第06話 刺激

 ベウロはその日、太陽が顔を出す少し前に目を覚ました。場所は四人で泊まっている宿の一室である。質素なベッドの掛布団は昨夜から一ミリも動いていない。いつも通り武器の手入れと簡単な運動を日が昇るまでにすまし、今日は何をしようかと考える。昨日の夜町へと戻ってから、一日休むことになったため明日までやることは無い。

 一先ず朝食を食べようと部屋を出て宿に付いている食堂へと向かうと、既にクラリィが席に着いて料理を口にしているところだった。



「おはようございます、クラリィさん。前の席いいですか?」



 随分と朝早い時間に現れたベウロに驚きつつも、クラリィは頷いた。

 クラリィの前に座ったベウロは、近くの店員に声を掛けて朝食を注文する。



「ベウロさんも朝は強いんですか?」


「強い、とまで言えるほどではないですけど、寝起きは良い方です。ところで、後のお二人は……?」



 そう言いながら辺りを見渡してみるが、ルークとフェミの姿は見当たらない。



「ルークさんの方はまだ寝ていると思いますよ。フェミさんの方は分かりませんけど」


「そうでしたか。てっきり、三人はいつも一緒にいるものかと……」


「確かに依頼を受けたりする時は三人でいますけど、いつもという訳ではありません。ルークさんとフェミさんは幼い時から一緒なので、別行動をしているところを見つける方が難しいぐらいですけどね。それにフェミさんは……」



 ベウロは時折フェミがルークに向けていた視線を思い出しながら納得気な表情を浮かべ、「なるほど」と頷いた。



「まあ、そういう訳なので常に三人でいるという訳ではないですね」



 そこまでクラリィが話した丁度その時、ベウロの目の前に食事が運ばれてきた。それと同時に、クラリィは最後の一口を飲み込んだ。

 クラリィは空になった食器を持ち、立ち上がった。



「食事の邪魔をしても悪いですし、私はこの辺で失礼します」



 足早に去ろうとするクラリィに、ベウロは首を傾げる。



「どこか行く所でもあるんですか?」


「ちょっとした運動です。私の目標は手を抜いて届くほど低くないので」


「もしかしてネロさんの事ですか? クラリィさんならきっとネロさんのようになれますよ。皆が認めるような才能がある訳ですし」


「確かにネロ様の様に強くなりたいとは思っています。ですが、私はネロ様のようにはなれませんよ。助かった側の人間ですから」



 クラリィは薄っすらと笑みを浮かべながらそう答えると、その場を去っていった。



「助かった側の人間、ねぇ……」



 ベウロはクラリィがかつてネロに助けられたことをビトレイから聞いていた。だからさほど驚きはしなかったが、クラリィの言い方に疑問を持った。その言い方だと、まるでネロという人物が助からなかったと言っている風に聞こえるからだ。ギルド屈指の実力者を圧倒してしまえるほどの人物に、果たしてそんなことが起こり得るのだろうか。

 そう考えようとして、ベウロはすぐに思考を止めた。

 僕には関係のない話。

 そう思ったからだ。難しい話は全てビトレイが担当し、そのビトレイに手を貸す代わりに人殺しを楽しむ。今までも、そしてこれからもそれは変わらない。

 何より、ベウロは対人戦に絶対的な自信があった。ビトレイが集めたデスペラードのメンバーは、対人戦において相当な実力者のみで構成されている集団だ。ビトレイから事前に情報を仕入れている標的を、そんなデスペラードから抽出したメンバーで仕掛ける。それで生き残れるはずがないと、ベウロは本気で思っていた。





 その日一日、ベウロは街の中を見て回った。

 時折雲に隠れる太陽によって、人々の笑顔が照らされる。その道中で二人で仲良さげに街を歩くルークとフェミ、そしてはぐれて一人泣いている女の子をあやしているクラリィの姿を見かけた。

 大通りに出ればモノを売る人々の大きな声が響き渡っていて、行き交う大勢の人々の間を縫うように笑顔の子供が鬼ごっこをしている。

 それが普通の人々にとって大切なものであることをベウロは知っていた。しかし、知っていても共感は出来なかった。



「これの何が楽しいんだろう……?」



 ぼそりとそう呟いた。

 ベウロのような人間にとって、目の前に広がっている明るい世界は刺激のない酷く退屈なものだった。

 やがて、ベウロは薄汚く、人気のない路地のさらに奥へとどんどん進んでいく。



「なぁ、嬢ちゃん。こんなところで何をしているんだ?」



 ベウロにそう声を掛けた五人の大男の内の一人は、下卑た笑みを浮かべていた。そして、それは他四人も同じである。それを見たベウロの口元が一瞬不気味に歪んだ。しかし、それは大男たちの視界は映らなかった。



「退屈だったから、おじさん達遊ぼうと思って」



 屈託のない笑顔でベウロはそう答えた。中性的な童顔で低身長。そのため、幼いころからこういった類の連中には声を掛けられやすかった。そして、彼らのような存在は一様にして大衆に助けを求めようとせず、求めても助けられない。



「こりゃとんだ当たりくじを引いたもんだ」


「さっさと行こうぜ。俺たちのアジトに案内してやるよ」



 ゲラゲラと笑いながらそう言う彼らに、ベウロは笑顔を絶やすことなく答える。



「うん! どんな所か楽しみだなぁ」



 大男につられていくベウロの腰には何もなかった。だから大男たちは無防備にベウロに近づいてしまった。勿論、丸腰に見えるのはベウロがスキルで武器を透明化しているからだ。

 その翌日、全身を切り刻まれ、無惨な状態でどす黒く赤い血の湖に沈んだ五人分の遺体が大男たちのアジトで発見された。

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