第06話 安らぎ

 五人はティアが作った食事を楽しんでいた。

 ミィナについてきた護衛は、ミィナとユーミアがここで一泊することが決定した時点で帰宅した。ソラとミラがいるため、必要ないと判断したのだ。

 ハシクは大量の味見・・をした後に行く所があると言ってどこかへ行ってしまった。



「ソラは何か困ったことは無い?」


「今のところは特に。そういうミィナは?」


「う~ん。皆が困ってない事かな……? 別にそれが良い事だってのは分かってるんだけど、何かこう……」


「分かりやすい目標が無くてやりにくいとか?」


「そう! そんな感じ!」



 ソラとミィナの会話を聞いていたユーミアは、口の中のモノを飲み込んでから会話に割り込んだ。



「目標が無いのならば、少しは休めばよいのではないですか? ミィナ様は頑張り過ぎです。領主としての仕事以外の事にも取り組むべきです」



 その言葉に、ミィナは思わず苦い顔を浮かべる。



「何で私の周りの大人は皆そうやって私を仕事から遠ざけたがるのかな……。私、好きで働いてるつもりなんだけど」


「それはミィナ様がまだ子ど――コホンっ。ミィナ様が体を壊すようなことがあれば、大変だからです」


「……ねぇ、ユーミア。今子供って言おうとしたよね?」



 ジト目をユーミアへと向けるミィナの言葉に、ミラは思わず首を傾げた。



「ミィナは今いくつなのじゃ? てっきり人間視点での判断で子供だと思っておったのじゃが……」


「……十五さ――」


「ミィナ様は今年で十三です」


「子供じゃな。見た目も、年齢も、さばを読もうとするところも」



 ニヤリとした笑みを浮かべるミラに対し、ミィナは悔しそうな顔で睨み返すことしか出来なかった。

 話を切り替えんとばかりに、ミィナはティアへと視線を向ける。



「ティアは困ったことない?」



 ティアは少しだけ考えてから答えた。



「実は一つだけ……」


「どんなこと?」



 身を乗り出すミィナに、ティアは笑顔で答える。



「ご主人様やミラさんが魔族の方と接する機会が増えて、自然と私も色々な方とお話する機会が増えたのです。その時、必ずと言っていいほどに聞かれるのです。『ミィナ様はどのようなお方なのですか』、と」


「え、私?」


「はい。ミィナ様が屋敷に籠って頑張っているという噂話はほとんどの方が知っているようでした。しかし、ミィナ様と直接お話した事のある方はほとんどいません。ここで暮らしている皆さんが知っているミィナ様はあくまで噂の中だけなのです。一応お伝えはするのですが、上手く伝えられているか不安でして。私としては、ミィナ様がご自身で皆さんと接して頂けると助かるのですが……」



 そこまで言って、ティアはユーミアの方へと視線を向けた。



「それは大変な思いをさせてしまいましたね。他でもないティアさんの悩みです、一刻も早く解決しなければなりません。何より、領内の民衆が自分の領主をよく知らないというのは大きな問題です。そうですよね、ミィナ様」



 ユーミアはわざとらしくそう語り、ミィナの方へと視線を向けた。



「それは……確かに……」


「それでは、早速明日から予定に組み込ませて頂きます」


「……」



 いつになくにこやかなユーミアを見て負けた気がしたのか若干不満そうなミィナだったが、今回ばかりは何も言い返せなかった。





 皆が寝静まり返った時間、月明かりが一人の人物を照らしていた。



「夜更かしは体に悪いですよ」


「そういうユーミアさんは大丈夫なんですか?」



 ユーミアは屋根の上へとよじ登り、ソラの横へと腰を掛けた。

 ふいに、ソラの視線がユーミアの背中へと動いた。



「……その翼は治さないんですか? エクトとミラの力があれば戻せそうな気もしますけど」


「私は治してもらおうとしたんですよ。そしたらミィナ様が『ユーミアは無茶するからダメ。私が守るから安心して』と言い出しまして。もう少ししたらスキルも消えてしまうのに、気丈なものです」


「要はユーミアさんに危ない事をして欲しくないんですね。あんなことがあったんじゃ、無理もない気がしますけど」



 そう言われて、ユーミアの脳裏にいつかの記憶が蘇る。それは人間に襲われかけた際、ミィナを地下の空間へと放り込んだ時のモノだ。その時の不安と寂しさが入り混じったミィナの表情は、今でもしっかりとユーミアの記憶に焼き付いている。



「……今なら、いつかソラさんが言ってくれた『傍にいるだけでいい』という言葉の意味が分かる気がします。ミィナ様の命を守ることに必死になるあまり、私はその後の事を考えられていなかった。人間に向かって無謀な戦いを挑んだ時でさえ、ミィナ様なら一人でも大丈夫だと思っていたぐらいです」



 ユーミアは月の眩しさに目を細めながら、さらに言葉を続ける。



「でも、自分が仲間に囲まれている今なら分かります。私たちは一人では生きていくことは出来ても、笑う事なんて出来ない」


「そうですね。ユーミアさんが生きていなければ、ミィナが今、あんな楽しそうな表情を浮かべることはなかった」


「そうであれば、私としては嬉しい限りです。それもこれも、ソラさん達のお陰ですけどね」


「感謝しているのは俺たちも同じですよ。例えミィナやユーミアさんを助けなくとも、いずれ向こう側から俺たちの居場所は消えています。二人に会わなければ、こんなにのんびりとした時間を過ごす事なんて一生出来なかった。だからお互い様です」



 そう話すと、ソラは立ち上がった。



「そろそろ休まないと、明日に響きますよ? 明日はミィナを屋敷から引きはがすのに忙しいみたいですし」


「そうですね。そろそろ戻りましょうか」



 ユーミアは立ち上がってから、笑みを浮かべて言った。



「でも、こんな忙しさなら喜んで受け入れられそうです」

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