第14話 接近08

 いや、でもあれだけオープンなんだから、気づかなかった僕はやはり相当鈍かったのかもしれない。そういえば女の人を口説いているところは見たことがない。


「確かになぁ、あいつの場合は、すぐ気に入れば口説く悪い癖があるから、判断は微妙だけどな。それでもいままではノンケは絶対避けてたんだぜ。今回もお前には絶対言わないって言うから、俺があいだに入るかたちでお友達の付き合いは続けさせてやってたんだぞ」


「う、そんなこと言われても」


 そんな渉さんがいかに自分に対して本気かを聞かされても、非常に困惑するばかりで、僕は視線を泳がせ俯いた。


「まあ、あいつのことは気にするな」


「気にするなと言われても」


 今度また顔を合わせた時、どんな顔をして会ったらいいかわからない。できればしばらく会いたくない気もするけれど、それってかなりずるいだろうか。


「好きとか、そういうのってなんだ」


「お、極論だな」


 僕の言葉に明良は目を丸くして笑う。

 好きだという気持ちがわからない。愛してるってどういうこと?

 いまの僕は、そんな気持ちを随分前にどこかに置き忘れてきてしまったようで、ぴんと来ないと言うか、よくわからずにいた。


「極論、か」


 同じ問いかけをしたら藤堂はひどく悲しそうな顔をした。その意味がいまだにわからない自分は、やはり明良の言う通り枯れてるのか。

 ふいにまた藤堂のことを思い出し肩が落ちる。あんな悲しい顔なんてさせたくなかった。


「ふはは、落ち込んでますねぇ。なんか懐かしいな、こういう話しするってさ。学生の頃とかを思い出すなぁ」


 うな垂れた僕を茶化すように、明良は頬杖をつき目を細めて笑った。その声に顔を上げて睨みつけると、肩をすくめて乾いた笑い声を上げる。


「喧嘩したんだ?」


「ん、いや。喧嘩と言うか」


 喧嘩、ではないと思うのだが、意思の疎通ができてないと言うか、どこかで食い違ってしまっていると言うか、原因がわからない。

 いや、原因はあった。多分きっと僕のあの質問だ。


「どういう時に人って誰かを好きだって思うんだろう」


「ああ、それは非常に難しい質問だな。って、お前はほんとに……化石か」


 頭を抱えてがっくりと顔を落とした明良に首を傾げると、盛大なため息が聞こえてくる。化石か、枯れてるよりも当てはまるような気がしてきた。なんだか大事なものをどこかに置き忘れて、そこから時が止まっている。


「そんな頭で考えることじゃねぇだろ。好きだって思ったら、もう好きなんだよ。一目惚れでも長い時間かけて好きになっても、それは佐樹の彼氏も渉も気持ちは一緒だろ」


「でもなんか違うんだよな」


 渉さんが僕を好きでいてくれる気持ちと、藤堂が僕を好きだと言ってくれる気持ちは同じようでなにかが違うような気がする。


「なにが違うんだよ」


 小さく唸り、首を捻る僕に明良もまた首を傾げる。


「同じ好きでもやっぱり違うもんか?」


「同じねぇ」


 何杯目かわからないジョッキをテーブルに戻し、明良は再び頬杖をついて僕を見た。珍しく難しい顔をしている明良を訝しげに見れば、なぜかため息をつかれる。


「なんとなく話が見えてきたけど、ぶっちゃけ佐樹はどうしたいわけ?」


「は? どうもこうもない。わかんないから悩んでるんだろうが!」


 呆れた表情を浮かべる明良に思わず声が大きくなってしまう。しかし明良は片耳に人差し指を突っ込み、眉をひそめるだけだった。


「俺から見たら、いや……わかってないのに言っても無駄か」


「なんだよそれは」


 言いかけて止める明良をジトリと見れば、肩をすくめられる。さっきから明良の言っていることが全然わからない。


「一回、渉とデートでもしてみる?」


「なんで渉さんと」


 突然そんなことを言われて驚いている僕に、明良は楽しげに肩をすくめる。


「ものは試しだろ。まあ、正直止めといたほうがいいけど、あいつ手ぇ早いしなぁ。あ、でも佐樹だったら手は出さないかもな」


「適当なこと言うなよ」


 明良の悪ふざけのような物言いに肩を落とし、僕は重たい頭を抑えた。そんな僕を横目で見ながら明良は再び手を上げ、空になったジョッキを店員に押し付けた。


「例えばさ、彼氏くん」


「藤堂?」


「そ、藤堂だっけ。その彼氏より先に渉がお前に告白してても、いまと変わんない気がすんだよな」


「変わらないって?」


 明良の言っている意味がさっぱりわからない。けれどそんな僕に対し、しょうがないなと小さく呟いて明良は僕に向き直る。


「あんまり難しく考えんな。好きとか愛してるってのは理屈じゃねぇのよ。つうか、お前いま頭でっかちになってるだろ。お前がほんとに気にしてんのそこじゃないんだよ」


「気にしてる?」


「そ、気にしてる。めちゃくちゃな」


 首を捻る僕を指差し明良はじっとこちらを見る。けれど彼の言うことがやはりいまいちよくわからない。僕がなにを気にしているのか、明良にわかってなんで自分がわからないんだろう。と言うかほんとに僕はなにを悩んでいるんだ。

 好きとか愛してるとか、そんな意味を今更知りたいわけじゃない。――ほんとに知りたいのは。


「わからないって言われたんだ。なんで好きになったのかって聞いたら」


「ん、彼氏くんに?」


 主語のない僕の言葉に一瞬首を傾げ、明良はああ、と思い出したように呟く。そして頷いた僕を見て小さく唸り、髪を軽くかき乱した。


「なるほどな、それがショックだったんだ佐樹は」


「別に、ショックだったわけじゃ」


 明良の言葉に口ごもるとふいに目を細められた。心の内を見透かすような視線がひどく居心地が悪い。言葉にして言われてみるとわかる。僕は藤堂の気持ちがわからなくてショックを受けたのだ。


「急にそんなこと思ったのは、渉につり橋効果だって言われて不安になったんじゃないの?」


「どういう意味だ」


 首を傾げればぴくりと明良のこめかみが震える。


「はあーっ! 相変わらず自分のことに鈍いな佐樹は」


「な、なんだよいきなり」


 意味がわからず問い返せば、明良は悶えながらテーブルに突っ伏した。そして頭を抱えジタバタとテーブルを叩きながら一人でぶつぶつなにかを言っている。


「明良?」


 途端に静かになった明良に困惑しながら声をかけると、勢いよく身体を起こして目の前に指先を突きつけられた。


「佐樹は自分がそいつのことを好きかどうかで悩んでるんじゃない。そいつがほんとに自分のことを好きなのかどうかで悩んでんの!」


「え?」


「ここまで言ってやってんだから気づけ馬鹿!」


 息継ぎもせず、まくし立てるように喋った明良は、ゼイゼイと肩で息をしながら僕の頭を叩いた。しかし僕は叩かれたことよりも明良の言葉に驚き、目を見開いたまま固まってしまった。

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