第一章

人型の少女 - ①


 ――どうして、こんなことになってしまったのだろうか。


   ***


 オーソドックスな黒の学生服に身を包んだ青年が、暗い路地裏に立ち竦む。


 ビルとビルの隙間にぽっかりと生まれ、丁度コンビニの裏口が見え隠れするその場所で、青年――谷村悠一の足元には、数分前まで『人間だった』、肉片が転がっていた。


 引きちぎられた四肢は辺りに転がり、数えてみれば、部位がどうしたって足りない。


 そんな悠一は返り血を多く浴び、左手には、切断された二の腕が握られている。


「…………」


 ここが『捕食現場』であったことは、間違いない。


【擬態種(ミメシス)】は食い好みをする。


 捕食事件の現場において、綺麗に丸ごと、被害者の身体が食い尽くされることは稀だ。


【擬態種】が人間の歴史に姿を現して、十数年が経過した。


 これまで【防除(コントロール)】されてきた擬態種の証言や研究成果から、彼らの生態は明らかになりつつある。


 とある【擬態種】が、自らが捕まる危険性を厭わずに、自費出版で発行し、世間に浸透した本がある。その本には、事細かに食人に対する彼らの考えが記載されていた。


・女、子どもの肉は柔らかい。男は大抵固く、生で食すには向かない。

・白人はまずい。フランスよりはスペイン。アメリカよりは、まだイギリス。

・臭みが増したジビエ。慣れないうちは香辛料を使って、丁寧に調理すべし。

・古くなった肉は、腸詰めがオススメだ。

・人によっては、血液だけ飲む輩もいる。オレには理解できないね。


 テレビで報道される捕食事件の数は月単位で一度、あるかないか。

 背景には、そもそも道端で人を殺し、そのまま生で齧りつく【擬態種】が圧倒的に少ないことが挙げられる。


 ここ数年で急上昇したと言われる行方不明者の数が、捕食事件の被害者を表しているのではないかとすら囁かれていた。


「……助かった」


 しかし、時に人の目に付く場所で犯行におよび、惨憺たる現場を残して立ち去る【擬態種】も存在した。


 緊急事態。

 趣味嗜好。

 性的興奮。


 そこには、彼らにしか分かり得ない、確固たる理由が存在する。


 今宵、人目が少ない場所とは言え、まだ日付も変わっていないような時間に犯行が行われたことにも――そうすべき理由が間違いなくあったのだ。


「……これで、なんとか……」


 悠一は握りしめた肉片をジップロックに丁寧に入れ、新聞紙で包んで鞄に放り込んだ。


 それから、ふらふらとした足取りで現場を後にする。

 悠一が宵闇の世界に消えて、しばらく――。


 事件現場のすぐ近くにあったコンビニの裏口から、一人の男が顔を覗かせた。


「っしょ、ふう……」


 その日の廃棄品を詰め込んだ大きな袋を指定された場所に運び、息を吐く。

 そこで、――鼻につく、異臭に気がついた。


「んだ、この臭い。……昨日の分、回収されてないのか?」


 向けられた視線。

 驚愕に染まる瞳。


「ひ、ひゃあああっ! だ、だれかっ!」


 驚きの色で塗り固められた男の声が、夜の世界にこだました。

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