第43話 マジック・ポーション

 そのままのレッドフロッグが重すぎて、セシルの竜巻では吹き飛ばせないのだから、その身体が軽くなるように剣で斬って分断してしまえば良い。

 それが俺の考えた作戦で、レッドフロッグの手足を切り落としたから多少なりとも軽くなった。

 後は安全な場所まで下がって、セシルに竜巻で吹き飛ばしてもらうだけだったはずなのに、その竜巻に俺まで巻き込まれてしまいそうだ。


「うぉぉぉっ!」


 雄たけびと共に、水が無くなった川を全力で走り、少しでも竜巻から逃げる。

 あんなのに生身で巻き込まれたら、死ぬ。絶対に死んでしまう。

 身体全体の身体能力が上がっているので、足も速くなっている訳だが、それでも上に引っ張られているかのように感じる。

 このままではダメだ。

 そう判断した俺は、


「うりゃぁぁぁっ!」


 手にした剣を足元へ力いっぱい突き刺すと、全力でしがみつく。

 身体を持って行かれないようにと、歯を食いしばっていると、前から竜巻に吸われるように太い綱の様な物がゆっくりと迫って来て……いや、綱じゃない。

 あれは……ヘビ!?

 どうして、ヘビが? いや、そんな物に構っている場合じゃない。

 とにかく必死だ。

 川の周囲に居たのか、レッドフロッグを倒す為の竜巻に巻き込まれ、十数匹の太い蛇が竜巻に向かって吸い込まれていく。


――竜巻の範囲も広い上に、消えるまでの持続時間も長くなってる――


 喋る余裕すら無く、ただひたすらに耐えていると、前から先程の太い蛇が一匹飛んで来た。

 これは……直撃する!


「――ッ!」


 顔に向かって真っ直ぐに飛んで来たヘビを左腕で防ぐと、手を出した場所が悪かったのか、牙を突きつけられる。

 もしかしたら、このヘビも俺と同じように踏ん張りたかったのかもしれないが、思いっきり左手を振り下ろすと、ヘビが離れて後方へと飛んで行った。

 ヘビは剥がせたが、剣から左手が離れてしまった。

 吸いこまれそうになる身体を右手一本で何とか支えているが、これはキツイ。

 身体強化されている腕が、ミシミシと音を立てているかのようだ。

 もうダメか……。

 まさか魔力が尽きかけていたセシルが、最後の最後でこんなに強力な魔法を使うとは思ってもみなかったよ。


 ……って、ちょっと待った。

 違う。そうじゃない。

 俺がセシルにマジック・ポーションを飲ませて魔力を回復させたんだけど、あの時Aランクのポーションを渡さなかったか!?

 つまり、Aランクのナリッシュメント・ポーションを飲んだ俺の身体能力が上昇したように、Aランクのマジック・ポーションの付随効果で、セシルの魔法の力が上昇したんだ。

 セシルは何も知らずに、先程と同じように竜巻の魔法を使っただけなのに、もしも俺がこれに巻き込まれて死んでしまったら……セシルは何も悪くないのに、絶対に自分のせいだと思い込んでしまう!

 まだ幼いセシルに、俺なんかの命を奪ったという業を背負わせちゃダメだ。

 セシルが悲しむ事を、保護者である俺がしてどうするんだっ!


「――ァァァッ!」


 伸びきった右腕を、力づくで曲げて身体を引き寄せると共に、手の甲からドクドクと血が流れ出る左手を剣へと伸ばす。

 右腕は筋が伸び切り、左手はヘビの牙が骨まで達しているかもしれない。

 両手とも既に感覚が無いのだが、俺のせいでセシルを悲しませてしまうのだけは避けたい一心で剣にしがみついていると、突然身体が地面に落ちる。

 もう身体は引っ張られていないし、起き上がって後ろを見てみると、あの大きなレッドフロッグも居ない。

 セシルの竜巻で、どこかへ吹き飛ばされたんだ。


「お兄さーんっ!」


 少しすると、セシルが俺の名を叫びながら走って来て、


「お兄さんっ! 無事で良かった! 良かったよぉぉぉー!」


 涙声で俺の胸に飛び込んできた。


「お兄さん、ごめんなさいっ! どういう訳か、いつもよりも強力な竜巻が出て来て、お兄さんを巻き込んじゃって……ボク、ボク……蛙と一緒にお兄さんを吹き飛ばしちゃったのかと思って!」

「いや、違うんだ。それは俺のせいなんだよ。俺が効果をちゃんと確認もせずにAランクのポーションを渡してしまったのが悪いんだ」


 やっぱり、さっき俺が考えた通りか。

 結果論だけど、今回ベストの行動は、最初からAランクのマジック・ポーションをセシルに飲んでもらって、強化版の竜巻で吹き飛ばしてもらえば良かったんだな。

 もしくは、セシルが言っていた風の刃でレッドフロッグを分断した直後に、竜巻で血や臓器ごと吹き飛ばしてもらうか。

 心配させてしまう結果になってしまったけれど、とにかくセシルを絶望させる事にならなくて良かった。

 胸に顔を埋めるセシルの頭を優しく撫でながら、俺は一人安堵の溜息を吐いたのだった。

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