第10話 解放

 ソラが窓から差し込む光を受けて目を覚ます。ソラが体を起こすと、ベッドの横に置かれた椅子に座り、ベッドに上半身を乗せて寝息を立てている少女がいた。ベッド横にあるサイドテーブルにはバスケットが置かれていて、その中には果物が山積みになっていた。

 少女を起こさないように静かに立ち上がったソラは誰かに状況を確認するべく外に出ようと扉に手を掛けた。だが、ソラが扉を開ける前に扉は開かれた。ソラの前に扉を開いたカリアは目に涙を浮かべながらソラの両手を握りしめた。



「ソラ様! 良かったです!」


「えっと、はい。心配をかけてすみません。それと……恥ずかしいので離れてもらえませんか?」


「えっ? あっ、すみません!」



 そう言って急いで顔を真っ赤にしたカリアは離れるが、後ろの護衛の兵士はきちんとその場面を見ていた。勿論、後にカリアの両親であるブライとハリアに伝わることになる。



「もう動いて大丈夫なのですか?」


「この間も少し休んだらすぐ動けたので大丈夫だと思います」


「前にも同じことがあったのですか?」


「はい。なのでもう大丈夫だと思います」


「そうですか……。それは良かったです。ところで、その子とはどういった関係なのですか?」



 そう言うカリアの瞳はその表情に浮かんでいる笑みとは裏腹に全く笑っていなかった。そんなカリアに若干の恐怖を感じながら、ソラはどう説明しようと考える。

 奴隷紋があったことからルノウの奴隷だった少女。



「えっと、僕の――」



 だが、奴隷紋が消えている現在は奴隷ではない。そしてルノウの「譲る」と言う言葉。



「ソラ様の、何ですか?」



 そう言ってより一層ニコリと笑うカリアから謎の圧力を感じながら、ソラは自分の中で出た結論を答える。



「僕のモノです」


「」ピクッ



 一瞬動きの固まったカリアの耳に笑いを堪えたような声が届く。カリアが声のする方を見ると、ルバルドとスフレアがいた。笑い声の主はルバルドだった。



「す、すみません、カリア姫。つい……」



 そんなルバルドを横目にスフレアがカリア姫に口を開く。



「元はルノウの奴隷だったようです、カリア姫。スキルを試すためにソラに奴隷紋を消させたのです。ルノウ大臣がその時に奴隷紋を解けたらソラにその子を引き渡すと言って、見事奴隷紋を解いて見せたソラがその子を引き取ったのです」


「そ、そうだったのですか…‥」


「なので、安心してもらって大丈夫ですよ?」


「ス、スフレア⁉ あ、安心って……な、何の話ですかっ⁉」



 そんな二人の会話を横目にルバルドはソラの元へ近づく。



「それでソラ、体調の方はどうだ?」


「お陰様でもう大丈夫そうです。……僕が倒れてから何日ぐらい経ったんですか?」


「ソラが倒れたのが昨日の話だ。そこの果物は昨夜、カリア姫が持ってきてくれたものだ。ちゃんと礼を言っておけよ」


「そうだったんですか。ありがとうございます、カリア姫」


「い、いえ。私は当たり前のことをしたまでです」



 そう言いながらもカリアの頬は少し赤みを帯びていた。一国の姫が集めたとだけあってどれもかなり高級な代物だったが、それを見ただけで見抜けるものはその場にはいなかった。唯一それを知っていたのはカリアの護衛をしている二人である。



「それで、今日の訓練はどうすればいいんですか?」


「それは気にしなくていいですよ。明日からはまた訓練を開始するので、今日1日はゆっくり休んでください」


「分かりました」



 ソラがスフレアの提案を了承したのを確認すると、ルバルドは気になっていたことを話す。



「それで、ソラのスキルは『触れたものを消せる』で間違いなさそうか? ソラの感覚でいいから教えて欲しい」


「……そうですね。多分、そうだと思います」



 ソラは少し間を開けてからそう答えた。その場でソラは正直に言わなかった。いや、言えなかった。触れるだけでその者の記憶やスキルを消せる。それはソラにも分かるほどに強力なものだ。だからこそソラは恐れた。それを言って自分が恐れられるのではないかと。



「そうか。そうだとすると、今のように倒れずに使えるようになればかなり強力なスキルと言えるな」


「そう……ですね……」



 ルバルドの言葉にソラはそう答えたが、あまりスキルを使いたくないという思いがソラにはあった。誰よりも自分のスキルに対して理解しているソラは誰よりも警戒し、恐怖していた。使い方を一歩間違えれば簡単に人の道を外れられる。そんな気がしてならなかった。

 そんなソラの様子にカリアが反応する。



「ソラ様? どうかしたのですか?」


「いえ、何でもないです。それより、ルバルド兵士長とカリア副兵士長はここに居て大丈夫なのですか?」


「あぁ、俺たちは昼食前にここに寄っただけだからな」


「そろそろ食べる時間が無くなりそうなので、私たちはこれで席を外させてもらいますね」


「はい。ご迷惑をお掛けしました」



 そうお礼を言うソラに手を振って返し、ルバルドとスフレアは食堂へと向かった。

 二人を見送った後、ソラがカリアに声を掛けようとした。だが、声を掛ける前にお腹の鳴る可愛らしい音が辺りに響いた。カリアは一人頬を赤らめた。



「いえ、その……」


「カリア姫も昼食はまだなんですか?」


「はい……」


「僕はもう大丈夫なので、気にしなくていいですよ」


「その……ソラも一緒にどうですか?」


「それはとても嬉しいんですけど……」



 そう言ってソラはベッドに上半身を預けて眠っている少女の方に視線を移す。



「僕はあの子が起きてからにします」


「そうですか……」



 残念そうに落ち込むカリアを見て、急いでソラは声を掛ける。



「カリア姫が宜しければ持ってきて頂いた果物、後で一緒に食べませんか?」


「よ、喜んで! 昼食を食べ終わったらすぐに来ますね!」



 カリアは嬉しそうな表情になったことを確認してから、ソラはカリアを見送った。

 ソラは扉を閉めてから、寝息を立てている少女の方を見る。起こさない方がいいのだろうか。そう思ってそのままにして休もうと思ったソラだったが、少女はむくりと体を起こして椅子に座り直した。



「ごめんなさい、起きるタイミングを見失ってました」


「あぁ、起きてたんだ。気付かなくてごめんね。それで、どの辺りから――」


「『ソラ様! 良かったです!』からです」



 何か悪いことをしたな。ソラはそう思いつつ、一つ咳ばらいをしてから少女に声を掛けた。



「名前を聞いてもいいかな?」


「名前はありません。ルノウ様は私に名前を付けなかったので……」


「じゃあ、元の名前は?」


「それは……」



 少女は言い留まった。それは素性を知られないためにルノウに命令されているから。奴隷紋を付けられていない少女がいまだ縛られていると勘違い・・・してる理由。それは、彼女が自身のスキルを知っていたからである。

 『服従者』。ある一定条件を満たしたものに対して絶対服従になるマイナススキル。その発動条件は瀕死状態にされること。少女はそのスキルを知ったルノウに一度瀕死状態にさせられ、回復魔法で治療されるという事を半ば強制的にされた。そのため、奴隷紋を失った今でもルノウの命令には逆らえない。――はずだった。



「いいから言ってみて?」


「……ティア――っ!」



 ティアは自分の名前を発せたことに驚いた。発せるはずがなかったのだから当然の反応だ。スキルの対象がルノウになっていて、そのルノウに自身の過去の全てを他人に話すことを禁じられていたから。ティアは自分の名前を口にするのも、耳にするのも久しぶりだった。



「なん……で……」



 そう呟くティアの目からは涙がポロポロと零れていた。ティアはその性質故に市民に成りすまして行動させられていた。奴隷だと背中に奴隷紋が現れるため、多少の警戒を受ける。だが、ティアはそうはならない。そしてそれは、国に反発するものを発見するにあたって好都合だった。ティアの見てきたほとんどが過激な動きを見せる様子は無い者たちだった。だが、どんな小さな反乱分子すら許容しないのがルノウという男だった。ティアが成りすまして話を聞き出すには、ある程度の仲になる必要がある。ティアはそんな仲になった相手を今までルノウに摘発してきた。ある時は歳の変わらない子供のいる家族を。ある時は優し気で小さな不満しか持っていない老人。そんなルノウに対して今、逆らえた。それは今までの生活からの解放を意味していた。

 ティアはソラの方を見る。そんなティアの過去を見てしまっていたソラは、人差し指を口元で立てる。



「絶対誰にも言わないでね。スキルは無くなってるけど、今まで通りルノウ大臣の指示に従ってに動いてくれると助かるんだけど……」



 ソラは申し訳なさそうにそう言った。ティアのスキルが消えたことに気付かれれば、ソラのスキルの正体がバレかねない。

 スキルを消せる事がバレると、そこから疑問が生まれる。なぜティアがスキルを持っていることを知っていたのかと。それは人の中身、少なくともスキルを見ることが出来るという結論に至る可能性があることを意味する。正確なスキルは掴めなくとも、かなり近いところまで予測されてしまうだろうことは想像に難くない。



「わかり……ました。……ありがとう……ございます……」



 ソラはティアに泣き止むまで、何も聞かずに傍で見守った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る