第36話 冒険者ギルド

 禿げたオッサンが、あからさまに舐めた態度でララさんを見ている。

 だが、ララさんは引きつった笑みを浮かべながら、オッサンに対して頭を下げた。


「アンドレアさん。こちらは、町で流行っていた症状を治療してくれた居られるリュージさんです。冒険者ギルドに依頼したい事があるそうなので、話を聞いていただけないでしょうか」

「治療? この兄ちゃんがか? 信じられんな」

「信じられなければ、その辺りを歩いている女性に聞いてみれば良いでしょう。リュージさんが優れた医者であると話してくれるはずです」

「……ふん。医者ねぇ……まぁいい。依頼という事なら話を聞こう。中へ入りな」


 俺の事を値踏みするかのようにジロジロと見たかと思うと、顎で建物の中を示される。

 このオッサン、初対面の相手に随分と失礼だな。

 しかし見た目は俺と同じくらいの年齢なのに、どうして俺の事を兄ちゃんなどと呼んだのだろうか。

 セシルは俺の事を気遣って、お兄さんと呼んでくれていると思うのだけど。


 一先ず冒険者ギルドの中へ入ると、商人ギルドとは違って人が――男が沢山居る。

 皆おそらく冒険者なのだろうが、それにしても随分とむさ苦しいな。


「で、兄ちゃん。依頼っていうのは?」

「……この町の水道が水を取り込んでいる川に、毒を持った蛙の魔物が居ると思われるんだ。それを排除してもらいたい」

「ほう。で、その魔物は何て言う魔物なんだ? どの辺りに、何匹くらい居るんだ?」

「いや、具体的な魔物や数、場所は分からないんだけど、間違いなく居ると思われるんだ」

「おいおい、魔物が何かも分からない、何匹居るかも分からない、おまけに場所も分からない……って、それでどうやって冒険者に依頼しろっていうんだ」


 くっ……残念ながら、オッサンの言う事が正論過ぎて反論出来ない。

 川に棲みついた蛙の魔物を冒険者に排除してもらうのは良いアイディアだと思ったのに。

 何とかならないかと考えていると、ララさんが助け船を出してくれた。


「魔物は……おそらくポイズンフロッグ。個々が持つ毒は小さいはずだが、これだけの被害を出している事を考えると、数十匹居ると思われます。場所はラーク川の上流かと」

「おそらくぅ? 思われるぅ? おいおい、ララさんよ。あんたは、こっちの素人の兄ちゃんと違って、元騎士様だろうが。そんな曖昧な情報で、俺たち冒険者に動けってか」

「……すみません。ですが、今この魔物を討伐しておかないと、数日後にはまた同じ事が起こってしまいます。今回は偶然リュージ様が通り掛かったおかげで助かりましたが、次も同じ偶然が続くとは限りません」

「ほぅ。元騎士様は、起こるかもしれないし、起こらないかもしれない不確実な事の為に、冒険者に死ねというんだな? まぁ元騎士様からすれば、冒険者なんて使い捨ての駒みたいな物なんだろうがな」


 オッサンの発言に流石のララさんも怒ったみたいだけど、それよりも何よりも、俺が――キレた。


「ふざけるなっ! ララさんは町の為に、町の人々の為に動いているんだろうが! 町の緊急事態に、冒険者も騎士も関係ないだろう! 皆で協力して魔物を討伐しなければ、また町の人たちが苦しむ事になるんだぞっ!」

「調子に乗るなよ、青二才が。町全体の問題ならば冒険者の出る幕じゃねぇ。それこそ王国の騎士団や、領主に頼むべき案件だろうが! それに、そんな大きな依頼なら、当然依頼額も高くなる。お前みたいな奴に、その報酬金が払えるのか!? だいたい、お前はなんだ? この町の人間じゃねぇんだろ? 真っ黒の髪だしよ!」


 俺の言葉にオッサンも言葉が荒くなり、まさに一触即発となった時、セシルが静かに口を開く。


「人間のオジサン。お兄さんに指一本でも触れたら、ボクが許さないからね?」

「あぁん!? 何だ、このガキは……セ、セシル様っ!? ど、どうしてこんな所に!?」

「ボクはお兄さんが気に入っているんだ。そのお兄さんに何かあったら……分かるよね?」

「で、ですが、そちらのお医者様やララ……殿の情報だけでは冒険者に依頼が出せないのも事実なのです。我々冒険者ギルドとしても、正確な情報を掴み、依頼の難易度を把握しなければ事故が起こってしまいますので」


 今まで俺の影に隠れていたセシルが顔を出した途端に、オッサンの態度が一気に変わった。

 だけど、オッサンの言い分も良く分かり、セシルの――貴族令嬢の力でも、依頼は受けて貰えそうにないみたいだ。


「分かりました。一先ず、この話は無かった事にしましょう。セシル、ごめんな。ララさんも一旦外へ出ましょう」


 オッサンと周囲の冒険者たちの視線を浴びながら建物を出て、少し離れると、


「あ、あの……セシル様って、あのセシル=ルロワ様なんですか?」

「えーっと、おそらくセシルは、そのセシルかと」


 ララさんがこっそり聞いてきたけれど、俺だって正確には知らないよ。

 だけどモラト村の商人ギルドで、セシルがセシル=ルロワって呼ばれていたと思う。

 この世界の事は分からないけど、ルロワ家っていう貴族が居るのだろうか?

 そんな事を考えていると、ララさんが俺の返事に驚き、声を殺しながら再び尋ねてくる。


「……リ、リュージ様はセシル様とどのような御関係なのですか?」

「リュージ様って……とりあえず、セシルとは旅を共にする仲間ですよ。もちろんアーニャも」

「……で、ですが……そもそも、どうしてエルフの第四王女様が旅をされているのですか?」


 ……ん? ちょっと待った。

 今、ララさんは変な事を言わなかったか?


「あの、エルフの第四王女って?」

「……え? 私もお顔は見た事が無かったのですが、セシル=ルロワ様と言えば、あの有名なエルフの国の王女様ですよね?」

「……えぇっ!? えぇぇぇぇっ!?」


 ララさんの発言で、今度は俺が大声で驚いてしまった。

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