第72話 異世界漫遊
「魔王……倒しちゃった」
あの声が聞こえたって事は、きっとそういう事なんだろう。
今度こそ大丈夫だと、安堵していると、
「リュージさん。Aランクポーションのおかげで、皆さん無事です!」
戻ってきたアーニャが笑みを浮かべて報告してくれた。
「お兄さん! 凄いよっ! 凄いねっ!」
「いや、これは皆が協力してくれたからだし、ダニエルさんが凄い魔法を使ってくれたからだって」
「そうかもしれないけど、そもそもお兄さんがこの案を出していなければ実現出来なかった訳で……」
セシルが興奮した様子で喋っていると、突然後ろから何か柔らかい物がぶつかってきた。
「リュージさん! 凄いよっ! 召喚魔法だけじゃなくて、あのダニエルの魔法を連続で使うなんてっ! 魔王を倒した英雄として、国中に広めないとねっ!」
「ちょっと、ミアッ! どうしてお兄さんに抱きついているのっ!? 離れてよーっ!」
「あっはっは。いいじゃない! こんなにめでたいんだよ? 誰一人傷付く事無く、誰一人命を落とす事無く、世界が平和になって、皆が家族の元へ帰れるんだ! 騎士たちを指揮する者として、これ以上嬉しい事はないよっ!」
セシルの言葉で状況をようやく理解したけれど、どうやら背後からミアさんに抱きつかれているらしい。
なるほど。ミアさんは着痩せするのか、意外と大きな膨らみが……って、そうじゃなくて、ミアさんがお姫様なのに魔王討伐の旅に出たのは、自国の騎士たちを犠牲にしないためだったのか。
自分を含めた少数精鋭で魔王を倒す事が出来れば、犠牲は少ない。
だけど、今回みたいな戦い方だと、大勢を集める事でよりリスクを減らせる……まぁ一対一万っていうのは、思っていた以上の数だったけどね。
「って、そうだ。家族の元へ帰る……って事で思い出したけど、アーニャたちを元の国へ帰してあげなきゃ」
「うん。お昼前にも言ったけど、それについては全力でサポートさせてもらうよ。こちらで馬車を手配するし、到着するまでの旅費も全て国で負担しよう。魔王を倒してくれた褒美としては少ないくらいだから、他にも何か希望があれば聞くよ?」
ミアさんが嬉しそうにアーニャたちの帰還について話していると、セシルが何やら言いづらそうに口を開く。
「あ、あのさ……じゃあボクから一つお願いがあるんだけど。その、アーニャたちにも……」
……
「お兄さん、見てー! 綺麗なお花畑だよー!」
「あ、ホントだ。あっちは、風車かな? 珍しいね」
「じゃあ、ちょっとだけ寄っていこうよー!」
セシルの提案で馬車を停めてもらい、花畑へと近づいて行く。
すると、俺の右腕に柔らかい膨らみが触れる。
「お兄ちゃん。綺麗なお花畑だねー!」
「あぁぁぁっ! もうっ! ナターリヤ、そういうのはズルいよっ!」
「でも、セシルは馬車の中でお兄ちゃんのすぐ隣に座っているじゃない。外に出た時くらい、ウチが隣でもいーじゃないっ!」
「うぅぅぅ……早くナターリヤを国へ送って、それから観光旅行にすれば良かったー!」
魔王を倒した褒美としてセシルが希望したのは、アーニャたちの国までの移動費用の代わりに、全員が乗れるサイズの馬車だった。
というのも、せっかくエルフの国を抜けだし、自由気ままに旅をしていたから、出来ればこのまま続けたいと。
目的地はアーニャたちの国にするとしても、自分たちのペースで自由に観光しながら、まったり行きたいと言うものだ。
これは、魔王を倒した事による大量の貢献ポイントで、リビングとキッチンとお風呂を拡大したら、クリニックの居心地が良過ぎて、暫くゆっくりしたいと、むしろ歓迎されてしまった。
まぁ俺もゆっくりまったりと旅行が出来る訳だし、一人ぼっちではなく、気心の知れた仲間たちと一緒なので、全く文句は無い。
ただ、
「リュージさん。で、セシルさんとナターリヤ……どっちにするんですか? お礼と言う事で、時々私でも良いんですよ?」
セシルやナターリヤが居ない所でアーニャにからかわれる事が多くなってしまったのが困りものだけど。
「うぅ。ナターリヤだけでなく、アーニャまで……けど、魔王を倒してくれた英雄だし……ぁぁぁ、でも父さんは……父さんはどうすればっ!」
「あなた。うるさいですよ? いっそ、一夫多妻制の国にでも行ってもらいますか?」
「そういう悩みじゃないんだぁぁぁっ!」
時々アーニャとナターリヤのお父さん――ミハイルさんが頭を抱えながら転げまわっては、奥さんのフェオドラさんに止められている。
一体何の話をしているのかは分からないけれど、賑やかだから良しとしよう。
「お兄さん。次は、どこへ行こうか?」
「お兄ちゃん。次はどこへ行く?」
魔王が居なくなって平和になった世界だというのに、何故かまったりではない気がするけれど、俺は暫く念願の観光旅行を続ける事になったのだった。
了
異世界誤召喚!? 城魔法スキルで実家と共に異世界漫遊 向原 行人 @parato
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