第24話 精霊魔法

 野犬の群れと遭遇してセシルが魔法で吹き飛ばしてから、どういう訳かファンタジー的イベントが頻繁に発生するようになってしまった。


「お兄さん。ゴブリンは毒を使うから、ボクの後ろに隠れてね」

「お兄さん。あの大烏には気を付けて。上空から顔を狙って来るから」

「お兄さん。あの芋虫には近づいちゃダメだよ。動きは遅いけど、人すら食べる程貪欲だから」


 というか、現れ過ぎじゃない?

 基本的にセシルが全部一撃で吹き飛ばし、それに堪えた奴はアーニャが蹴り飛ばす。


「リュージさん。お怪我はありませんか?」

「ううん。二人のおかげでかすり傷一つないよ」

「それは良かったです」


 ……うん、そうだよ。このファンタジー的イベントが起きた時、俺は全く役に立たないんだ。

 だって、元々俺は普通のサラリーマンだし、異世界転移で得たスキルは実家を呼び出したり、お医者さんごっこしたり、お店屋さんごっこしたり……まぁあれだ。自覚してるけど、戦闘系スキルは皆無なんだよ。


「お兄さん。どうする? そろそろ完全に日が落ちちゃうし、今日はここでお終いにする? それとも、もうちょっと頑張ってみる?」

「いやいや、ここまでで良いよ。どういう訳か、さっきから色んな魔物に襲われてばかりだしさ」

「うーん。確かに遭遇し過ぎだったねー。もしかしたら、地震で崩れた所にダンジョンとかがあったのかもしれないねー」


 出た、ダンジョン!

 ファンタジーのダンジョンと言えば、マッパーやシーフが活躍する古典的なダンジョンと、入る度に形を変えたり、ダンジョンの中で魔物を生み出したりするタイプがあるけど、この世界はどっちなのだろうか。

 城魔法で家を出し、いつも通りに夕食の準備を始めてくれるアーニャに感謝しつつ、リビングでラノベを読むセシルに声を掛けてみた。


「セシル。セシルが今日使っていたのって、黒魔法……だよね?」

「ううん、違うよー。黒魔法は人間が作った魔法で、ボクが使うのは精霊魔法だから」

「精霊魔法……っていうと、サラマンダーとかウンディーネとかって奴?」

「お兄さん、よく知っているね。その通りだよー。ボクは火と闇の精霊は使えないけど、それ以外の精霊は皆使えるんだよー」


 凄いな。えっと精霊って言えば、火と水と風と土のイメージがあるけど、セシルが闇の精霊って言ったから、おそらく光の精霊とかも居るのだろう。

 つまり、少なく見積もっても四種類の精霊魔法をセシルは使えるのか。

 今日は風の魔法を多用していたけれど、機会があれば見る事もあるだろう。


「セシル。精霊魔法って俺にも使えるのかな?」

「うーん、どうだろー? 精霊魔法を使う人間って聞いた事が無いから、難しいんじゃないかなー?」

「そっかー、残念。教えてくれて、ありがと。セシル」


 気にしないでーと言って、セシルが再びラノベの世界へ入り込んで行く。

 しかし、俺に精霊魔法は使えないのかー。

 今日は本当に何も出来なかったからなー。

 アーニャみたいに魔物と直接対峙出来るとは思えないから、セシルみたいに遠くから魔法で攻撃するのが理想なんだけど……アーニャは黒魔法とか知っているかな?


「アーニャ。少しだけ、良い?」

「リュージさん。夕食なら、もう少しで出来るから、待っていてくださいね」

「いや、ちょっとアーニャと話がしたくてさ」

「……あ、あの。それは夜伽のご相談とかでしょうか……」

「夜伽? 夜伽って……違う! そういうのじゃないから!」

「それは、私に魅力が無いから……」

「そういう事じゃないんだってば。それに、アーニャは物凄く可愛いよ!」

「まぁ、リュージさんったら。やっぱり私を口説こうとしているんですね?」


 違う……違うんだ。

 何故かアーニャが嬉しそうにしているのだが、これはまさか、渡した恋愛漫画の影響か?

 あの偉大な恋愛漫画のせいで、恋に恋焦がれる乙女になっているのか!?

 確か、あの恋愛漫画の主人公の少女は、もっと奥手だった気がするんだけど。


「あのさ。今日、魔物に襲われたのに、俺は何も出来なかっただろ?」

「え? でもリュージさんは薬師さんですよね? 戦う必要は無いと思うのですが」

「そうだけど、セシルもアーニャも女の子だし、女の子に戦って貰って、男の俺が何もしないっていうのはどうかと思って」

「はぁ……その性別で役割を変えようとするのは理解出来ませんが、そもそもセシルさんが居るので、本当に戦う必要なんて無いと思いますよ?」

「それは、セシルの魔法があるからって事?」

「はい。エルフの魔法は私の体術なんて比べ物にならないくらい威力がありますし。私も魔法が使えたら、もっと強くなれるのでしょうが……」


 なるほど。この世界では、物理よりも圧倒的に魔法が優位なんだな。

 じゃあ、なおさら黒魔法を修得出来るように頑張ろう。

 とはいえ、アーニャも魔法は使えないみたいしだし、どうしたものやら。


「リュージさん。一先ず、夕食にしましょう。ご飯は、温かい内に食べていただきたいですし」


 残念ながら俺の悩みが何一つ解決する事なく、夕食、それからお風呂の時間となった。

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