第15話 油断
ソラが村へと帰ってきてから数日で耕す作業は終わりを迎え、田畑には種を埋め始めていた。ソラの横に並んで作業をしていたティアが、ふと思った事を口に出す。
「ご主人様、あちらは何もしないのですか?」
ティアが指さしたのは、昨日まで耕していたのと同じような状態の場所だった。以前は田畑として利用されていたらしき形跡がある。
「ほら、僕らの村って魔物に襲われて人が減っちゃったからさ。だから必要な量も少なくなったんだ。今の人数ならこれだけで十分なんだよ」
そう言いながらソラは耕し終えた土地に目をやる。魔物に襲われる前から比べればかなり範囲が狭まったものの、今の人数なら十分な量の食べ物を育てる広さはあった。
そんな話をしている二人にララから声が掛かる。
「そろそろお昼だから休みましょう?」
その一言で一旦自宅へと戻り、食卓を囲んで食事をとる。
「ソラのお陰で助かったわ。今この村にいる男手は子供ばかりだから……」
この村では成人の男性が重労働、それ以外はあまり体を酷使しない仕事をすることにしていた。それに伴って慣れない作業をする必要があり、そのせいで体調を崩す者までいた。そう言った事情もあり、村の復旧具合は芳しくなかったのだ。
そこへ他の村人が報告へとやって来る。それを聞いたララはソラとティアに一言告げる。
「商人さんが来ているみたいだから少し行ってくるわね。お昼食べたら食器は水に付けておいて頂戴」
それに頷いた二人を確認してからララは家を出た。
☆
「こんにちは、何か入り用のモノはありますか?」
「あら? 見ない顔ですね」
「えぇ、商人仲間にここの話を聞いて来たんですよ」
「そうですか。ですがすみません、私たちは今買い物を出来るような余裕が無くて……」
「聞いていますよ。ですからお代は今度でいいですよ」
「本当ですか? それなら……」
ララは商人が馬で引いてきた荷台にある商品をいくつか手に取った。今までも村の事情を知った商人が代金を後払いにして必要な物品を恵んでくれることは少なくなかった。だから、彼の言葉に何の疑問も持てなかった。
「これだけ貰えますか?」
「えぇ、構いませんよ。ところで、奥様はお姫様の呪いを解いた少年の話を知っていますか? 噂ではここらの村の出身とか……」
そんな言葉に少しうれし気にララは返す。
「それ、実はうちの子でして……」
「それは凄いですね。その子は今も王都に?」
「いえ、数日前からここに戻ってきているんですよ。何なら呼んできましょうか?」
「いえいえ、そんな子にご足労を掛ける訳にはいきませんよ」
そう言うと、商人はぼそりと呟いた。
「数日前、か……」
そんな様子を見ていたララは首を傾げながら顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないですよ。それでは私はこの辺で……」
「はい、ありがとうございました。今度来た時はお代とは別に何かお礼でもしますよ。とは言っても、私たちに出来るのは食事ぐらいでしょうけれど」
「楽しみにしていますよ。ではまた」
商人はそう言うと
商人の格好をしていた男から報告を聞くと、バジルは一人呟いた。
「そうか、数日前か……」
すぐ近くには馬車を引いていた本物の商人が腹から血を流して倒れている。変装のために服は取り上げられて下着姿となっているその
集まっている仲間の方へと向き直ると、バジルは仲間たちに指示を出す。
「作戦通りあいつが村を離れてから奇襲をかける。中にいる人間を全て殺したら家に火を点けて隠れている奴も誘き出す。いいな」
バジルのいつにない警戒度合いに反論する者はいなかった。見失ってから全力で追いかけた。それもほぼ休みなしで。にも拘らず、それよりもはるかに早く村へと到着していた。その異常性は誰もが理解していた。
ソラがスキルで逃げることを想定して一定間隔で仲間を配置する。その上でルノウからの依頼の一つである村の全滅をまずは達成させる。そうして正常な判断が出来ないほどにソラを動揺させて、確実に殺す。それがバジルが描いた作戦だった。
「よし、お前らっ! 準備だっ!」
そんなバジルの言葉にその仲間たちが立ち上がる。警戒しているため多少緊張の面持ちをしている彼らだが、それでも目は笑っていた。今から人を殺せる、そんな喜びに対して……。
☆
「ソラ、ティアちゃん、今日もお疲れ」
そう言いながらララは食卓を囲んでいる二人の前に食事を差し出す。
ララも座ったのを確認してからソラが口を開く。
「元に戻るにはもう少しかかりそうだけどね。それまでは全力で手伝うよ」
「私もお手伝いします」
「ありがとうね、二人とも。ソラのお友達が来るまでにはどうにか戻さないと……。そう言えばその子たちはいつ頃来るか分かるのかい?」
そんな言葉に、ソラは首を横に振りながら答える。
「ここに寄ってくれる商人も少ないから手紙も出しにくいだろうしね。それに多分、皆兵士になってるはずだからそう簡単には来れないんじゃないかな」
「そう、会ってみたかったんだけどね……」
「その内会えるよ。あの様子だと近いうちに来るつもりだろうし……」
そんな会話をしながら食事を終えるとソラは立ち上がり、壁に立てかけてあった武器を手に取る。
「今日も行くのかい?」
「王都じゃ明るすぎてあんな奇麗な星空見えないからさ。久しぶりに見るとなんかいいなぁと思って」
ソラが言っているのはハシクと話していた高台の事である。ソラがそこへ行く目的の半分は本当に夜空を眺めに行くことだったが、もう半分はハシクが帰ってきているかどうかを確認するためだった。
「ティアも行く?」
「はい、行きます」
「2人とも気を付けてね」
「うん」
「はい」
そう返事をすると、ソラとティアは家を出て高台へと歩いて行った。
「ハシク様はまだ戻ってきていないようですね」
「そうだね」
ソラとティアがそんな会話をしながら高台で夜空を眺めていた時、ふいに後ろから赤い光を感じた。そちらに目をやったソラは目を見開く。それと同時にソラの顔からは完全に血の気が引いていく。木々に隠れて村の全てが見えている訳ではないが、炎が立っていることはその位置からでも分かった。
そんなソラにティアが焦り気味に声を掛ける。
「ご主人様、私の事はいいですから早くお母様のところにっ!」
ソラはその言葉を聞いて振り向くこともせずにスキルを使って村まで直線距離で移動を始めた。バジル達から逃げた時とは違い、移動先の安全など気にも留めない限界の移動距離を進む。
村が感知範囲に入った時、ソラの頭の中に流れ込んできたのは既に力尽きた見知った人々だった。その近くにいる武具を身に着けた人間も感知出来たが、今のソラに、そんなことを気にする余裕は無かった。まだララを感知出来ていない。もしかしたらまだ生きている。そんな思いを胸にソラは自宅がある方向へと移動した。そんなソラの目に飛び込んできたのは、胸を鉤爪の形をした刃に貫かれた母親の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます