第二章 鍛錬

第01話 可能性

 翌朝ソラが目を覚ますと、ベッドの横にある椅子に座ってソラを眺めているティアの姿があった。



「何してるの?」


「いえ、朝食は私ももらえるのかなと思いまして」



 それなら起こしてくれればいいのに。ソラはそう思ったが口に出さなかった。ティアが自分のために人を動かすことが出来ないことを知っていたからだ。ルノウと出会ってから約十年間、他人のためにしか動いてこなかったのだから無理もない。ソラはそれを無理やり治そうとは思わなかった。そうさせた所で、ティアの負担になってしまう気がしたからだ。



「多分、食堂に行ったらティアの分も貰えるんじゃないかな。ちょっと着替えるから待ってて」


「はい」


「……」


「……」


「……ごめん、ちょっとあっち向いてて欲しいかな」


「は、はい。失礼しました」



 ティアはその経験上、主人の着替えは手伝うものだと思い込んでいたため、自分で着替え始めたソラに戸惑っていた。ティアは内心失敗したなと思っていたが、勿論ソラにその理由は伝わっている。



「じゃあ行こうか」


「はい!」



 ソラとティアが食堂へと行くと、案の定ティアの分の朝食も提供された。その時にルバルドではなくブライからの指示だと聞き、二人は只々驚いた。

 ソラが適当な席に着き、ティアはその隣に腰かけた。



「「いただきます」」



 手を合わせて、二人は食事を始める。



「ご主人様、カリア姫は今日は来ないのですか?」


「え?」


「いえ、昨日の朝はいらっしゃったので」



 あぁ、とソラは思い出しながらティアに答える。



「別にいつも暇な訳じゃないと思うから、毎日は来ないんじゃないかな」



 ソラはその言葉の最後に多分、と小さく付け足した。今まで別に来ると言う連絡もなしに急に来ていたため、そう言いつつもソラに確信はなかった。同時刻、カリアは城でちょっとした戦いをしているのだが、ソラとティアにそのことが伝わる事は無い。

 ソラ達が食事をしていると、そこへスフレアがやってきた。非番のためか、私服である。



「おはようございます。ここの席いいですか?」


「はい、構いません」



 そう言われて、食事を乗せた盆を持ったスフレアはソラの正面に座った。



「ソラは朝強いんですね」


「いえ、まだ寝床になれていないと言いますか……」


「寝心地が良くありませんでしたか?」


「いえ、普段と違うだけでそう言う訳ではないです。寧ろここの方が快適なぐらいです」


「それなら良かったです」


「それを言うなら、僕よりティアの方が朝早かったみたいですよ」


「私は慣れているので……」



 ティアは普段から規則正しい生活をしているため、朝にはめっぽう強い。通常、主人の身の回りの世話をする者の朝は早く、忙しい。



「それで、僕らに何か御用ですか?」


「今日の訓練の事なのですけれど、ソラのスキルを試してみようと思います。まだスキルの確認と武器の選択しかしていませんから、実質今日からが本格的な鍛錬と言うことになります」



 そんな言葉に一瞬胸を躍らせたソラだったが、自分に与えられた仕事への不満を顔に出す。

 食事を終え、ソラ達が連れてこられたのは城の城壁近くだった。城壁の周辺には雑草が生い茂っている。



「あの……これは?」


「ルバルド兵士長と少し話したのですが、ソラのスキルの練習をすると物が無くなる一方です。そこで、無くなっても困らないモノ……寧ろ無くなってくれた方がありがたいもので練習しようと思いまして」



 それに当てはまったのが、城壁近くの目立たない所に生い茂っていた雑草だった。城内は広く、それに伴って城壁も長く続いている。なるほど。そう思ったソラだが、気になる事がもう一つあった。



「ティアもやるんですか?」



 ティアの手にはごみ袋と軍手が装備されていた。頭には大きめの麦わら帽子が被られている。



「ソラがこの間のように倒れたときのためです」



 何か言い返したかったソラだが、この現状ではぐうの音も出ない。



「それに、ソラの部屋は奇麗なのでティアも部屋に残されると暇になると思いますよ」


「私もこうしていられる方がいいです」


「あぁ、そういえば一つしなければならないことが。ティア、少し動かないで下さいね」



 そう言うと、スフレアはティアに指示をして巻き尺でサイズを図り、次々に手元の紙切れに何かを書き込んでいった。それが終わると、紙切れを肩から掛けたポーチに仕舞った。



「では私はティアの服を買いに行きますので、ソラ達も頑張ってください」


「はい。ありがとうございます」


「ありがとうございます」



 そんな二人にスフレアは手を振ってから街へと出かけていく。



「じゃあ、やろうか」


「はい!」



 ソラは目についた雑草に手を伸ばす。すると、自然に根の大きさや形までが頭の中に流れこんできた。それを今までのようにそれをスキルで消した。



「ご主人様、それは根の部分まで消せているのですか?」


「うん。何となく分かるんだよね」



 それから二人は雑草の除去を進め、ティアの袋がいっぱいになったところで雑草が無くなった部分に腰かけ、城壁に身を任せた。ソラはティアの持っていたごみ袋に手を伸ばし、その中の雑草もすべて消した。



「ありがとうございます、ご主人様」


「どういたしまして。まぁ、これもスキルの練習になるしそんな気にしなくていいよ」


「何か飲み物持ってきますね!」


「あぁ、ありがとう」



 ティアが見えなくなった時、ソラはふと周りを眺め、思った。一気に消せれば楽なのになと。そんなこと出来るはずがない。そう思いながらも、ソラは試してみることにした。

 ゆっくりと目を瞑り、集中する。今までのように自分が触れている物ではなく、できるだけ自分の周りの全てを意識して。それから数秒もせずにソラはそれをやめた。その頬には冷や汗が流れていた。集中したとたん、辺りの情報が流れ込み始めたからだ。そして、それをやめたにも拘わらず今のソラには先ほど認識できた空間の情報が常に頭に流れ込んできていた。感知と言えば分かりやすいだろうか。今のソラには、自分を中心とした半径3メートルの球状の空間に存在するモノの全てが認識できていた。その前兆は、カリアの呪いを認識しようとして見るだけで認識できたという所に現れていたのだが、今のソラはそんなことを考えられないぐらい動揺していた。

 ソラの『消せるものを認識できる』という予測が当たっていた。つまり、今のソラには自分から3メートル以内の距離に存在するモノ全てに対してスキルを使うことが出来る。

 そんなことを考えている内にティアが水の入ったコップを持って戻ってきた。



「ご主人様、どうかされましたか?」


「いや、ちょっと疲れたなと思って」


「それなら、もう少し休みましょう」



 ティアが近づいたことによってソラはさらに気付く。3メートル以内にいてもスキルを消したりは出来ないことを。だが、ティア自身なら消せる。つまり、スキルや呪いを解くには触れる必要がある。

 ソラは、試しに自分の位置からしか見えない近くの雑草を消してみる。そして、何事もなく消せた。触れなくても消せてしまった。だが、ソラはそれ以上スキルの可能性を広げるのをやめると心に誓った。自分でも怖かった。簡単にどんなものをも消せてしまうそのスキルが。




~おまけ(本編にはあまり影響のないお話です)~


 カリアは護衛を連れて、城の厨房へと向かっていた。失くしてしまった果物ナイフの代わりを手に入れるために。ただ単にリンゴが最後まで剥けなかったので、その雄姿をソラに見てもらいたかったのだ。朝食のついでとして。それに気が付いた護衛の一人はこっそりと人伝いで連絡を入れていた。幸運にも、その連絡はカリアが厨房へと辿り着く前に届いた。



「カリア、こんなところで何をしているんだ?」


「お兄様! ソラ様に果物を剥いて差し上げるのです。ソラ様が起きるまで時間がないので、私はこれで失礼しますね。……お兄様?」



 カリアはシュリアスの右側に避けて通ろうとしたのだが、シュリアスはその道をふさぐように動いた。



「お兄様? なぜ邪魔をするのですか?」


「カリアがそんなことをする必要はないだろう? そうだ、僕がティアと言う女の子に果物ナイフを渡しておくよ。彼女に剥いてもらうと良い」


「」ピクッ



 シュリアスがティアの名前を出したのは完全に悪手だった。別にティアはソラを恋愛対象としてみているわけではない。それをカリアは何となく察してはいたが、カリアとしてはティアに負けたくなかったのだ。



「いえ、お兄様。やはり私がやります」ニッコリ



 その威圧感のある笑顔を見て、シュリアスはティアの名前を出したことを後悔した。

 だが、それでもシュリアスにカリアを通すつもりはなかった。果物を剥くだけの行為で、カリアの場合は命に関わることを知っているからだ。



「ダメだ、カリア。ここは通さない」


「お兄様がそう言うのならば無理やりにでも通ります」



 その兄妹喧嘩は、そう長くは続かなかった。カリアは元来、体を動かすのが得意ではないからだ。それに比べ、兄のシュリアスはそう言ったことに対して長けていた。その結果は火を見るより明らかだ。

 翌日には、城中の刃物の管理が格段に厳重なものとなった。

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