『第二十話』
第二章 『第二十話』
「——先生……!」
「! 迅速な往来に感謝します。詳しく事情をお話するので、どうか裏手に」
「はい……!」
伝令役の黒鳥によって芳しくない事態を知らされた青年は渦中の都市ルティシアへと急行。
直ちに病院へと滑り込み、未だ病床に伏す者たちに配慮して場所を変える医師ディクソンの案内に従って建物の外へ出戻る。
「——それで、何が……」
「結論から言います」
途中に通り過ぎた院内の様子は以前と然程に変わらないように思え、終わりの見えない危機的状況に逸る心の青年——医師の伝える真実を聞く。
「病状に未だ——"完治の兆しが見えません"」
(——!)
「補水治療を開始して数日が経過しましたが、劇的な改善は見られず」
「やはり、今回の
拳を握り、重苦しくも女神に伝えられる
今まで類似性を指摘されていた南方の風土病は適切な補水治療を行いさえすれば数日で命の危機を脱する程の『劇的な改善』が見受けられる筈であったのだが——しかし。
今のルティシアを襲う疫病は——同じ方法で鎮まるものではなかったのだ。
「……貴方という女神の協力によって患者が失った分の水を早急に補うことは出来ており、劇的な改善は見られずとも、"致命的な悪化もない"のが現状ではあるのですが——」
「しかし、それでも人間の体力は無尽蔵ではなく、徐々に疲弊。命は緩やかに"その時"へと向かっており——今は、"新たな打開策"が必要となっています」
疲労で始まった痩せの様相が顔の輪郭に見える状態で、けれども医師は理路整然と述べる。
「変わらず自身の未熟さ、無力を恥じるばかり——ですが、曲がりなりにも私は医師。"目の前の命を諦めることがあってはならない"」
「……ですので、女神」
「今再び、我々に貴方様の力を——」
「どうか力を——お貸しください」
下げる頭、零れる滴。
人の祈りに、神は応える。
「——勿論です。先生」
「"今の自分"には、何が出来るでしょうか」
青年は厳粛に。
————————————————
「——こちらでは周囲の都市、集団に呼びかけを行い、出来うる限りの情報を集積。此度の病の正体を調査して
「やはり、現実問題として——時間の制約が厳しい」
「よって僅かでも状況を好転させるために、考えられる様々な選択肢を並列して同時に進め——救命及び生存の希望を"模索"します」
再び願いは聞き入れられ、早くも始まった対策のための話し合い。
人と神は患者に残される時間が磨り減っていることを鑑み、手短かつ簡潔に意見を交え、指示を徐々に明白の物として行く。
「模索……具体的に自分は、何を?」
「機動力で優れる貴方には対処療法ではなく"原因療法"の一部、場合によってはその"直接的な処置"をお願いしたいのです。……と言うのも——」
「——私は以前、半神である己の師より、『神が作り出す病』についての話を聞いたことがあります」
(……!)
「その時の話によると昔、『ある神が世界を形造る神のその力によって病を生み出し、かつて栄えた人の文明を滅ぼした』とのことで——故に私は今、今回の疫病も規模こそ都市一つに収まってはいますが、『神を由来とする物なのではないか』と、『その可能性も捨てきれない』と考えているのです」
「……それなら、自分も似たような話を聞いたことがあります。『命を嫌った神が"災害や怪物"を生み出し、その脅威によって多くの者が犠牲になった』というのを」
女神のアデスより様々な学びを得ている青年、彼女は"師よりの言葉"を引用。
話に対する己の理解度を示し、相手との間で認識の相違をなくさんとする。
「——それならば、話は早いです。貴方が言うように、どう言う訳か神の生み出す"脅威"は時に『怪物』の姿を取って現れると言われています」
「……それなら、今回の病気の原因ももしかして……?」
「はい。憶測の段階ではありますが、『原因が怪物である』可能性もやはり、考慮すべきかと」
「……」
「そして、もしも仮にそうであった場合は——」
「——『怪物を打ち倒すこと』が原因療法となり得る」
「……」
見えてきた新たな打開策、その一案。
『何をすれば良いか』を尋ねた女神に願う療法とはつまり——"そういうこと"。
「——だからこそ貴方に願い、頼むのです」
「世界を流れる水の貴方ならば、その"視点"、"神の知覚"を以て原因を探ることが可能の筈」
「それ即ち、貴方に担当を願う務めとは『疫病を齎す原因の調査』であり、仮に貴方が原因と思しき"怪物のような存在"を見事、発見出来たのならば——」
「——その『討伐』をも、お願いしたいのです」
それは——"神の力によって神の脅威を制する"ということ。
医師の願いは要約して——『人知を超えた疫病の原因存在を、同じく超越存在である女神が探す』、『原因となっている怪物が発見されたのなら、それを討つ』ということであり——。
「……」
しかし、再び二つ返事で願いに応えようとしていた青年は『討伐』という言葉、その語が有する"意味"に怯み、僅かな間——黙考。
(……"やるしかない")
けれども"実質的に一つである選択肢"を見据え、迫る実戦の予感——"初陣"と、何より"殺生"への恐怖を今は先送りにして飲み込み、固めるのは了承の決意。
「勿論、話は未だ憶測の域を出ず、怪物が潜んでいると確定した訳でもありません」
「ですが、決して無視できない要素であるのも事実であり、ならばこそ足も速く、激流の化身でもある貴方に御頼みしたい所存なのですが……」
「……」
「……
「……いえ。大丈夫です、出来ると思います。隠れていたとしても接近さえ出来れば、何らかの痕跡は分かる筈です」
「では……」
『水は低きに流れ、ひび割れを見つける』
原因となっている相手が余程の"格上"でさえないのなら、女神の張り巡らす流れは異変を感知するであろうと判断し、青年。
力強く握った拳を掲げ、疲労と不安に満ちた医師の前で頼もしさを演出。
「——"はい"」
同時に、握る動作によって"震え"を誤魔化しながら、己の決定を伝える。
「——勿論、お引き受けします」
「原因の調査、それが怪物であった場合の対処も任せてください。戦うにしても教えは受けているので……頑張ります!」
神の遣わす疫、何するものぞ。
意気込み、しかし僅かに揺れ動く体の振動——背負う袋の"中身"に伝わる。
「
「……いえ」
「感染の規模と範囲から考えて、原因となる何かが潜んでいるなら比較的近場、山脈を越えるようなことはないかと思われますので、先ずはその辺りの調査をお願いします」
「分かりました。怪物以外の何かや、自分の独断で処理の難しい物を見つけたら報告のために戻るので、その時はまた宜しくお願いします」
「了解です」
そうして。
「「——」」
医師と女神は頷き合った後、互いに背を向ける。
それぞれの最善を尽くすため、それぞれの持ち場を目指し——駆け出す。
(——都市の周辺が怪しいとはいえ、それでも結構な範囲だ。闇雲に探すだけだと時間が掛かり過ぎる)
(……でも、今はやるしかない。"移動して探しながら考える"しかない——!)
人気も人目もない道を駆けるその表情から早々に落ち着きは失せ、思考も上手くは纏まらず。
若く未熟で、やはり不完全の青年女神ルティス。
彼女一柱で襲い来る世界の理不尽に対処することが困難を極めるのは——"火を見るよりも明らか"で。
「"……"」
だがしかし、"それ故"に賢者は弟子の下へと"遣い"を出していたのだ。
「……我が友……」
袋から覗いては異彩を放つ虹の髪。
その持ち主たる"美の——苦悩の中で考えることを止めぬ神"。
今は新しき友の"震え"を知る——女神のイディアを。
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