帰り道は君と
「ありがとうございました」
スーパーの店員さんの挨拶を背中で聞きつつ、葵はレジを通したかごをサッカー台までもっていく。
久しぶりの買い物だったからということもあるかもしれないが、カートに載せていたかごは上下二つとも満杯となっていた。
「ねえ葵くん。ほんとによかったの?お金全部払ってもらっちゃって」
葵の後ろで申し訳なさそうに顔を伏せつつ、愛莉はそんなことを言ってくる。
確かに愛莉がそう言うことを言い出すのは不思議なことではないかもしれない。
先ほども言った通り、スーパーで買った物はふたつのかごをも満杯にするほどの量がある。そのほとんどが、愛莉が入れたものだ。
スーパーの中をふたりでカートを引きながら歩き回り、必要なものを買いそろえた。
野菜や卵、肉。あとは不足しているだろう調味料に、念のためで買っておいたお米。恐らく必要なものだけではなく、買わなくてもよいものも多数入っていただろう。
それで会計は全て葵が持ったのだ。愛莉が気にしてしまうのも仕方ないかもしれない。
「そんなこと気にしなくていいよ。どうせ俺が食べるものだし、俺の家のものだ。もちろん愛莉の分も含まれてるから量は多くなってるし、必要のないものだって入ってるかもしれないけど、今更俺らの間に遠慮なんていらないだろ?」
このお金は葵が払う。こればっかりは葵としては絶対に譲れぬところだった。自分の食べるもののお金を自分で払う、当然のことではないだろうか。
今まで愛莉が買い物を済ませてから葵の家に来たときだって必ず食材費用は払っている。愛莉が今までそれを受け取ることを拒否したことはなかったので愛莉もそのことには納得しているのだろう。
しかし今回は思ったよりも値段が高くなってしまったため遠慮しているということだろうか。
「じゃあ今日はいつもよりもおいしく作ってもらわなきゃな」
葵が笑ってそう言うと、愛莉も少しぎこちないものの笑ってくれる。
「分かった。今日はいつもよりもずーっと美味しく作ってあげる!」
・・・
「愛莉……やっぱり買い過ぎたんじゃないか?」
葵は自身の手一杯に握られている袋を見て苦々しい表情を浮かべる。
思わず二度見してしまうほど袋の量が多い。さらにひとつひとつが重いのだ。
お米を買ったり、調味料を買ったりしたので仕方ないのかもしれないが、いくら葵が男だからと言っても、かなりの重さを感じる。
「大丈夫?やっぱり私も持とうか?」
心配そうな顔で隣を歩く愛莉がそんなことを聞いてくる。
普通に考えたら断るのだろうが、葵は一瞬悩む。
手に握られているレジ袋は重いのもそうだが、数が多くて持つのが大変なのである。一番軽いものを愛莉に一つ持ってもらっただけでもだいぶ楽になるだろう。
葵の胸の中では男としてのプライドと、楽したいという欲が天秤にかけられていた。
「あー……じゃあ、これ持ってもらっていいか?」
情けない話だが、葵は楽したいという欲望に負けてしまったのである。心の中で明日から生徒会の仕事だから疲れるわけにはいかないという言い訳を重ねる。
「うん!分かった!」
葵に頼ってもらったのがうれしかったのか、愛莉は嬉しそうな笑顔を浮かべた。そこまで笑顔になってもらえるならよかったのかと、葵は自身の情けない行動を正当化しようとする。
もちろん、愛莉に渡したのは数あるレジ袋の中でも一番軽いものだ。
ただ、愛莉の笑顔は一瞬だった。
すぐに曇る。
「葵くんの、まだ多いね。一番重いのかしてよ」
「や、流石にそれは出来ない。それ持ってくれただけで十分だから」
「いいから、いいから!」
一つ持ってもらっただけでも葵からしたらとてもありがたかったのだ。流石にそれ以上持ってもらうようなことは葵にはできなかった。
出来ないと思っていたのだが、強引に愛莉によってお米の入っている一番重い袋を取られてしまう、が。
「ぅぅぉ……お、重いね」
「だろ?だからさっさと返せ」
男である葵ですら重いと感じるのだ、まともに運動すらしていない非力な女の子である愛莉では相当なものだろう。
だからこそ葵は返せと言うのだが、愛莉はかたくなに返そうとはしない。
「はぁ……分かったよ」
いくら言っても愛莉がレジ袋を離す気配はないので葵は諦め、両手で持っていたレジ袋を片手で持つ。愛莉に二個も持ってもらったおかげで片手で持つことが出来るのである。
そうして葵の片手は開いた。だから。
「悪いけど貰うぞ」
葵はそう言うと愛莉の手からレジ袋を強奪する。持ち手の片方だけ。
「半分は俺が持つ。これでいいだろ?」
まるで親と子がするように、片方の持ち手を葵が、片方の持ち手を愛莉が持つ。
葵と愛莉では身長差があるからだろう。レジ袋のバランスはとりづらい。それでも、重さは半分になった。
愛莉は一瞬不思議そうな表情を浮かべたと思ったら、なぜかため息をつかれた。
「葵くん。流石にこれはない。急にこんなことされたらふつーは引くからね?」
「ええ……せっかく人が優しくしてやってるのにその言い方はないだろ」
「いやいや、ほんとに。私は子供じゃないんだよ。恥ずかしいじゃん」
「まじか」
「でも……ね。恥ずかしいし、急にこんなことするのはやめてほしいけど、私は葵くんの幼馴染だし、今日は葵くんの言うこと聞く日だから特別です」
愛莉はそう言うとご機嫌そうに歩く速度を少し緩める。
もしかしたらこんな時間が続いたらいいとか思っているのかもしれない。
「素直じゃないな」
それは口に出すつもりなんてなかった。葵の胸からぽろりと零れ落ちてしまった言葉だった。
口には出てしまったものの、声も小さく誰にも聞こえないはずのその言葉。
だが――
「そりゃあ……長年葵くんの幼なじみしてるんだもん。素直じゃない女の子に育ちますよ~だ」
そう言って笑う愛莉の笑顔は、いつもの無邪気な笑顔とは違って見えた。
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