棘無しでいこう

 


 いよいよ自由行動となり、生徒達は清水寺や小路通りを散策し始める。 ここでみやびや凪は新と行動したい所だが、臣と瞳はひと揉めあった直後で気まずい状態、凪は他の班員が嫌がり動き難そうだ。


 結果―――



「これもアリかもな。 色恋はもう散々話したし、男同士で思い出作ろうぜ」


「うん、そうだね」

「観たい番組も終わっちゃったし……」



 寧ろすっきりとした表情で舵を取る臣に班員も続く。 新の恋の行き先を鑑賞出来なくなった守は少し不満そうだが。


「守くん、年上の女性なら一人知り合いがいるから、今度紹介しようか?」


「え、いや、でも僕なんて……」


 守を元気付けようと気遣う新だが、基本的には引っ込み思案な彼は口篭ってしまう。 しかも、その年上とは―――


「まあ、かなり変わったお姉さんだけど……」


 どうやら破天荒な使用人の事らしい。


「そ、そうなの? なんか、興味あるな……」


 変わり者と聞いた守は寧ろ興味を持ったようだが、果たして沙也香について行けるかと言うと疑問だ。


「さすがあらただな、年上までいるのか」

「そ、そんな、俺の交友関係はすごく狭いよ?」


 買い被られても困る。 何しろ少し前まではみやび以外予定と言えば家族だけの少年だ。


「とりあえず清水寺に行こうか。 あらたはもう昨日飛び降りただろうけど」


 清水の舞台から飛び降りる、それを昨日の告白と掛けた臣に守が「はは、本当だね」と笑い、「か、揶揄わないでよ……」と頬を掻く新。


 そして三人は、男だけという予想外の展開で清水寺に向かい動き出すのだった。






 ◇◆◇






「すごい景色だったな」

「京都の街並みってキレイだね」


 散策の感想を語り合う新と臣。


「守が色々説明してくれるから楽しかったよ」

「そんなに詳しい訳じゃないけど、基本知識だよ」


 守の観光案内も一役買ったらしい。 清水寺を後にした三人がやっと修学旅行らしくしていると、


「ほら瞳、行くよっ」

「う、うん」


 友人を鼓舞するのはみやびだ。

 そして―――



「桜庭くんっ」


「――ん?」


 まずみやびが声を掛け、振り向いた臣に差し出すように瞳が前に出る。 瞳は目を泳がせながら、絞り出すように話し出した。



「……さっきは、ごめん……」



 長身の少女は、下を向いて弱々しく許しを乞う。 臣はその姿を見て眉尻を下げ、


「謝る相手が違うんじゃないか?」


 その声色は優しく、朝のような刺々しさは無かった。


「ごめんね、間宮くん……ひどい事言って……」


 臣に促され素直に謝罪をする瞳。


「お、俺は大丈夫だよ!? 気にしてないから……っ!」


 謝られ、逆に狼狽える新にみやびは呟く。


「少しは気にしても……」


 それは新には届かない呟きだったが、前に居る臣は聞き拾っていた。 一瞬表情を曇らせる臣はそれを振り切るように、


「知ってたか? 清水寺は慈悲の神様を祀ってるんだぜ? しかもその舞台を支える柱には釘が使われてないんだ。 折角の修学旅行、棘無しでいこうぜ」


 それを聞いた瞳は訝しんだ目を向ける。


「臣らしくない、そんなうんちく言う奴じゃないでしょ?」


「バレたか、ウチの班には知恵袋がいるんだよ」


 いつもの二人に戻って笑みを交わし、


「部活の後輩達に土産でも選ぶか」

「うんっ」


「皆で行こうぜ、あらたは連城さん家にも買わなきゃだろ?」


 新とみやび、二人を近付けるのを悩んでいた臣だが、幼馴染の付き合いは良いだろうと考えたようだ。 昨日の凪の件もあってか、みやびは新の返事を待って俯いている。


「そう……だね。 行こう、みやび」


 その声に顔を上げ、長い睫毛を何度か揺らした後、徐々に綻んでいく顔は茶色い瞳を輝かせる。


「ん、行こう」


 二つの班は連れ立って土産を物色しに動き出した。 その時、新の目に留まったのは、


「あっ、凪ちゃん!」


「っ……」


 凪達の班を見つけ声を掛ける新。

 振り向く凪の視界にはみやび達が映り、咄嗟に目を逸らしてしまう。 昨日の件で気まずいのは凪も一緒だ。 だが新は、


「部活の皆にお土産選ぼうよ。 萩元には色々世話になったし、別で何か選ばなきゃ」


 臣と瞳が同じバスケ部なら、新と凪もまた同じ美術部なのだ。


「……うん」


 新側からの誘いに流され、凪の班員の女子達も戸惑いながらそれに加わる。


「ま、萩元は俺からより凪ちゃんから貰った方が喜ぶけどね」

「そう、かな……?」


「そりゃそうだよ。 鈍感だなぁ凪ちゃんは」


「え……」


 およそ新には似つかわしくない台詞にたじろぐ凪。 その光景を見た幼馴染は呆れた顔で口を開いた。


「新に言われたくないよ、ねえ鶴本さん」

「あ、ええと………うん……」


 周りから見れば腫れ物に触るような関係の二人、凪はそんな相手からの言葉に戸惑いながらも頷く。


「さ、皆で行こう」


 苦い顔をする新をそのままに、みやびは凪を含めた言葉を掛け微笑む。



 今は楽しい思い出を作る修学旅行の真っ最中。 新が凪に伝えなければならない話は、この旅行が終わってからなのだろう。 そして、想い人とは今は会えない。


 団体行動で下手に動けば、新が言った『好きな人』の存在が周りに知られる恐れがある。 それは彼女にとって学校生活すら危ぶまれる事態だ。



( 夕弦さんにお土産……は変だよな、一緒に来てるんだし…… )



 だから今は、芽生えた初恋の衝動を必死に抑え、応えられない大事な彼女達と居る事を彼は選んだのかも知れない。


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