焦燥感 - ⑤

 振り下ろしたはずの手刀が突然現れた夏樹によって受け止められた【擬態種】は、大きく後退して距離を取った。


 間際、涼やかな音が響く。


 ――リン。

 それは、夏樹が刀の柄頭に括り付けた、鈴の音。


 夏樹は刀を右手に持ち替え、左手には腰のホルスターから抜き去った拳銃を構えた。

 刀の峰を肩に乗せて、にやりと笑う。


 ――リン。

 また、鈴の音が鳴った。


「……聞いた事があるわ。【捜査官】の中に、鈴を持って歩く酔狂な餌が一人いるってね」

「ほう?」

「そいつに見つかって、生き残った【擬態種】はいない。足音の代わりのように鳴る鈴の音は、巷で【死神の足音】……なんて呼ばれているの」

「へぇ……オレも、有名人になったもんだな」


 夏樹は笑みを崩すと、眼光鋭くし、【擬態種】を睨みつけた。


「かかってきな――危険度赤級擬態種、【アリエス】さんよ」

「うおおおおおっっっ!」


 女性は五本ある指をひとつなぎに金属化させ、一枚の剣を作り出した。

 続いて全身に鉄の鱗を纏い、夏樹に向かって突進する。


「舐めるなよ」


 夏樹は刀の「腹」で剣を受け止めると、そのまま脱力して剣先を地面に向け、【擬態種】――アリエスの腕を滑らせた。


「な――っ」

「おらぁ!」


 刀を振り上げ、体勢を崩したアリエスに、右袈裟から斬り下ろした。

 瞬時――甲高い金属音と、夏樹の腕に走る衝撃。


「ちっ」


 即座に拳銃を構え、引き金を絞ろうとして、


「――違う」


 夏樹は地面を蹴ってアリエスと距離を取り、再び刀の峰を肩に乗せた。


「固ぇな。さすがに、鉄は斬り落とせねぇ」

「その御大層な武器を使えばよかったんじゃないの?」


【擬態種】が夏樹の拳銃を指して言うが、夏樹はくつくつと笑う。


「跳弾の危険も加味しねぇとな」

「…………」


 金属化した身体に、【抗体】が塗布された銃弾を撃ち込んだとして、打ち抜けなければ意味がない。

 そして、もし貫けなかった場合に跳ね返るのは道理だ。

 どれだけの反応速度を持っていたとして、銃弾の軌道を目で追える生物などいない。


 咄嗟の判断で攻撃を止めるというのは、言葉で表すよりもずっと難しい。


「これで分かったでしょ? どうやっても、私の身体に【抗体】を打ち込むことは不可能よ」

「そうか? やってみなきゃ、わかんねぇぜ?」


 言い終わるよりも早く、夏樹は体勢を低くすると、横に剣を振りかぶって突進した。


「っ、」


 思考が追いつかなかったのか、アリエスと夏樹の間にはもう距離がない。

 しかし、アリエスは残された僅かな時間で全身を金属化。


 合わせて、鉄の鱗を厚く重ねた。


 迫る刃はアリエスの左肩を捉えたが……固い鱗に阻まれて、動きが止まる。

 アリエスはにやりと、血に濡れた白い歯を見せつけた。


「なめんじゃ、ねぇぞおらっ」

「えっ――」


 夏樹はアリエスの脚をひっかけて浮かし、力を込めて刀の刃を首に当て、振りぬいた。

 アリエスの身体は横方向に回転し、そのまま、背中ごと床に打ち付けられた。


「ぐっ」


 夏樹はアリエスに馬乗りになって、拳銃を構える。


「無駄なことをっ」

「へへ、いっちばん近いところから撃ちゃどうなるかなってな――」


 銃口を身体に押し付けて、完全に楔入状態を作ると――夏樹は刀を放し、両手で銃を構えた。


「まっ」

「またねぇよ」


 三度鳴り響いた銃声。


 銃は、対象との距離が近いほど命中率が高く、威力を増す武器だ。

 されど、銃が持ち主に与える衝撃とは計り知れない。


 少なくとも、そんな打ち方をすれば鍛え上げた肉体を持つ成人男性であったとしても、反動でのけ反るか手を放す。


 しかし夏樹は一切の妥協を許さず、楔入を維持したまま三回、銃を撃ったのだ。


「ててぇつ、しびれたな……」


 銃口をアリエスの身体から離すと、開いた風穴から土色の煙が立ち昇る。


「あがぁぁぁぁぁぁああああああっっっっっっっ!」


 肉体をびくびくと震わせ、エビぞりを何度も行い、アリエスは痛みと苦しさに喘ぐ。


「あがっ、あががあがががが、うぐうううううう」


 あまりの苦しさに我を忘れたのか、それとも、苦しさからの解放を求めたのか。

 アリエスは両手以外から金属化を外し、おもむろに、自身の両目に指先を突き立てた。


「まずっ」


 反応した夏樹であるが、遅かった。

 アリエスは、自らの頭蓋を破壊した。

 事切れて、動かなくなった身体。

 脳が破壊されて、命をつなぐ事が可能な生物はいない。


「死んだ、んですか?」


 起き上がった悠一が夏樹に近づいて言うが、夏樹は片手を広げて静止させた。


「まだ『終わらなかった』だけだ」

「え?」


 吐き出される灰色の煙が濃くなる。

 見れば、破壊された頭蓋は修復されていた。


 ――命を繋ごうとするのは生物の本能である。


 人間のあらゆる臓器がそうであるように、自我を持つすべての生物は意識の裏で無意識が働き、生命を支える。

 脳という指令塔を無くした場合、すべての生物は無意識すらも喪失し、死に絶える。


 しかし【擬態種】と呼ばれる彼らの無意識は、指令塔の損失を即座に「なかったこと」にしようとする。


 されど、一度機能を失ってしまった脳は、例え再生されたとしても無意識を塗り替えるほどの意識を持たない。それは、言い換えれば赤子の脳と等しくなる。


 結果、自我をまったく持たない、本能に縛られた化け物に成り果てる。


 そんな【擬態種】の最も強い欲求は……。


 ――食人欲。


「うがあああぁぁぁっっっ!」


 灰の煙を燻らせながら、アリエスは四足歩行の体勢を取ると、鉄の鱗を纏って逆立たせた。

 しかし、その身体はぼろぼろで、崩壊と再生を幾度となく繰り返し続ける。


「があああぁぁぁ!」


 ――咆哮。

 アリエスは夏樹に向かって飛び込んだ。


「ちっ」


 舌打ちをして距離を取った夏樹であるが……アリエスにはもう「喰うこと」しか頭にない。

 自らの身体が、あとどれだけ保つのかなど考えもしない。


 ただ、目の前の餌に向かうだけ。


「ど、どうするんです、か!」

「そのうち、【抗体】が完全に効いたタイミングで、意識が肉体から切り離される……だが、これは……まじぃな……」

「あがががががあああああggggっがああsふぁsfs」


 声にならない絶叫を上げた後、アリエスの筋肉が弛緩し、まるで糸が切れた操り人形のように、地面に不気味な恰好をして倒れた。


 そして――。


 アリエスの身体を中心に、鈍色の泥が濁流のようになって蠢き、廃ビルの中を侵食する。


「な、なんだよ、これ……」

「【具現化(オーバーフロウ)】だ。一部の【擬態種】は、死の間際になると己の内側――無意識を含めた全てを体外に放出する。あの状態は、辛うじて意識と無意識とが繋がっている状態だ。【抗体】の作用を待つ、ってのも一つの手だが……このままだと、オレたちも危うい、か」


 夏樹は刀を構え、銃口を泥の中心で佇む【擬態種】の懐に向かって飛び込んだ。


「うらぁ!」


 刀の切っ先を使った一突き。されど、その一撃は鋼鉄の身体で生まれた彼の生物にかすり傷一つ負わせるに至らず、弾かれた。


「ちっ。さっきまでより硬くねぇか?」


 そうこうしている間に、アリエスから漏れ出た泥はさらに多くの範囲を侵食していた。

 そして、その泥に触れた床や壁が、見る間に素材を変えていく。


「触れた物体全てを金属化する【具現化】か。やっかいだな」


 そこで夏樹は深く息を吐き出して、目を閉じた。


「しゃあねぇか」


 言うと、夏樹は右腕を持ち上げ、剣の切っ先を天井高く振り上げた。

 その挙動により、刀の柄頭に括り付けられていた鈴の音が、リン、と音をたてる。


「行くぜ」


 そのまま、夏樹は刀を斜め下に向かって振るう。

 ――刹那、悠一の口から声が漏れた。


「……何の音だ?」


 悠一の呟いた疑問は解消されることなく――アリエスの動きが変わったことにより、闇の中へと消えていった。

 無作為に、アリエスの周りで渦を巻くように蠢いていた泥が、まるで意思を持ったかの如く標的を定め、夏樹一人に向かって動き始めた。


「危ない――っ」


 大声を上げた悠一であったが、見れば夏樹は瞼を落し、刀を振るったそのままの体勢で微動すらしない。


 このままでは、あの泥は間違いなく夏樹を飲み込む。

 しかし、瞼を押し上げた夏樹は不敵に笑う。


 余裕の態度で、一歩分程、左に向かって飛んだ。

 人一人分の距離しか、立っていた位置は変わっていない。

 その動きに、如何ほどの意味があるのかは不明だ。


 しかし――夏樹の動きをまるで見抜けなかったかのように、あの泥は夏樹が先程まで立っていた箇所を潜り、壁に衝突して動きを止めた。


「な、なにが?」

「やっぱり、【具現化】した相手には良く効くぜ。意識を無意識が飲み込んじまったら、確かに仕方ないかもしれないけどさ」

「え――?」


 そこで夏樹の姿が消えた。

 慌てて悠一がキョロキョロと辺りを見回すと……大地を蹴って飛んだ夏樹が、すでにアリエス本体の懐近くにまで迫っていた。


「どれだけ身体を硬質化しようと、それが出来ない部分が確かにある」


 暗闇の中、泥に飲まれたまま立ち尽くす敵の「瞳」が、ぎょろりと動いて夏樹を捉えた。


「的確にオレの居場所を感知し、攻撃してきた時点で……その情報を得る為の器官は硬質化せずに機能しているってことだ」


 自身を見つめる眼球に――夏樹は銃口を向けた。


 対空状態にある夏樹の身体は常に自重に従い、安定していない。

 しかし、夏樹の顔に不安はなかった。

 超人的な技術が必要とされる場面で、その瞳に、必ず射抜けると――そんな自信を感じさせる光が灯る。


「光を通さなきゃ、網膜に影は生まれない。残念だったな。自分で明かした弱点だぜ」


 ――発砲音は一度きり。

 放たれた弾丸は、正確無比にアリエスの瞳を捉え、着弾した。


「――――――ッッッッッッッッッッッッ」


【抗体】が作用し、瀬戸際で立ち往生していた【擬態種】の意識が、追加投与によって肉体から完全に切り離された。


 やがて――朽ち果てた本体と、金属化したビルの内装だけを残して……【擬態種】アリエスは、灰色の土煙をもくもくと昇らせ、動かなくなった。


「……死体の処理は、本部に任せるか」


 刀を大きく振るい、【擬態種】の血液を払い飛ばした夏樹は、腰に下げた鞘に武器を納める。


 ――リン。

 そこで、また、鈴の音が響く。


「……音が、止んだ?」


 悠一の呟きを拾うことをえず、夏樹は振り返ってにやりと……いつものように、白い歯を見せつけてくつくつと笑った。


「よわっちいな、少年は」


   ***


―――Tips―――

【具象化(リーク)】

 擬態種の本体である『意識』が漏れることにより発現する、特殊技能。【具象化】が可能な擬態種は【もっている】とされる。


【具現化(オーバーフロウ)】

 擬態種の中には一部、死の淵に瀕した際に己の『意識』全てを体外に放出する個体が存在する。本体にすら制御不可能とされる【具現化】は、擬態種にとっては風前の灯でしかない。

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