第08話 王都への帰路

 昨日と同じように、ソラは月明かりによって目を覚ました。体を起こして荷台を降りると、皆が焚火を囲って食事をとっていた。

 そんなソラに一番最初に気が付くのはティアだった。



「おはようございます、ご主人様」


「おはよう、ティア」


「直ぐに準備するので待っててください」


「僕も手伝うよ」



 二人で食事の準備を済ませ、席に着いた。



「あれ、スフレア副兵士長。他の方は……?」


「王都へ報告に行ってもらいました。カリア姫も随分と心配をしていてみたいですし」


「えっと……何かあったんでしたっけ?」


「あぁ、すみません。まだソラには何も言ってませんでしたね。実は――」



 スフレアはソラに今まで起こっていた出来事を簡単に説明した。ソラが内心、やはりと思ったが口には出さなかった。

 ソラへの説明を終えると、すぐに謎の遠吠えと雷の話になった。魔法の類のスキルを使えるレシアが、真っ先にスフレアに質問をした。



「あの雷は魔法だったんですか?」


「あの状況から察するに魔法でしょうね。それも雷属性と光属性の複合魔法だと思います」



 魔法に関して大した知識を持ち合わせていない三人を代表して、パリスがスフレアに質問をした。



「スフレア副兵士長、複合魔法と言うのは……?」


「五大属性に光属性や闇属性の魔法を乗せることで威力を増した魔法の事です。光属性を乗せると勿論アンデッド系の魔物に対しても有効な攻撃になりますが、単純に威力が上がります。仮に雷属性の威力を1、光属性の威力を1として複合魔法として使うと2以上の威力になります」



 スフレアは「闇属性の場合は」と話を続ける。



「威力はさほど上がりません。雷属性の威力を1、闇属性の威力を1として複合魔法として使うと1程度の威力にしかなりません。その代わり攻撃を当てた敵にマイナス効果を与えたり、標的を追従するようにしたりできます。そこら辺は術者の技量によって大きく左右されます」


「私も何度か試しては見たのですが、どうにも上手くいかなくて……」



 レシアは火属性と光属性が使える。もしレシアにその技術があれば、複合魔法を使うことは可能である。



「レシアが気にすることはありませんよ。兵士の中には使える者もいますが、大半はそれを実行するために集中する時間がかなり必要となります。そのため、実践ではほとんど使われていません」



 そんな話を聞いたライムが納得気な表情で声を発する。



「それであの魔法の威力はあんなに力強かったんですね」



 魔法を使わない三人はその言葉に納得していた。だが、その言葉をスフレアは否定した。



「光魔法が乗っていたとしてもあの威力は明らかに異常です。少なくとも私が知っている限りでは人間にも魔族にもあのレベルの魔法を扱える者はいません。恐らく、数日中にはあの廃墟を調べるために部隊が結成されると思います。あなたたちがまだ辿り着いていなくて安心しました」


「それならお兄様のお陰ですね。後続が来ないことに疑問を持ったのはお兄様でしたから」



 そんな言葉を否定するようにパリスが口を開く。



「だが、あの時点で半日待ってこなかったら引き返そうと言っていたのはソラだからな。廃墟までさほど距離があったわけじゃなかったから、ソラの一言が無かったら辿り着いてたんじゃないかな」


「え、あぁ、うん。たまたまそう思っただけだよ」



 一人だけ魔物の異常発生に気が付いておきながらそれを伝えなかったソラは、称賛を送ってくる彼らに対して罪悪感を少なからず感じていた。



「それにしても私がソラ達を迎えに行っている間は何度か魔物と出くわしたのですが、今はその気配はありませんね。ソラは何か心当たりはありませんか?」


「すみません、僕には……。でも、廃墟での出来事が関係しているんじゃないですか?」



 ソラはそう言うと同時に、白狼が何かしたのだろうと容易に想像できた。しかし確証が特にない事と、自分たちに問題が生じることもないだろう事から何も言わなかった。



「確かに今のところそれしか大きな出来事はありませんね……」



 そこで話が切れたのをいいことに、ソラはずっと聞きたかったことを聞いてみた。



「話は変わるんですけど、人間の言葉を話す魔物とかいるんですか?」



 ソラの唐突な質問に皆一瞬固まったが、スフレアがそれに答えた。



「いないことはありませんが、会うことはほぼ無いと思いますよ。私の知っている限りで思いつくのは神獣ですね」


「神獣?」


「極稀にに見かけたと言う人がいます。その方たちの話によれば普通の狼よりも一回りも二回りも大きい体をしていて、白銀の体毛をしているとか。彼らのような存在の魔物への支配権は上級魔族よりもはるかに上にあるそうですよ」


「え、えっと、質問ばかりで悪いんですけど、魔族にはランクみたいなものがあるんですか?」


「はい、大きく下級と上級に分かれます。私たちは魔物を従えられるかどうかで判断していますが、それ以上の明確な違いは特にありません」


「そ、そうなんですか……」



 ソラはこの時点で何となく察してしまった。白狼は廃墟にいる魔族に操られて、仲間の魔物が人間を襲っていると言っていた。その時点で廃墟にいたのが上級魔族であることは確定する。そして、先程まで話題に上がっていた雷。先程から魔物が出ないことを考えれば白狼は無事魔族を倒したのだろう。ならばあの雷は――。



「ご主人様? どうかしたのですか?」


「い、いや、別に――」


「ソラさん、何か悩み事でもあるんですか?」


「え? 何で?」


「いえ、昨日もどこか上の空でしたし……」


「そ、それはちょっとこの昼夜逆転の生活に慣れなくて頭がぼーっとしてただけだよ」


「ソラ達は夜の見張りは交代でやっていなかったのですか?」


「僕が御者をできないので、その分働こうと思って僕がやることになったんです」


「そうだったのですか」



 ソラの悩み事が無くなったのも束の間、それは突如再来した。



「」ピクッ



 ソラは感知範囲に白狼が入ってきたことに気が付いた。白狼はソラに感知されたことに気が付いたのか、感知範囲のギリギリ内側で座り込んだ。

 ソラはため息を吐きながら立ち上がった。



「ご主人様、どうしたのですか?」


「ちょっとトイレに……」



 そんなソラにライムが声を掛ける。



「ソラ、ちゃんと武器は持っておいた方がいよ。魔物が襲ってくるかもしれないし」


「分かってる。その時は自分でどうにかするよ」



 その時、予想外の方向からの言葉にソラの動きは止まる。



「大丈夫です。トイレぐらいなら私の感知スキルの範囲内なので」


「えっと、僕がスフレア副兵士長から聞いたスキルは――」


「あれが全てと言う訳ではありませんよ。死線を何度かくぐっている者なら感知スキルを手に入れている者も少なくないですし。まぁ、私の場合はそこに何かいると言うのが分かるだけなんですけどね。それを得意とする者の中には、人やモノの動きまで正確に読み取ることが出来る者もいます」



 それを聞いて、ソラは元の位置に戻ってスッと座った。スフレアが白狼に気が付いていない時点で、ソラよりも感知範囲が狭いことは想像できた。だが、何も考えずにスフレアの感知範囲外に出たりすると勘付かれる可能性がある。そう思ったソラは再び腰を下ろした。



「ご主人様?」


「いや、やっぱり後にしようかなって」



 その夜もソラとティアが見張りをすることになったが、スフレアがいつでも動けるようにと片膝を立てて座ったまま目を瞑って寝ていたので、ソラは気付かれるのを恐れて白狼の元へは行かなかった。

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