第12話 不器用
ソラとティアが真剣な話に一区切りをつけた丁度その時、部屋の扉が開かれた。
「ソラ様、一緒に果物を食べましょう!」
両手で木製の鞘に納まった果物ナイフと真っ白な底の浅いお皿を持って、嬉しそうに扉を開けたカリアにその後ろにいた護衛が声を掛ける。
「カリア姫、ノックを忘れております」
「あっ……。その、失礼しました!」
「いえ、別に構いませんよ」
ソラはつい先ほどまで人に聞かれるとまずい話をしていただけに、扉を開けられた時ドキリとしたが顔には出さなかった。
カリアの持っていた果物ナイフを見て、ソラが申し訳なさそうに口を開く。
「カリア姫、申し訳ないんですけど、僕は果物を切ったりはあまり上手く出来ないんですけど……」
「それなら私がやりますので大丈夫ですよ? ソラ様は休まなければならないのですから私がやります」
ソラとティアは一瞬顔を見合わせ、ティアは自分がやると申し出ようとしたが、カリアの自信あり気でやる気に満ち溢れた目を見て言い出せなかった。それと全く同じタイミングでソラはカリアの後ろにいる護衛の兵士達が物凄く不安そうな顔をしたのが見えて、カリア姫に何かあったらどうしようと不安になっていた。
扉を閉め、カリアの指示でソラとティアがベッドに座り、カリアは果物の置いてあるサイドテーブルのすぐ横にある椅子に腰かけた。
「ソラ様、どれから食べたいですか?」
そう言われてソラは一考する。
カリアの護衛をしている兵士の様子から察するとナイフを使うようなものは避けるべき。ソラはそう考えた。
「じゃあ、そのバナナを――」
「では、ソラ様がバナナを食べている間に、他の果物を私が剥いておきますね」
ソラには心なしか、カリアがナイフを使いたそうに見えていた。
その予想は残念なことに当たっており、いつも自分が風邪をひいたりした時にそうしてもらっていたようなことを、カリアはソラにしたかったのだ。
「あの、カリア姫」
「何ですか?」
「カリア姫はナイフを使った経験はあるんですか?」
「ありませんが、お城のメイドたちが使っているのをよく見ているので大丈夫です」
そう言って両手を握りしめ、任せろと言った感じの仕草を見せるカリアの片手には、鞘から抜かれたナイフが持たれている。その様子を見てソラは顔を青ざめさせながら、ティアがそういった類のことが出来るのを思い出す。カリアが「どこから剥けばいいのでしょうか?」と言いながらリンゴを持っていろんな方向から眺めている隙に、ソラはこっそりとティアに声を掛けた。
「ティア、カリア姫が危なそうだったらお願いしてもいい?(ボソッ)」
「お任せください、ご主人様(ボソッ)」
そんなソラ達の心配をつゆ知らず、カリアは手元のリンゴの剥き始める場所を決め、ナイフを手前へと向けた状態で力を籠める。
「あの、カリア姫? やっぱり僕が――」
「いえ、このぐらいなら出来ますので。えいっ」
そんな可愛らしい掛け声とともにナイフはリンゴの皮を微かに削り、そのままその方向へとナイフは進む。そして、カリアの胸の直前でどうにか静止した。その瞬間、ソラとティアの頬を大量の汗が流れたのだが、カリアにその気持ちは伝わらない。
「難しいですね……。もう一度やってみましょう。何事も挑戦です!」
挑戦ではなく経験では? そんな突っ込みを心の中でしながら、先程とやり方を全く変えようとしないカリアをソラが止める。
「カ、カリア姫、そう言ったことはティアが得意らしいので任せてみてはいかがでしょうか?」
「ティア? ……随分親し気に呼びますね」
「そ、そうですか?」
カリアからの謎の圧力にソラが屈しそうになっていたタイミングで、ティアが口を開く。
「私はご主人様にお付きとして雇われることになりましたので、そう言ったことはお任せください」
「いえ、このぐらいなら問題ないです」
「いやいや、カリア姫、ここはどうかティアに……」
このままカリアが怪我をすれば自分が怒られることが目に見えているソラは、何としても止めたかった。
そんなソラの願いが通じたのか、カリアは黙って少し考えだした。そして、ソラの予想とは大きく外れた言葉を口にする。
「……カリア」
「はい?」
「ソラ様が私のことをカリアと呼んだらティアさんにお任せします!」
そんなカリアの強い言葉にソラは一瞬たじろぐが、選択の余地はなかった。
今ここには自分とティア、カリアしかいないと言う事実がソラの背中を更に押す。
「カ、カリア……」
それを聞いて、カリアは満足そうににこりと笑ってソラに答える。
「はい! 仕方ないのでティアさんに任せましょう。はい、どうぞ」
「は、はい。お任せください」
ティアは、カリアのあまりの豹変ぶりと、物凄くにこやかな笑顔に若干引きながらナイフとリンゴを受け取った。すると直ぐにリンゴの皮を剥き始め、リンゴをクルクルと慣れた手つきで回しながら、最後まで繋がったままリンゴの皮を剥き切った。その後、手の上でササっと一口サイズに切って、ソラ達に差し出した。
「おぉ、凄いな。こんなこと出来たんだ」
「ご主人様のお付きとしてこれぐらいは当然です」
と言いながらティアは頬を少し赤らめた。全くと言っていいほど褒められ慣れていなかったティアにとって、ソラのその言葉は何とも言えず恥ずかしいものだった。出来なければ怒鳴られ、叩かれる。そんな中で身に着けた技術は役に立ちこそすれ、代わりはいくらでもいた。そんな世界で過ごしていたティアには褒められるという機会がほぼ皆無だった。
そんなティアを見て、事情を知らないカリアは頬を膨らませる。
「わ、私だってこのぐらいは――」
「いえ、カリア姫――」
カリア姫。ソラがそう呼んだ瞬間にカリアの冷たい目線がソラを襲った。
「カリアはそんなことする必要ないと思うんですけど……」
「そんなことありません! 私にだってこれぐらい――」
そう言って半ば強引にカリアはティアからナイフを取り上げ、果物を手に取る。
「え~っと、カリア? せめてティアに教えてもらいながらやれば……」
「私でよろしければお教えいたします」
「わ、私なら一人で出来ます」
「「「……」」」
3人の間に沈黙が降りる。
このままではカリアの命に関わる。ソラとティアは真面目にそう思った。沈黙の中、ソラとティアのが一瞬目と目を合わせて頷き合う。それを不思議そうに眺めていたカリアからナイフを取り上げるべく、ソラとティアは同時に動き出した。
「「カリア姫、ごめんなさいっ!」」
「な、何をするのですか!」
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