焦燥感 - ③

「ねえ、またあったんだって?」

「本当に、その……なんとかっていう化物の仕業なのかな?」

「まさか。ただの模倣犯だろ。あいつらは人を食べるんだぜ? こんな人が少ない所には来るわけがないって」

「でも、じゃあ、人間の犯人がいるってこと?」


 悠々自適に社長出勤をかました悠一は、二時限目が終了した段階で教室に入った。

 クラスメイトたちの話題は、もっぱら、襲撃事件でもちきりだ。

 怯えている生徒もいないわけではなないが……少なくとも、話を聞く限りでは、ただ話の種として事件を取り扱っているに過ぎない。


 悠一はクラスメイトを掻き分け席につくと、頬杖をついて呆けた。


「おっす、谷村」

「……あ?」


 そんな悠一に、クラスメイトである遠藤が声をかけてきた。

 遠藤は高校一年生の頃からの馴染みで、悠一にとって仲の良い友人の一人だ。

 遠藤の隣には女性生徒が居た。あいにく、悠一はその女子の名前は知らなかった。ただ、遠藤と少し前から付き合っていることは知っていた。


「お前さ、確か……詳しかったよな? ほら、あれだよ」

「……【擬態種】」

「ああそれ。どうなん? 専門家様的には、界隈を賑わせているあの事件の犯人は、そいつの仕業なのか?」

「……さあな」


 悠一は適当に答えてそっぽを向いた。

 仲は悪くない。

 ただし、私生活で会おうという程でもない。

 悠一に取ってみれば、遠藤は他のクラスメイトたちとなんら変わらない相手だ。


 ――仲間ではない。


「んだよその態度は。せっかく、話題をもってきてやったのによ」


 どうやら遠藤は悠一のその態度に腹を立てたらしい。

 肩を強く掴んで、振り向かせた。


「ちょっと。さすがに可愛そうだって」

「いいんだよ。友だちがせっかく話にきてやったのに、こんな態度を取るんだからな」


 悠一は冷めた目を作って遠藤を睨み、静かに言い放った。


「離せよ」

「――っ」


 語気が強かったわけではない。

 しかし、遠藤は言葉を失い、静かに肩から手を離していた。


「お前ら、早く席につけ。喧嘩も程々にな」


 次の授業にと教室にやってきた教師が、悠一の近くで立ち竦む遠藤に言った。


「すんません」

「……ん? 遠藤、お前なんだその指輪は」

「あ、これこいつとオソロなんす。洒落てるっしょ?」


 そんな彼氏のノロケに、彼女は頬を染め、指輪をしていた手を隠す。


「どうでも良いが、没収だ」

「えー、そんな!」

「きちんと返すから、放課後にでも取りに来なさい」


 そんなやり取りを視界に収めつつ、悠一はふと、「そういえば」と呟いた。


「……美翅にそういうの、買ったことなかったな……」


   ***


「…………」


 悠一が自宅に戻ると、美翅は布団について眠っていた。

 寝巻きから着替えているので、おそらく一度は起きたのだろう。

 その隣では、カイリが美翅の手を握って横になっていた。


 悠一は隣にあぐらをかいて座る。


「カイリ。お前も風邪、ひくぞ」

「ん……」


 美翅を起こしてしまわない程度に軽く、カイリの身体を揺すった。

 カイリは半身を起こして、キョロキョロと辺りを見回し、悠一の顔を見つけて呟いた。


「のど……かわいた……」

「水飲んでこい」

「ん……」


 カイリは言われるがまま部屋を出て、台所に向かった。

 そこで、目を薄く開いていた美翅と目が合う。


「悪い。起こしちまったか」


 美翅は首をゆっくりと振った。


「大丈夫。ごめんね? ご飯、作れなくて」

「体調が悪いのに、無理をさせることはできないよ。お腹、空いてないか?」

「おかゆたくさん食べたから。ありがとう。美味しかった」

「どういたしまして。なら、まだ寝とくといい。また、食べやすいのを作っとくから」

「うん……そうする……」


 不意に、美翅の手が悠一の手が布団の外に伸びて、手のひらを開く。

 意図を汲み取って、悠一は「やれやれ」なんて言いながら……その手に軽く触れた。

 握り返される指先。

 微笑みながら……小さく瞼を押し上げながら、美翅が言った。


「ありがと」

「これくらい、なんでもないよ」


 それからしばらくして――。


 寝息が聞こえてきた頃に、悠一は美翅の手を離し……枕元に、そっと包装された箱を置いた。

 振り返ると、部屋の扉から中を覗くように立っていたカイリと目が合う。


「ごめんな。お腹すいたろ? すぐに作るから」

「うん」


 冷蔵庫を空けて、余った材料をかき集める。


「炒飯でいいか?」

「うん」


 適当に食材を刻んで、パックごはんと合わせて炒め、調味料で味を整える。

 十分ほどの作業工程を経て、二食分の炒飯が完成した。


「できたぞ」


 テーブルにお皿を並べると、美翅の部屋に居たカイリがのそのそと出てきて、食卓についた。

 テーブルには、一人分の食事しか用意されていない。


「ゆういちのは?」

「僕は後で食べるよ。ちょっと出てくる。帰り、遅くなるかもしれないから、先に寝てて」


 すでに悠一は動きやすいジャージに着替え、竹刀袋を引っさげていた。

 リビングを出ようとする悠一の服を、引っ張る力。


「ん? どうした?」

「…………」


 カイリは俯いたまま……少しだけ顔を持ち上げて言う。


「かえってくる?」

「…………」

「……こわい……」


 悠一はいつものように、カイリの頭に優しく触れた。

 カイリは目を細め、心地よさそうにしつつも……その顔に浮かんだ雲は晴れない。


「帰ってくるよ。――約束だ」


 そう言い残し、カイリの返事を聞くこともせず――悠一は、夜の世界へ飛び出した。

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