10 東の陵墓

 綺麗きれいな王都東区で、おんぼろ馬車は注目を浴びた。

 地の霊ノームの店の前で待たされたアルは、麦わら帽を目深まぶかにかぶる。

 エレノアは荷台にひそむ。


 だが若ドワーフが御者台に戻ると、馬車は洗練された街をがたごと音をたて進みはじめた。


 帽子のつばの下から、アルが目をのぞかせる。


「バール、取引できたのかい?」


「いやまぁ……こめの配達を請け負ってきた。さあ、東門から陵墓へ向かおう」


 バールは話をそらした。


 東門をくぐると、広大な平原の遠くに台形の丘がいくつも重なる。

 かつて、学友と王墓へ冒険に出かけたことを思い出し、アルの目がかがやく。

 秋も深まり、午後の日差しは黄色くまぶしかった。



 おんぼろ馬車が、草原を横切って進む。

 のんびり手綱たづなを握るアルのとなりで、エレノアが左の高台を指さした。


「アル、見て。あの大きな木」


 アルが目をやると、丘の上にナナカマドの大木。赤い紅葉に何羽もの鳥が集まる。

 そのかたわらに、多過ぎる鳥が集まる人の形があった。

 あわてて彼はささやく。


「見過ごそう。もし……いや間違いないけど、エルベルトならストレス解消中だよ」


 エレノアが無言でうなづく。

 荷台では、バールがなにやらかごを作る作業に夢中だった。


     ◇


 一方、王都のつらなる屋根。

 マルコと二人のエルフは、ずっと歩いてきた屋根からようやく降りた。

 だがほっとしたのもつかの間、東門からそとに出ると、け出す双子にマルコは追いつけなくなった。


「ま、待ってえぇ! ちょと休、おえっ!」


 地面に顔を向けるマルコを、丘の上から双子がながめる。

「いそぐぞお」と、アカネは容赦がない。

「はやく早くっ」と、アオイは悪気なく飛びねる。


 疲れすぎて気持ちが悪いマルコは考えた。

 双子に聞きたいことは山ほどあるが、今はとにかくときかせぎたい。

 ひらめいて、明るい顔をあげる。


「ハァ、結局、妹なの? お姉さんなの?」


「はぁ?」とアカネは渋い顔。

 アオイはキョトンとした。だが首を回し、キッとアカネをにらむ。


「まさか、『俺の妹』って嘘ついてんの?」


 アカネはたじたじと反論。


「だ。まだハッキリしてないだろ! 母上に聞いて––––」


「やめてっ! 忘れたの? 前に聞いたら『どっちが先かなんて、おぼえてないわよ!』って逆ギレされたんだよ?」


 思惑おもわく通り、言い合う双子のもとへマルコはゆっくり歩く。

 丘に立ち、さらに問いかけた。


「どっちが下のきょうだいなの?」


 アオイとアカネは、鋭い目で同時に互いを指さす。


「こっちが弟!」

「こいつが妹!」


 とたん双子はにらみ合い、互いを口汚くののしりはじめた。

 マルコは満足げな笑顔になる。

 その場で腰をおろし、荷からゆっくり水筒すいとうを取り出した。


     ◇


 おんぼろ馬車が台形の王墓に近づく。

 露店ろてんの天幕と冒険者たちの姿が目に入り、アルは唖然あぜんとした。

 荷台へ声を張り上げる。


「バール! 人でいっぱいだ。いつから観光地になった?」


「ああ。しばらく前からだ! 危険もない。

 宝もない」


 その返事に、エレノアは思わずくすりと笑う。

 アルは辺りをキョロキョロ見回した。


 草がおおう緑の台地のふもとに、ぽっかりいた四角の入り口が見える。そこへ通じる道の両脇に、びっしり天幕が立ち並ぶ。

 大勢の売り子が行き交う人に声をかける。

 通りの人々は、革や鉄の鎧を着る冒険者風情ふぜい。だが、楽しげに串肉やあめなどを食べ歩いていた。 


 あせるアルは、また顔を横に向ける。


「どこにめればいい? バールっ!」


「聞こえてる! 左手は土がむき出しのはず。そこの茶色のテント!」


「あぁ、あれね」とアルはほっとし、手綱たづなを引いた。

 おんぼろ馬車はゆっくり左に旋回し、人混ひとごみをさけ、陵墓のはずれへと向かった。



 地の霊ノームの土色の天幕前。

 若ドワーフが、身ぶり手ぶりで売り子に訴える。


「だから! 東区のソーリ殿の親方の、西区の旦那の親方––––」


「なんだなんだって? 西区の親方に親方はいない。その人は大親方––––」


 答える地の霊ノームは若く、背はバールと同じ。

 細身で華奢なその若ノームと、若ドワーフはさっきから同じ問答を繰り返していた。

 アルはにやにやして、二人をながめる。

 エレノアは若ノームの小ぶりな目鼻が珍しく、ちらちら盗み見した。


 やがて、バールががんとして叫ぶ。


「わかった! 大親方に違いない。その方はどこに?」


「違いないって旦那、知恵者の大親方を案内するのにそんな曖昧あいまいな––––」


 若ノームのしつこさに、バールもアルも手で顔をおおう。


 ふとエレノアは、天幕の向こう遠くに何かを見つけた。

 平原の彼方かなた、二人の子どもが疾走し、その後ろを見覚えあるマント姿がよろけている。


 遠い目の巫女みこに、アルが声をかける。


「エラ、第二層だって。

 羽のこともそこで聞こう」


「う……ん」


 ぼんやりするエレノアを、アルは気にかけた。


「どうしたの?」


「こんなとこに……いや、なんでもない!」


 巫女は、明るい笑顔で疑いをふり払った。

 

     ◇


 時を戻し、真っ赤に紅葉したナナカマドが立つ丘。

 赤い実を求め、たくさんの鳥が集まる。


 双子のエルフとマルコは、大木のとなり、鳥が密集する人の形を見つめていた。

 マルコと目を合わせたあと、アカネが叫ぶ。


「エルベルト!」


 鳥がいっせいに飛び立ち、ほうけて両手をあげるハーフエルフがあらわれた。


「ひゃああぁ!」と、アオイが調子の外れた悲鳴をあげた。

 マルコとアカネは苦笑にがわらい。


 アオイに気づいたエルベルトは、はっとして服をはたき、無駄にとりつくろう。


「や、これは……違うのです、アオイ様。

 鳥たちのしらせを––––」


「遅いよ! 待ってたんだからっ」


 アオイがねるとエルベルトはうろたえ、しかし嬉しそうに頬が染まる。

 少女はたたみかけた。


「鳥にお願いした伝言、届いた?」


「それはもう!」と、エルベルトは赤いほおをゆるめる。


「例のものは、『最後の王墓』第二層に」


 とたん、エルフの少女が腕をふり、先導。


「アカネ! マルコ! 王墓をぬけるよっ。ありがと、エルベルト。うたげ、今夜だよ」


 そう言って、アオイは丘を駆け降りた。

 呆然とするエルベルトのひじを、アカネがたたく。


「気が済んだら、早く来いよな!」


 アカネも走り去り、立ち尽くすエルベルトの肩を、マルコがたたく。


「僕もお月見だ。話はあとで!」


 マルコも過ぎ去り、エルベルトは独り丘に残された。

 一呼吸おいて、目をつむり、さっと両手をかかげる。

 鳥がいっせいに彼に密集し、騒がしくさえずった。

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