第12話 精霊王、メノード島へ向かう
ガレムとエリンが降り立ったのはガノード島……ではなく、ちょっとした島の上だった。
「……エリン?」
「私はガノード島に行ったことがないので正確な位置は分からないのです」
「ちょっと待て、海に落ちたらどうするつもりだったのじゃ?」
「その時はその時です」
何事もなかったかのようにそんなことを言うエリンに、ガレムは呆れ顔を浮かべる。
「多分あの島なので次は確実に行けます」
「転移魔法で移動できる回数も限られておるから、次は頼むぞ」
「任せてください」
精霊を通して使う転移魔法は、大量の魔力を必要とする。ガレムの保有する魔力では、1日に何度も使用するほどの余裕は無かった。それでも、転移魔法を1日に複数回使える時点でガレムの魔力量は飛びぬけていると言ってもいいレベルだった。
再び地面に現れた魔法陣の光に包まれ、ガレムとエリンは移動した。
☆
「……物凄い殺気立っておるな」
「そうですね。食料が足りていないんじゃないですか?」
エリンにそう言われてガレムが
「何らかの原因で食糧としていた辺りの魚が逃げ出したのじゃろうな。エリン、これを解決できる魔法とかないのか?」
「ありますよ。魚をおびき寄せる魔法陣を作ればいいのです」
「うむ。ではさっさとそれを――」
そう言うガレムにエリンは首を横に振った。
「ここに居るドラゴンはこんな状態です。それを作ったところで壊されるんじゃないですか?」
「それもそうじゃな。はて、どうしたものか……」
少し悩んだそぶりを見せた後、エリンが思い出したように口を開く。
「確かここにはエンシェントドラゴンがいるのでしたよね」
「……そうか! 儂らの言葉を解し、ドラゴンをまとめていると言われるドラゴンに会うことが出来れば恐らく……」
「問題は会えるかどうかなんですけどね」
「そもそも実在するかも怪しいがな。もしいるとしてもどこにおるかも分からぬし……」
「もしいるのなら、ここらのドラゴンを蹴散らしていればそのうち来ると思いますよ」
「出来ればそんな荒っぽい方法は取りたくないんじゃがなぁ」
面倒そうにそんなことを言うガレムに、エリンは周りにいるドラゴンに目線を向けながら答える。
「こっちに戦闘の意思は無くても、あちら側はそんなことは無さそうですけど」
「飢えた獣――いや、飢えたドラゴンと言ったところか。ドラゴンって人間も食べるのかのぅ?」
「どうでしょうね。私の偏見だと雑食だと思うのですけど。あんな図体をして食べるものを好き嫌いするとは考えにくいです」
「本当に偏見じゃな。まあ、見てわかるほどに痩せているせいで好みを気にしていられぬのかもしれぬが」
ドラゴンに関しては、そもそも目撃例が稀のためにその生態は謎に包まれていた。
「ガレム、そろそろ来ますよ」
「仕方ないのぅ。詠唱だけして準備をしておくこととしよう」
そう言うとガレムは詠唱をはじめ、いつでも魔法を発動させられる状態で待機した。それに合わせて、エリンもいつでもガレムの魔法を増幅できるように準備を整えた。
それから大きく間を開けることなく、数匹のドラゴンがとびかかってきた。
「『ヘルフレイム』」
杖を掲げながらそう言ったガレムの頭上に魔法陣が現れる。杖のあたりから発生した轟轟とした炎が魔法陣を通過してさらに強まり、ドラゴンへと襲い掛かる。それを見て威力を察したのか、ドラゴンはすぐにUターンして元の場所へと戻っていく。炎はそれを追従することはなかった。ガレムの周囲に現れた炎は、ガレムとエリンを守るように二人の周りを生き物のように漂っていた。
「エリン、転移魔法を使えなくなる前には戻るぞ」
「分かっています。もしエンシェントドラゴンに会えなければ、一度村に戻って日を改めてから来ましょう」
そんな会話をしながらも二人の回りにはバチバチと音を立てながら火花が散っている。その威力はドラゴンを倒すには十分すぎるものであった。無論、普通のドラゴンの吐く炎が及ぶ威力ではない。
炎を前に怯むドラゴンを眺めながら、エリンは口を開く。
「なぜ賢者に頼むのでしょうね」
「何の話じゃ?」
「リントブル聖王国ですよ。あの国の軍事力は一番だとガレムが言っていたじゃないですか」
「確かにそうじゃ。じゃがな、彼らには人間を守るためと言う大義があるのじゃよ。さしずめ、魔族との戦闘に備えて出来る限り戦力を温存しておきたいと言ったところじゃろう。他の国もそれがあるからリントブル聖王国には逆らえんのじゃよ」
そうは言いつつも、ガレムも全く文句が無い訳ではなかった。他の国から金銭を搾取し、賢者の村からは内密に武器を徴収する。そんなやり方をしておきながら、魔族以外のことに関しては一切関わろうとしない。今回の件もその一例である。ドラゴンの力を考えれば、リントブル聖王国ならともかく、最も近いデルガンダ王国なら滅びることも考えられる。にも拘らず守ることはせず、他者に任せている。
それでもガレムが文句を言わないのは、魔族の力が分からないからである。それもそのはず、実のところ魔族との戦争は一度たりとも起こっていないのだ。そのため、ガレムが魔族の実力を知らないのも無理は無かった。そんな背景もあり、そうでもしないと魔族が攻めてきたときに対応できなくなるという可能性を疑っていたガレムは何も言えなかったのだ。
「人間というのは面倒な生き物ですね」
「こればっかりはな」
そんな会話をしていた時、突然周りのドラゴンがガレムたちから距離を取り始めた。
「うん?」
「大人しくなりましたね」
離れて言ったドラゴンはガレムたちの様子を眺めながらも、戦闘をするような気配は全くなかった。
それから間もなくして、ガレムとエリンはその理由に気が付く。
「……来ましたね」
「そうじゃな。まさか本当に実在するとはな」
ガレムとエリンの視線の先には、じょじょにこちらへと近づいてきている白銀の鱗を纏ったドラゴンがいた。
ガレムは魔法を解き、辺りを漂っていた炎は姿を消した。
「ガレム、一応警戒はしておいた方がいいかもしれません」
「そうじゃな。会話が出来そうになければ転移魔法で逃げるとしよう。エリン、出来るか?」
「大丈夫です」
エンシェントドラゴンはガレムとエリンに近づくにつれて高度を下げ、暴風を巻き起こしながら着地した。他のドラゴンとは明らかに違う神秘的とさえいえるその姿に、ガレムは一瞬言葉を忘れて見入っていた。
「お主ら、妾の縄張りで何をしておるのじゃ?」
どこか威圧感のあるそんな言葉に、ガレムは息を呑んだ。が、エリンにそんな様子はなく、こんな時でも通常運転だった。
「縄張りに入ってきたら問答無用で襲い掛かって来るほど単細胞なのに、本当に言葉を話せるのですね」
この時、ガレムの頬に過去にないほどの冷や汗が流れたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます