(……今も苦しむ人々のため——戦う)



 生存の理想を思い、描くのは誰だ。



(悲惨な姿を自分が見たくないから……やるんだ)



 障害を打ち破ることの出来る力を有する者。

 獣退治の経験者は今——"ここに"。



(……この体、この力——)


(今の自分なら、出来る。女神の力なら、まだ——)



(——"出来ることがある")



 ならば覚悟を決めよ、青年。

 生きるための覚悟を——。



(……だったら、答えは決まってる)



(都市を襲う理不尽から人々を"守る"ために——)




(自分は——)




 "生かすために殺す覚悟"を、"他の誰でもない"——"己の願い"によって決めるのだ。




(——)




(明日の命を繋ぐため。今日、ここで——)




("俺は"——)







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