第11話 精霊王、赤子の才能を知る

 とある日、賢者の住まう村へと一通の手紙が届いた。

 賢者の一族の長であるガレムは、封を切りそれに目を通す。それに気が付いて、少し離れた場所で作業をしていたエリンはガレムの方へ向かった。



「ガレム、何と書いてあったのですか?」


「ガノード島周辺から巨大な海洋生物がユーロン島へと逃げて来ているらしいのじゃ」


「それを解決してこいという事ですか。またリントブル聖王国からですか?」



 リントブル聖王国は賢者へと様々な依頼を頻繁とまでは行かなくとも、それなりの頻度でしていた。武具の生産然り、今回の件然りである。



「そうじゃ。すまんが手伝ってもらうぞ」


「別にいいですよ。でも、ガレムもいい歳なんですから無理しないで下さいね」


「儂はまだまだ現役じゃからな。それに、孫が成長する姿を見るまでは死ぬ予定はないがの」



 そう言いながら、ガレムは母親の腕に抱かれた孫の方に目をやる。生後間もないその小さな赤子は、寝息を立てて眠っている。



「それはそうとエリン、先程に何かしておったようじゃが……」


「リクの身を守るためにちょっとした仕掛けをしただけですよ」


「ほう。それはどんな――」


「リクに危害を成そうと近づいた生き物に攻撃する風属性の魔法陣です。右手に仕込んでみました」



 すました顔でそんなことを言うエリンに、ガレムはため息を一つ吐いた。



「少々やりすぎではないか?」


「安心してください。リクの魔力を大地の力で増幅して使うようにしているので、ガレムの魔力が急に無くなることはありません」


「いや、そう言う問題ではなくてじゃな……」



 そんな二人の会話を聞いていたリクを抱いている女性、マナが口を開いた。



「いいじゃないですか、お父さん。この村にはお父さんに敵うような魔法使いはいないんですよ? リクを守る手立てがあるのならそれに越した事は無いと思いますけど」


「……確かにそうじゃな」



 普通の人間と比べて魔法に関して頭一つ抜けていると言われる賢者の一族。ガレムはその中でさらに頭一つ抜けていた。その実力はドラゴン程度なら簡単に倒せるとまで言われていた。

 そんな会話をしていた時、部屋の扉が開かれる。



「マナ、持ってきたよ」



 そう言う男の手に持たれているのは水晶。後にリクがストビー王国とリントブル聖王国との国境で粉々に破壊することになるのと同じものだ。



「あなた、急ぎ過ぎじゃないかしら?」


「自分の息子の才能、気にしないなんて無理だよ。それになにより、ガレム様の血を引いているんだし」



 興奮気味にそう話すリクの父親であるアランを、ガレムが制す。



「落ち着くのじゃ。必ず才能が受け継がれるとは限らぬ。それに、才能だけで人を判断するものではないぞ」


「す、すみません……」



 そう言いながら肩を落とすアランに、エリンが声を掛ける。



「謝らなくていいですよ。こんなこと言いながらも、ガレムもかなり気にしていますから」



 そんな言葉のせいで周りからのジト目を浴びたガレムは、どうにか弁明しようと試みる。



「わ、儂が言いたかったのは気にしすぎるなという事じゃ。気にするなとは言っておらん。それよりアラン、やるならさっさとやるぞ。……す、すまんかった。じゃから皆、そんな目で見るのをやめてくれんか」



 その様子に思わず笑い声が挙がる。



「エリン様がいれば、お父さんも隠し事は出来ませんね」


「エリン、余計なことは――」


「ガレム、嘘は良くないと思いますよ」



 悪戯な笑みを浮かべてそう言うエリンの正論に、ガレムは何とも言えない表情を浮かべた。



「さて、ガレムをいじめるのはこのぐらいにして、リクの才能を見てみることにしましょう」


「ガレム様にそんなことを言えるのはエリン様ぐらいですね」


「お父さんよりも年上ですからね」



 そんな会話をしながら、アランは水晶を丸机の上へと置いた。



「お父さんの時は、確か辺りが見えなくなるぐらいに光っていましたね」


「そうじゃな。村の人間の大半が強めに光る程度なのを考えれば、リクもそのぐらいかもしれんな」



 強めに光る程度。ガレムはあっさりとそう言ったが、それは賢者の一族の間での一般的と言う意味だ。村の外においては全く光らない人間や、微弱な光を発する程度の人間が大半だ。



「あまりハードルを上げては、リクが可哀そうですよ。お父さんが特別なだけなんですから」



 そう言いながら抱きかかえているリクを水晶の方へと向け、その手を水晶へと翳させた。次の瞬間、水晶は辺りを包み込むほどの光を発し、パリンッと言う音と共にその光は納まった。恐る恐る目を開けた4人が目にしたのは、粉々に砕け散った水晶だった。

 4人は一瞬固まったが、リクの泣き声と共に我に返った。



「リ、リク、ケガはない?」



 そう言いながらマナはリクの全身をくまなく調べるが、外傷は見当たらなかった。マナが一息つくと同時に、アランとガレムも安堵の息を吐いた。そんな中、一人考える仕草をしていたエリンが口を開いた。



「ガレム、私がリクに身を守るための魔法を仕組んだと言ったじゃないですか」


「あぁ、言っておったな」


「多分ですけど、今の感じなら多少の魔物なら木っ端みじんになると思います。少なくとも、人間なら確実にそうなります」



 そんな言葉を聞いて、ガレムは嬉し気に答える。



「そうかそうか。ならばせめてきちんとした魔法の扱いを教えるまでは長生きせんといかんな。まあ、エリンが仕掛けた魔法は儂が戻ってきたら消しておかねば危なすぎるが……」


「そうですね。これだけの魔法の才があるのなら、お父さんが魔法を教えればすぐに上達するかもしれませんね」


「もしかしたらガレム様さえすぐに追い抜いてしまうかもしれませんね」


「ふぉっふぉっふぉ。望むところじゃよ。むしろ大歓迎じゃ。リクが大きくなれば儂の代わりにこの村を任せられそうじゃな。それまでは儂が繋ぐとしよう」



 そう言いながらガレムは壁にあった突起に掛けられた杖を手に取った。



「ガレム、もう行くのですか?」


「あぁ。今なら頑張れそうじゃしな」



 そんなガレムに、マナが心配そうに声を掛ける。



「お父さん、あまり無理しないで下さいね?」


「心配せずともすぐに戻る。それに、リクならも開けるかもしれぬしな」


「確かにそうですね。ガレム様が戻ってきたら確かめに行きましょうか」



 泣いているリクをあやすためにリクで飛んでいたエリンは、そんな言葉を聞いてガレムの肩に戻りながら口を開いた。



「ガレムですら全く反応しませんでしたからね」


「エリンもあけ方も分からんのじゃろう?」


「えぇ。恐らくですけど、私の先代の精霊王が作ったものだと言うのは分かります。ガレムは触れただけで息切れしてたので正確には分かりませんけど、ある程度の魔力を流し込めば開くんだと思います。私の精霊としての大地の力を受け付けない所から考えると、ガレム以上の力を持った人間を求めているのでしょうね」



 賢者の村にはとある扉があった。辛うじて記録に残されているのは、”扉の中には世界の真実が記録されている”という言い伝えだけ。エリンとガレムが魔法を駆使しても壊せないほど強固なその扉の中を知る者は、現存している人間の中にはいない。



「さて、無駄話もここら辺にして、ちょっと行ってくるとするかな」


「お父さん、本当に無理だけは――」


「大丈夫だよ。ガレム様の実力はマナが誰よりも知っているだろう?」


「それに私もついています。危なくなったら転移魔法ですぐに戻ってくるので大丈夫です」



 それでも心配そうな表情をするマナに、ガレムは出来る限り優しく語り掛ける。



「心配するでない。リクが大きくなるまで儂は死なん」


「でも――」


「本当に心配症じゃな。今は儂よりリクの心配をしてやらぬか」


「……そうですね」



 そんなマナの様子を心配して、ガレムはアランに話しかけた。



「アラン、マナとリクの事は任せたぞ」


「はい、お任せください」



 ガレムはそんな力強い返事に一つ頷くと、エリンに視線を向けた。



「では頼む」


「分かりました」



 やがてガレムの足元に魔法陣が現れ、ガレムとエリンを魔法陣から発せられた光が包み込んだ。

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