第21話 過疎の村を宝の山に
祖母からあんな話を聞いてしまったせいで、耕作の祖父に対する認識が改まったのは確か。けれども謝るかどうかはまた別の話。
なので今日は、先日の一件の経緯をはっきりさせるために、牛尾家の畑を再び訪ねることにした。するとそこで目にしたのは、牛尾のご主人から噂に聞いていた息子と思われる人物。
引きこもっているという話だったけれど、彼は懸命に農作業に勤しんでいた。
「初めまして、ひょっとして牛尾さんちの諒太(りょうた)くん? あたしは津羽来里花って言います」
「誰?」
「あ、だから、津羽来里花っていって……」
「名前はもう聞きましたよ。学校の人かなんかですか?」
少し眉間に皺を寄せた訝し気な表情。けれどもそのあどけない顔つきは、年齢通りのいかにもな中学生だ。
そして初対面早々噛み合わない話、さらに言葉から感じる棘。諒太からは警戒心がヒシヒシと伝わってくる。
(学校でいじめられて、不登校になったって言ってたもんね……)
あたしは牛尾のご主人との会話を思い出し、諒太の警戒心の理由を悟った。
そして今度はなんとかそれを解こうと、無関係を必死にアピールする。
「全然、全然、学校関係者じゃないよ。ただのご近所さんってだけで」
「ただのご近所さんが、どうして僕の名前まで知ってるんですか?」
「あ、ああ……君のお父さんと、ちょっと話したことがあってね……」
けれどもあたしは、しどろもどろで声が上ずってしまう。嘘をついているわけでもないのに、必死になると胡散臭くなってしまうのは悪い癖だ。
そんなあたしのあまりの不審者ぶりに、諒太の警戒心はさらに高まったらしい。ただ用件を聞くだけの言葉にも、さっき以上に敵意が感じられる。
「ふーん。で? ただのご近所さんが、いったい何の用ですか?」
「えーっと、農作業の様子を見に来たっていう口実で、こっそり耕助さんが来てないかと探りにきました」
「…………」
(あちゃー。全部しゃべっちゃったよぉ)
歓迎されてなさそうな雰囲気のせいか、相手は中学生なのに気押されてるあたし。隠さなきゃいけない部分まで、思わずありのままに答えてしまった。
大失敗と思いきや、意外にもそれが功を奏したらしい。諒太の警戒心は緩んだらしく、その表情には穏やかな微笑みが浮かんだ。
「お姉さんておかしな人ですね。師匠ならあっちのトマト畑の陰だと思いますよ」
「師匠?」
「お姉さんが探してるのって舘花のおじいちゃんですよね? うちじゃ畑仕事を教えてくれてるから師匠って呼んでるんです」
なるほど、確かに師匠以外の何物でもない。
そして本人の目の届かないところでも諒太がそう呼ぶってことは、充分に人望も集めているんだろう。となると耕作の祖父への不信感は、あたしの早とちりの線が濃厚の気配。
さっそく諒太に聞いたトマト畑に向かおうとすると、逆に向こうの方から耕作の祖父と牛尾のご主人が、仲良く話しながらこちらへやってきた。
「あーん? 何しに来ただ。おめえの畑はここじゃねえだぞ」
相変わらずの憎まれ口は耕作の祖父。
けれどもそんな圧力には屈せず、あたしはキッパリと今日ここを訪ねた理由を耕作の祖父にぶつけた。
「この間牛尾さんが耕した畑を奪い取った理由を、今日はちゃんと聞かせてもらおうと思って――」
「ああ、あれは誤解だったんです。僕が悪かったんですよ」
意外なことにあたしの質問を遮って答えたのは、耕作の祖父の隣にいた牛尾のご主人の方だった。
そしてそのまま彼は事情の説明を続ける。
「畑は耕すもんだと思って、先走った僕がいけなかったんです。土を掘り返すと土の中の生態系が滅茶苦茶になってしまうらしいんですね。耕さずに自然のままにするのがここのやり方なんだそうです」
「っていうと……?」
「僕が耕した畑は使い物にならなくなったわけで……。だから師匠は、まだ耕されていない畑を代わりに使わせてくれるつもりで、ああ言ったらしいんです」
和やかなムードで登場した二人を見ても、そこにわだかまりは感じられなかった。
そして牛尾のご主人からの必死の弁明。もちろん耕作の祖父から言わされているわけではなく、自ら進んで言っているのも充分に伝わってくる。
「じゃあ、取り上げたと思ってた畑っていうのは……」
「ええ、あの畑は師匠がまた二、三年かけて直してくれるらしいです」
「はん、だからおめえは余計な口を挟むなって言っただ。事情がわかったなら、とっとと帰るだな」
あたしの早とちりだったことがハッキリしてしまった。
こうなったらあたしは潔く、耕作の祖父に深々と頭を下げる。
「耕助さん。ちゃんと事情も聞かないで、いじめだなんて言ってごめんなさい」
「ふん。まーったく、威勢だけは一人前だっただな。まあ頭も下げてもらったことだし、これ以上言うことはねえだがな」
下手に出たら調子付いた耕作の祖父。
もちろんこっちの落ち度だから仕方がないのだけれど、ちょっと納得のいかなかったあたしは言うべきことは言い返しておく。
「でもね、耕助さん。頭ごなしに結論だけ言われても、何もわからないじゃないですか。だから理由も一緒に教えてくださいね。それから拗ねたりしないで、ちゃんと事情を――」
「怖ええ、怖ええ。まったく、怖ええ嫁だ」
「嫁じゃないですから!」
あたしの言葉を遮って、茶化す耕作の祖父。
それにしても、どんどんエスカレートするあたしと耕作の関係。時々本気でそう思っているんじゃないかと、こっちが不安になるぐらいだ。
それでもひとまず話に一区切りもついて一件落着。そんなところに村道から大きな声が掛かった。
「舘花せんせー!」
耕作の祖父に呼びかけると共に騒々しく登場したのは、農業インターンシップに参加中の男性二人組。確か農業の研究員として、どこかの大学院に属しているとか。
彼らは、目当てらしい耕作の祖父に駆け寄ると、息も整わないうちに頭を下げた。
「舘花先生、お願いです。僕らの畑もご指導ください」
「肥溜めに浸かれと言われれば浸かります。ですので、なにとぞ」
「またおめえらか、この間断ったでねえか。まったく、しつけえだな……」
うんざりした表情を見せる耕作の祖父。どうやらこの嘆願は初めてのことではないらしい。
農業指導の担当者は、参加した三組それぞれに一人ずつ割り振ってある。ここはあたしも村おこし実行委員の一人として、仲裁に入ることにした。
「あなたたちの担当は別の人でしょ? 何か問題でもあったんですか?」
「問題はないんですけど……。僕らは舘花先生に憧れて応募したんです」
(憧れてって……。耕助さんて一体何者?)
耳を疑うあたし。耕作の祖父がそれほどの著名人とは全然知らなかった。
そんな耕作の祖父の手をそれぞれに掴んで、さらに懇願を続ける研究員の二人。その手を振り払って、耕作の祖父は逃げ出した。
「おめえら、しつけえだよ」
「そんなぁ……」
耕作の祖父にキッパリと振られて、研究員の二人は肩を落とす。
興味が湧いたあたしは、そんな二人に耕作の祖父のことを尋ねてみた。
「耕助さんて、そんなにすごい人なの?」
すると二人は目を輝かせて、鼻息も荒く得意気に語り始める。
「あの人が発表した農法は、過疎の村を宝の山に変えるとまで言われたんですよ」
「舘花先生の提唱した農法について、僕たちは研究してるんです。そうしたらちょうど今回の農業インターンシップの指導者の中に、舘花先生の名前があるじゃないですか。こりゃもう応募するしかないって……」
奥日多江の農業を変えるために耕作の祖父が努力を重ねたことは、祖母から聞いた話で知っていた。けれどもそれが、こうして見ず知らずの人に影響を与えるほどのものだったとは……。あたしは驚きを通り越して感動すら覚える。
荒っぽくて言葉足らず、そして不器用な立ち回り。そんな表面的な部分だけしか見ていなかったあたしは、耕作の祖父の人間性を見誤っていたらしい。
(――だからといって、やっぱり苦手なことには変わりないんだけどね……)
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