第13話 接近07

 周りが顔の整った人ばかりなのに、なぜ自分がそんなに好かれるのかわからない。秀でたところがほとんどない平凡過ぎるほど平凡な僕だ。


「佐樹みたいなタイプは結構、モテんだよなぁ」


 小さく唸りながらこちらを見る明良に首を傾げると、ため息をつかれた。


「美人がいいとか見た目が可愛いほうがいいとか、容姿の重要度も色々あるけど。佐樹みたいな素直で素朴な感じは男とか女とか関係なく、案外惚れられやすい。なんか一緒にいて安心すんだよな。それにお前は自分で思ってるよりもずっと可愛いぞ」


「……」


「あ、俺は違うぜ。俺はお前とはずっと友達でいたいし、そういう目で見たことはいままで一度もないからな」


 目を細めた僕に明良は慌てて、ないないと大袈裟なほど手を顔の前で振る。まあ、今更聞くまでもなくわかっていることだ。高校の時にお前とは長く友達として付き合っていきたいからと、衝撃のカミングアウトをされたのだ。あの時の驚きはいまでも忘れない。


「んで、いま悩んでんのは渉か? まあ、それはないか。あいつのことは眼中ないだろ。やっぱり噂のイケメンくんか」


 あいつは当て馬が精々だと、好き勝手に言いながら明良はにやにやと笑う。


「うーん」


 話を自分に引き戻されて思わず口ごもる。なんと言ったらいいのか、自分でもよくわからないというのが正直なところだ。確かに藤堂のことは気になっているけれど、それだけじゃないと言うか。


「どんなタイプ? 渉がマジになってるってことはかなりいい男なんだろ」


「渉さんが、本気?」


「おう、珍しくかなり息巻いてたぜ。諦めろとは言ったけど」


 思い出し笑いをしながらも、興味津々な様子で身体を乗り出してきた明良に眉をひそめる。


「お前、また別れたのか?」


「ああ、わかる? そうなんだよなぁ。なんでみんな離れていくかな」


 腕組みをし首を傾げる明良に頭が痛くなる。相手がいない時の明良は呆れるほどに遊びが激しい。いま外に関心が向いているのは相手がいない証拠。それでも、恋人ができると途端に大人しく一途になる。それは端から見ていて驚くほどにまっすぐなのだ。

 しかしどんなに明良が一途でまっすぐでも、なぜか長く続かないのだ。


「エッチの相性が悪いとか? うーん、それはやっぱり重要だよな。もう少し俺も修行が必要なのか? 俺の愛は深海より深いんだけどなぁ」


「……明良、もうその話はいい」


 ダラダラと話し出した明良の声に被せ遮ると、一瞬目を丸くして明良がこちらを見る。失恋話を話し出すと色々と長いのがたまにキズだ。それだけ本気だったんだろうから、可哀想と言えば可哀想だが、聞いてるこっちは恥ずかしいやら、いたたまれないやらで複雑な気分になる。


「あ、そうだ。んで、イケメンくんはどんな子なわけ?」


 再び明良の興味が藤堂に戻り、初めて止めなきゃよかったと思ってしまった。

 残念なほどに相手がいない時の明良は雑食だ。恋愛している時の一途さはどこへ行くのか、本当に明良はそれ以外かなり無頓着で、正直見ていて呆れるの一言だ。


「今度紹介しろよ」


「嫌だ。藤堂は紹介しないぞ」


 にやりと笑った顔が胡散臭い。絶対にいまの明良には紹介したくない。多分きっと明良のタイプではないと、そう思うけどそれでも嫌だ。


「なんでそんなに明良は付き合う子と遊ぶタイプが違うわけ?」


 いつも明良が付き合うタイプは小柄で大人しくて、ちょっと雰囲気が可愛い子が多い。でも、付き合ってない時に一緒に見かける人はそれとは毎回全然違う感じで、あえて言うなら渉さんのように顔立ちが綺麗で、性格もサバサバしているタイプがほとんどだ。

 実際二人が付き合っているんじゃないかと思ったことさえある。でも地球が逆回転してもありえないと、二人揃って猛烈に否定された。ある意味、すごく息が合うんだろうけど。


「そうだな、やっぱり遊びの時は割り切れるタイプじゃないと駄目だろ。その気もないのにずるずるされても困るし。一晩楽しけりゃいい」


「不毛だ」


「そんな怖い顔をしなくてもいいだろ」


 明良の答えに思わず顔が険しくなる。言っていることはなんとなく理解しようと思えばできるが、それでも遊ぶ、と言う感覚が想像できない僕には到底わかち合うことができない気持ちだ。


「大丈夫だって、なにも佐樹の彼氏をどうにかしようって思ってはないぜ」


「どうにかってなんだよ!」


 にやにやと笑う明良におしぼりを投げた。避けることなくおしぼりを顔で受け止めながら明良はますます笑みを深くする。


「なにをそんなに笑ってんだよ」


「いやあ、珍しく佐樹が食ってかかるからさ。佐樹の彼氏はよほどいい男なんだろうなぁ、興味深いな、と思って」


「別に、付き合ってるわけじゃ、ない」


 明良の言葉に思わず顔が熱くなる。口ごもりながら空になりかけているグラスに口をつけると、また明良が後ろを向いて大きく手を上げた。そして目の前に新しいグラスを運ばれる。

 なんだか、なにを口にしても味がしないのはなぜだろう。


「まあ、悩むのは結構だけど、あんまりいたいけな少年をもてあそばないようにしろよ」


「は?」


 明良の言葉に思わず眉間にしわが寄る。一体いつもてあそんだというのか――心外だ。けれど不服そうな僕に対し明良は呆れたように肩をすくめる。


「本当にその気がないならいつまでも構うなよ。ちゃんと突き放せ。向こうは年頃なんだし、マジだろうしさ。ノンケに惚れるのって結構リスクが高いんだぜ。しかも下手すりゃお前ら親子だぞ」


「誰が親子だ!」


 しみじみと呟く明良の足をテーブルの下で蹴り飛ばし睨みつけてやると、涙目になりながら足を持ち上げて脛をさすった。

 確かに一回り以上離れているがまだ親子には手は届かない。確かにあと四、五年違ったら可能性も出てくる。けれどまず藤堂と親子なんてどう考えてもありえない。よほど彼のほうが自分より大人びてる。あんな子供は絶対嫌だ。


「それはまあ、冗談だけどよ。佐樹は恋愛に関しては枯れてっからなぁ」


「さっきから言いたい放題だな」


 口を曲げる僕に追い討ちをかけるように明良は笑う。


「ほんとのことだろ。渉のことにしたって、いままで気がつかない佐樹は相当鈍いぜ」


「は? 全然わからないだろ。どこをどう見たら渉さんが自分を好きだなんて思うんだ。あの人は誰に対してもあんな感じじゃないか」


 ため息交じりに明良を見れば、逆にさらに大きくため息をついて肩をすくめられた。


「佐樹は男相手に意識なんかしないだろうけど、なんかおかしいと思うだろう、あんだけ毎回ベタベタされてりゃ」


「別に」


 確かに会うたび会うたび抱きつかれたり、キスされたり、スキンシップは激しいし、会いたかっただの、寂しかっただの、甘い台詞は吐かれるし、毎回どこかへ誘われたりするし――ん? あれ?


「なんか心当たりでもあったか」


 急に固まった僕に明良は目を細めてビールを煽った。その視線は呆れた冷ややかなものだった。


「だって渉さんは誰にでも、そうじゃないか」


 冷たい視線に言葉尻が小さくなる。性格からしてオープンな渉さんは、誰に対しても比較的あの調子だ。だから冗談なのか本気なのかがわかりづらい。これは僕が鈍いからだけではないだろう。

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