第13話 魔法

 ミラの前に現れたのは対戦相手との顔合わせで先程会ったベルと言う名の女性だった。手には大杖を持っており、さらさらと棚引いている髪はひざ下まである。ベルはミラと相対するなり、ぺこりと頭を下げた。



「すみません、ウィスリムが迷惑を掛けたみたいで。副リーダーである私がもっとしっかりと見ておくべきでした」



 それに驚きつつもミラは返答する。



「気にするでない。妾たちとしてもこれでそれなりの実力を見せれば依頼をもらえる訳じゃからな。謝るよりも降参してもらった方が妾としてはありがたいのじゃが……」



 その言葉にベルは首を横に振る。



「すみません、それは無理なんです。やり方は違っても、このクランの威厳を守りたいと言うウィスリムの意見には賛成しているので。それは私だけじゃなく、他のクランメンバーも同意見です。望んだ戦いでなかったとしても、こんな場で負ける訳にはいかないのです」


「それならばさっさと始めるとしよう。別に急ぐ要は無いが、こういう騒がしい場は苦手でな」


「それは申し訳ないことをしましたね」



 そう言いながらベルは杖を構える。と同時に、頭の上に疑問符を浮かべる。



「武器は使わないのですか?」


「気にするな。妾はそう言うスタンスじゃ」



 杖は魔法の威力を増すことが出来ると言われている。それは杖の中に秘められた力を魔法に乗せることで可能とする。そのため杖は消耗品として扱われており、初心者の魔法使いが持っていることは少ない。だが、ミラに限って言えば消耗品を購入するための代金が無いと言うよりも、必要が無いと言った方が正しい。ミラには錬金術によって扱える万能のエネルギーがあるのだから。



「どうした、来ぬのか?」


「どうも武器を構えていない相手を攻撃するつもりにはならなくて……」


「そうか。では妾から行かせてもらうとしよう」



 そう言うと、ミラは右手を前へと突き出して左手で被っているフードを抑えた。次の瞬間、周囲の風を巻き込みながら巨大な炎の球が現れる。その景色を見ていた魔法を使える者はその異常さをすぐに察する。一瞬で発生させられる規模の魔法ではなかったからだ。高威力の魔法を放つには引き換えとして時間が必要。それはこの世の常であり、常識だった。だが、ミラのそれはそんな常識を容易に打ち崩した。

 ベルはミラが放ったそれに向かって両手を前に出し構えた。スキル『属性反射』。自分の持つ属性と同じ魔法を任意の方向へと跳ね返すことが出来る。それに必要な代償は相手がそれを発生するのに必要とした力の半分。巨大な炎の球はベルの前へと現れた不可視の壁に吸い込まれると同時に、壁の中から反対方向へと向かって放たれた。

 結果として、ミラの消費した力の半分でそれを返せる。にも拘らず、ベルは膝をついていた。過去に感じたことのない疲労感に、ミラの放った魔法の異常性を改めて実感する。そして思う。それを返すのは不可能だろうと。だが――。



「そん……な……」



 ベルの返した炎の球は、ミラとの中間地点に届いた地点で突如現れた氷に包まれる。ベルは凍っている炎と言うあり得ない現象に少しの間目を奪われていたが、それはすぐにキラキラと光を反射させながら砕け散った。物を凍らすことは水魔法と光魔法の混合魔法によって可能となる。火属性と光属性なら、炎の大きさではなく炎の温度などを含めた質が上がる。雷属性と光属性なら、速度と威力が上がる。風属性と光属性なら、鉄さえも切り裂ける強靭な刃をも作り出せる。土と光ならより密度が高く、強度のある土を生み出せる。そして水属性と光属性なら、氷を生み出す、もしくはものを凍らすことが出来る。

 ミラはただでさえ時間を要すると言われている混合魔法を、巨大な炎の球を一瞬で凍らせてしまうほどの規模でやってのけた。それに目を見開いたのはベルだけでなく、周りで見ていた人間も同様だった。魔法が使えない人間から見ても、それは明らかに異常と言えるものだった。



「確か自分の持っておる属性なら跳ね返せるのじゃったな、そのスキルは」


「何を――」



 次の瞬間、ミラの手元に先程と同じ大きさの炎の球が現れる。ただしその色は炎のそれではなく、神々しく金色に輝いていた。ただでさえ難しいと言われる複合魔法。ミラはそれをありえないほどの純度・威力で二度、異なる属性で実行した。それを見たベルは思わず諦めの笑みを浮かべた。笑うしかなかった。様々な属性の魔法を扱えるベルだからこそ分かる。ミラのそれは、抵抗するのもおこがましい程の境地へと至っていた。



「私の負けです。参りました」



 その言葉の後、ミラの作り出した金色の炎はあたりに煌めく火の子となって飛散した。

 何も言わずにその場を去ろうとするミラに、ベルは呼び止めるように声を掛ける。



「自分で言うのもなんですけど、ここまで魔法で圧倒されたのは初めてです。それほどの実力があるのでしたら、もっと活躍の機会も――」


「妾はそれを望んでおらん。力を振るう目的が無い訳ではないが、それをしたらあやつに消されかねんからな」



 そう言うミラの視線の先には、ソラの姿があった。



「……彼ならあなたに勝てると?」


「妾に勝ち目はないじゃろうな。まあ、そんな事にはならんじゃろうが」



 ミラはそう言いながら、仮にソラが全力で相手を消しにかかることを考えた。攻撃においては距離が離れていようと容易に近づき、あり得ない距離から規格外のスキルを放ってくる。そして防御においてはどんな攻撃であっても、ソラの射程圏内にさえ入れば全てが無へとす。ミラの知識と経験をもってしても、それを打ち破る手段も方法も見つけることは出来なかった。



「それと一つ警告しておく。妾たちの事をこれ以上詮索するな」



 ミラの放った最後の一言は強い口調で、どこか突き放すような言い方だった。だが、ベルにはそれが自分のために言ってくれているという事が何となく察せた。



「……分かりました。ですが、『ギルドでの知り合い』として関わるぐらいならいいでしょう? 何らかの形で今回の勉強料ぐらいはお支払いしますよ。あくまで私に出来る範囲、ではありますが」


「それならば、今ここで一つ頼まれてもらおうかの」


「何でしょう?」


「もし妾たちがギルドここに居られなくなるようなことがあれば、その時は――」





 ミラとベルの二人が元の場所へと戻っていく。それと入れ替わるようにして、ソラとウィスリムが中央へと向かった。



「随分派手に戦ってたけど、大丈夫?」


「妾が食事からもエネルギーを摂取できるのは知っておろう? あれぐらいなら問題ない」


「それは知ってたけど、どの程度かは分からなかったからさ……」


「そうじゃったか。まあとにかく、後は任せた」


「ルークが馬鹿にされない程度には戦っておくよ」



 それだけ言葉を交わすと、ミラはティアたちのいる場所へと戻っていった。そんなミラに初めに声を掛けたのは、どこか不満げな表情をしたフェミだった。



「師匠、錬金術以外も使えたんですね……」


「何じゃ? その不満そうな顔は」


「いえ。近くで教えてもらっていたのに、師匠の事ほとんど知らなかったんだと思うと……」


「妾たちの事は詮索するな言っておろう? それよりも今はネロの試合を応援するのが優先じゃよ」



 そう言われてフェミだけではなく、ルークやティアもそちらへと視線を向けた。



「私はネロさんが戦っているところを少ししか見たことが無いんですけど、お強いんですか?」



 その言葉に答えたのは、ルークだった。



「強いなんてもんじゃないよ。僕じゃ絶対に勝てない。師匠がスキルを使えば――」


「ご主人様はこんな場所で、集落の時のようにスキルを使ったりしないと思いますよ」


「……何故そう思うんですか?」



 そんなルークの疑問に、ティアは少し間をおいてから答えた。王都にスキルを知っている人間がいるから使えない。そう言った理由もあるが、それ以上に――。



「そういう人ですから、ご主人様は。あの時のように力を振るうのは、そうしないと守れないような状況になった時だけだと思います」


「じゃろうな。使うとしたらフェミも一度見ておるあの武器だけじゃ」



 王都では目に見える形でスキルを使う事は無かった。そのため、目に見える形で使うスキルならば噂が王都に伝わったとしても特定される可能性はほぼ皆無である。

 やがて甲高い金属音が辺りに響き始める。周囲の人々が向ける目線の先には剣を振るうウィスリムと、短剣一本を構えてその刃をいなすソラの姿があった。

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