第40話 和菓子屋談義②

 「ぼ、僕がお勧めする和菓子屋ですか?」

 シャッターを切るように繁は瞬きをした。

 自分にも回ってくるとは予想外だったようである。

 「そうとも。ショウリンらの意見を聞いて、猫村の意見を参考にせぬという法はあるまい。ぜひ聞いておきたい」


 「僕の意見なんて……」

 「おまえはカラス亡き後黒猫亭当主の代理だった」

 繁の謙遜を素早くさえぎった。

 「今も同じだ。もし俺がここを留守にすることがあったら、若輩どもの襟を正す役目は依然としておまえの肩にかかっておる。よって、意見を言う資格はある。であろう?」

 「ハイッ」

 松竹梅らもOKサインで異論がないことを示した。


 「……ありがとうございます」

 感じ入るところがあったか賄い猫は目元をぬぐった。

 「さあ、おまえの好みの和菓子を聞かせろ」

 「そうでございますねえ……」

 「ハッ! そんな雑種の雄猫の意見なんか聞くだけ無駄よ!」


 繁の頭にのしかかるように罵声が飛んだ。

 「まだ寝ておっていいぞ貴様は」

 意識を取り戻した濃紅″を見て、清丸は蔑みもあらわに顔をしかめる。

 お返しの瓦が飛んできたが軽く上体を曲げてかわす。白塗りの塀に刺さってしまったので受け止めればよかったなと少し後悔した。


 「和菓子屋がいいとかの話をしていたようだけど、獣の好みなんか聞くぐらいなら、この湖国の旧華族の桜井濃紅の意見を聞きなさい!」

 邪険にされて引き下がる女ではない。濃紅″は機関銃のごとくまくしたてた。

 「わたくしのイチオシは桜井家御用達の鹿角軒かづのけんよ! 宇治川を向かいに建つ抜群のロケーションで、昭和元年の創業以来、ずっと我が家が贔屓にしてあげてきたの! 名家や名刹へ納めるお菓子が江戸以前からの歴史を持つ古参に押さえられている中で、今日まで生き延びてこられたのは偏に桜井家のおかげと言えるわ!」


 「あーうるさいっ」

 犬歯を一本抜いて濃紅″の眉間へ投げる。ブロック塀ぐらいなら軽く貫通する牙の礫に額を抉られて少女はのけ反った。

 「何すんのよ駄犬!」

 「家柄自慢より菓子の話をせい」

 顔面を朱に染めての抗議を清丸はまったく意に介さない。


 「去年いただいた新作〝晩夏〟がいいわね。蝉の抜け殻を模った最中の皮で白餡を包んだ逸品なの。最中皮はちゃんとヒグラシを観察して作ってあるのよ」

 「ゲテモノ系だな」

 「鹿角軒は創作和菓子にも力を入れているのよ!」

 「まあ、食ってみなけりゃわからんが。猫村どこがいい?」


 「聞きなさいよド畜生組合が!」

 「もう聞いた」

 右手の指を拳銃のように伸ばし、先端から半透明の弾丸を発射する。

 圧縮された空気が喚く女を境内の外まで吹き飛ばした。


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