第15話 天才魔法使い、扉を開く

「私の話はこれで終わりです」


「……」



 何気なく聞いた話が予想の斜め上過ぎて言葉が出ない。自分の出自についての話だったから、それなりの衝撃を受けた。そんな中、こんな状況だからこそ一つ気になる話が合った。



「エリン、話に出てきた扉って言うのは?」


「賢者の村には触れるだけで魔力を吸う不思議な扉があったのです。今どうなっているかは分かりませんけど……」



 エリンから聞いた話だと、世界の真実があるとのこと。多分だけど、昔の伝承とかだろう。そして、ゼハルは僕に封印をした者の末裔だと言った。もし僕の読みが当たっているのなら、エリンの言う扉の向こう側にあるのはゼハルに関する情報である可能性が高い。

 取り敢えず行ってみる価値はありそうかな。そんなことを考えていると、エリンから声が掛かった。



「リク、動いてみてくれますか?」


「う、うん」



 治療を受ける前まで少し動くだけで体に痛みが走っていただけに、動くことに多少の恐怖を感じてしまった。が、動いてみると痛みは無く、徐々にそんな恐怖も消えていった。

 さてと。



「エリン、そこに連れて行って貰っていい?」


「今からですか?」


「うん、今から。ゼハルに見つかってたら全部無意味になる訳だし」


「……分かりました」



 少しためらったように見えたのは僕の体調を心配してくれての事だろう。あの闇霧の中心にいてあれだけ動けたんだから、扉を開けて中を見るぐらいなら出来ると思う。というか扉の中に入ってすぐにあるものを全てアイテムボックスに突っ込んで戻ってくればいいだけの話だ。

 そんな作戦を考えている間に、エリンは他の精霊に精霊界に戻るように指示を出した。それを見た精霊たちは精霊界との扉に向かって一斉に飛んでいく。数が数だけに何処か圧倒される景色だ。

 すべての精霊が精霊界へと戻ったのを確認したエリンは、その扉を閉じた。



「準備はいいですか?」


「いつでもいいよ」



 とは言ったものの、僕の服装は完全に街中を歩いている一般人のそれだった。……というかそれよりもラフかもしれない。ベッドに寝かされる前に誰かが着替えさせてくれたのだろう。……何か今になって恥ずかしくなってきたな。まあ、どんな格好だろうと防具に助けられた経験が皆無の僕からすれば大して違和感などないのだが。





「……あれ?」


「これは……」



 僕とエリンは転移して早々驚いた。扉……というより石の壁と言った方が正しいかもしれない。どの方向に開くのか全く見当もつかない。いや、驚いたのはそこではなく周りの景色である。辺りは闇霧に包まれている。だが、扉の中を中心としてドーム状の空間に闇霧はない。



「これって精霊魔法?」


「そのようです。見たことはありませんが、私がこれを使えれば……」



 確かにエリンがこれを使えるようになれば闇霧の中でも行動が出来る。が、今はそれが目的ではない。



「エリン、扉ってこれの事だよね?」


「はい。触れてみればわかると思います」



 なんかちょっと緊張してきたな。でも、ゼハルがいつ気が付くか分からないのでさっさと済まさなければならない。僕は石造りの扉とも言えない扉に手を伸ばした。



「リク、大丈夫ですか?」


「うん、このぐらいなら……」



 大丈夫だけど、少し驚いた。まさかこんな勢いで魔力を吸われるとは。

 そのまま数秒の時が過ぎてから扉が音を立てて動き始めた。扉全体が地面へと吸い込まれるように移動してぽっかりと空いた入り口の中を覗くと、そこにはドーム状の空間が広がっていた。身長より少し高い所には等間隔で光を発する魔法が設置されている。魔力の流れから見るに多分大地の力のみで動いているのだろう。



「これは……」


「エリンは見たことない? 多分賢者の一族が作った武器だと思うんだけど」


「いえ、見たことが無いです。そもそも、賢者の一族が出来るのは武器に付加価値を付与するだけだったはずです。なので、これはそもそも使った素材が違うのだと思います」



 ドーム状の建物の中心には質素な椅子と机、そして壁際には多種多様の武器がずらりと並んでいた。刀身が付いているものから、大杖まである。それらすべてに共通しているのが黒色という事である。

 僕がいつも使っていた刀に近い形状の武器を一つ手に取り、鞘から抜いてみると刀身まで黒かった。それは辺りを照らしている魔法の光を反射させて鈍い光を発している。



「リク、魔力を流してみてください」


「?」



 突然そう言われて少し戸惑ったが、エリンの言う事なら何かあるのだろうと思い魔力を流してみた。すると、武器は青ではなく薄っすらと白い光を発し始めた。



「まだ大丈夫なんじゃないですか?」


「いや、でも壊しちゃったら……」


「その時は仕方ないです。どの道それならリクが使っていた刀と同じように壊されるだけでしょうし」



 僕は武器に魔力を流すとき、ある程度加減をしていた。あまり強く流し過ぎると武器が耐えられないことがあるからだ。その加減は村の農具で学んだ。農具が粉々に砕け散ったことに焦って隠したのも、今となってはいい思い出である。エリンの話から察するに、やけに村長が僕に対して優しかったのも、何かあった時に庇ってくれたのも母親の手紙のお陰なのかもしれない。

 そんな話はさておき、魔力をさらに込めてみる。すると、徐々に刀身自体が白へと変わっていった。その刀身からは不思議な光が発せられており、どこか神秘的な雰囲気さえ漂わせている。



「恐らくですけど、精霊がその武器を作るのに協力していたんだと思います」


「そんなこと出来るの?」


「いえ、私には……。ですが、この感じはそうとしか思えません」



 エリンがそう言うのならそうなのだろう。取り敢えずこれは活用させてもらおう。せっかくだから他の武器も――。



「リク? どうかしたのですか?」


「いや、なんか盗みを働いている気がして……」


「盗みにはならないと思いますよ。扉の仕掛けからして、恐らくリクのような人間が現れるのを待っていたのだと思います。私にはリクに自由にして欲しいと言う暗示にも思えます」



 うん、そういうことにしておこう。と言うかそうでもしないと罪悪感に押しつぶされそうだ。他の武器は……うん、弟子たちにでも配ろう。

 この空間の中央にある机の上に置かれている手記のようなものも気になるが、その前にもう一つ気になるものがある。



「エリン、これただのコートじゃないよね?」


「はい。中に魔法陣が組み込まれています」



 そこにあったのは黒を基調に、シンプルな金色の刺繍が施されているコートである。

 というか服の中に魔法陣って……いや、そう言えば僕のコートのポケットもエリンの魔法で四次元みたいになってたっけ。



「それで、その効果は?」


「恐らく闇霧を無効化するものかと」



 何それ凄い。え、じゃあこれ着てればあの中でも無制限に動けるってこと? うん、貰って行こう。というか今薄着だしついでに着て行こう。



「……エリン、そう言えば僕が来てた白のコートってどうなったの?」


「修復できないレベルで切りつけられていたので処分しておきました」



 ですよね。結構気に入っていたんだけど仕方ない。……というかいつも白だったから黒だと違和感が凄いな。

 そんなことを考えている間にも、エリンは飛び回ってコートをいろんな角度から調べていた。



「エリン?」


「いえ、これを作れればなと思いまして」



 確かにそれは必要なことかもしれない。だが、エリンには申し訳ないけれどそれは後回しにしよう。この中にあるものは一通り回収した。後は机の上にある手帳のような何かである。あまり長居するのもよくない気がしたので、それを手に取って足早にメノード島へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る