第08話 天才魔法使い、時間稼ぎをする

「シエラ! もっと範囲を広げられないのですか?」


「無理を言うでない! これが限界じゃ!」



 私とシエラはリクの元を離れた後、リントブル聖王国の人間をデルガンダ王国へと転移させています。魔法でシエラと感覚をリンクさせているため、言葉の指示が無くてもシエラの感知した人間の場所は分かります。

 気がかりなのはリクがいた所から噴き出した黒い霧。今までのものとは比べ物にならないほど濃密で深いそれは国の中心部を既に覆い隠してしまいました。霧のせいで中がどうなっているのかは分かりません。分かるのは私がここに居られることからリクが無事だという事だけです。リクの魔力が無ければ私はここには存在できないはずですし。

 メノード島でリクがしたように、私たちは螺旋を描きながら、シエラの感知範囲で漏れがないぎりぎりの位置を飛んでいた。何か酷い胸騒ぎがします。早く終わらせてリクの元へ急がなければ……。



「シエラ、リクの状況は――」


「それがあの黒い霧が出て来てから分からんのじゃ!」



 それだけ聞くと私は黙って集中した。リクに何かあってはガレムに合わせる顔がありません。





 僕の刀と鉤爪がぶつかり合って金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が辺りに響く。刀は性能面に特化したものではないものの、できうる限りの魔力を込めている。にも関わらず――。



ピキィ!



 いやいやいやいや。もうヒビだらけでそろそろ限界なんですけど。地上に出てまだ人がいたらまずいしここで下手に魔法を使って地面が崩壊とかもう最悪である。それに、さっきからシエラに状況を聞こうと試みているがどうにも連絡が取れない。多分この黒い霧のせいだろう。



ピキィ!



 うん、そろそろ本当に武器がやばい。ゼハルとやらの振るう鉤爪はその余波だけでそこらに転がっている死体や、真っ白な壁を奇麗に切り裂いている。お陰で僕のコートも切り裂かれてもはや修復不可能な状態である。ルカでなくとも見ただけで吐くレベルの地獄絵図がそこにはあった。普通に考えて生身であれを受けるのは多分やばい。遠距離から魔法で攻撃するのが最善策だと思うけど、その魔法が使えない。シエラの言う通り自分で威力を調整できるように練習しておくべきだったかな。さて、この状況では何が得策か。

 ……うん、逃げよう。時間稼ぎさえすればエリンとシエラも戻ってくるだろうし。そう思って僕は後ろに飛んで距離を取った。が――。



「死ね」



 男とも女とも取れない中性的な声で初めて発したそんな言葉と共に、右の手をこちらに向けた。そこには直径十メートルを軽く超える黒い球が現れた。黒い球と言っても、まるで炎のような動きが見て取れる。黒い炎と言えば分かりやすいだろうか。

 何はともあれ、僕が魔法を使うのを控えていた意味が一瞬で無くなった。見るだけで地価が崩壊することぐらいは分かる。丁度背後にシエラとエリンのために作った地上への抜け穴があったので、適当に足場を作りながらそこを一気に駆け抜けた。後ろから黒い炎の余波が追って来ているが、僕の方が速い。

 そんな油断をしたタイミングで、黒い炎を切り裂いて僕の方に向かって黒い弧のようなものが飛んできた。急いで刀で防いだのはいいものの……。



パキィィィン!



 刃の部分が月明かりを反射させながら散り散りになった。壊れても無理はない。寧ろ、あの状態でよくここまで耐えてくれたと言いたい。

 さて、どうにか地上へは出られたものの、霧のせいで視界が悪すぎる。でも地下にいた時と見えている範囲は変わらない気がする。黒い霧と言っても一寸先まで闇と言う訳ではない。地下にいたときは全体が見えにくくはあったけど見えていたので、多分十数メートル先ぐらいまでなら普通に見えている。今地上から数メートルほど離れた空中に足場を作って立っているのだが、地面はうっすらとだが見えている。まぁ、それでもここからシエラとエリンの姿が見える事は無いのだが。



グラリ



 なんか今視界が揺れた気が……。

 そんな事態に驚いていると、さっき僕が抜け出した穴の方から声が聞こえた。



「何の準備もなしにここまで闇霧やむの影響なしとはな。我を封印した人間よりは才能がありそうだな」



 どう考えてもまずい。さっきから徐々に体に力が入らなくなってきてる気がするのはこの黒い霧のせいか。こいつの話だと闇霧って言う名前らしいけど。

 というか会話してくるのならシエラとエリンが戻ってくるまで少しでも時間稼ぎをしておこう。



「それで、ゼハルは?」


「我を呼び捨てとは、本当にふざけた人間だ」



 こいつの常識がどういったものかは知らないが、少なくとも僕は目があった瞬間に殺しに来た奴に対して敬意を払えと言われても払えない。



「まぁよい。われの目的は簡単だ。この世界を我が手に収めることだ。考えてもみよ、弱き者は強き者に付くべきであろう?」



 うん、僕の知っている常識が伝わらないのは十二分に理解した。



「それをしようとして封印されたと?」


「そうだ。天界から降りてきて我自ら支配してやろうと思ったら邪魔をしてくる者がいたのだよ。察するにお主はその末裔だな?」



 それは知らない。が、エリンがルトイロ教皇と話していた内容から察するに賢者の一族の祖先のことだろう。

 要は天界とやらから降りて来た邪神ゼハルが世界を支配しようとした。が、それを阻止されてしまったと。



「支配してどうするつもりで?」


「どうもせんよ。ただ虐げ、苛み、嬲るだけだ。それから生じる感情は我にとっては快楽に変わる」



 それはどうもしないとは言わない。要は娯楽のためにこの世界の生き物を弄ぶと? 今ならこいつを封印しようとした人たちの気持ちが物凄く分かる気がする。だが、その人たちは今はいない。というか何でそんな大掛かりな事が起きて何の情報もないんだろう。とにかく、今は僕らでどうにかしないと。

 さて、ここで一つ問題がある。会話しながら少し休もうと思っていたのだが、休むどころかますます力が入らなくなってきた。視界はたまに歪むことはあるがもう少しなら耐えられそうだ。……多分。

 取り敢えずこの闇霧とやらから抜け出さないと。そう思って全力で真上へと向かう。



「逃がすわけないだろう?」


「っ!」



 気づいた時には僕の目の前にゼハルが回ってきていた。翼とかずるくないですか? こっちは普通の人間なんですよ? そんな飛ぶためにありますみたいな器官持ってる化け物に速度で超えるとか難しいですよねそうですよね。

 ……ダメだ、意識が遠のきつつあるのと焦りのせいで頭が働かない。



グラリ



 あ、このタイミングはまずい。バランスを崩して思わず体が重力に従ってしまった。それを見逃してくれるはずもなく、僕の進行方向へと回り込んで真上にいるゼハルは不気味な笑みを浮かべながら突っ込んでくる。その鉤爪がうっすらと差し込んでいる月明かりを反射させて不気味に光った。……魔法を使って防げるだろうか。



「これでこの世界は我の――っ!」



 ゼハルがそこまで言ったとき炎が僕とゼハルの間に割り込むように伸び、途中で突然現れた魔法陣を通って数倍の規模になった炎でゼハルが視界から消える。あれって契約している人間じゃないと出来ないんじゃなかったっけ? いや、シエラはそもそも人間じゃないか。

 そんなことを考えながら少しずつ高度を下げていた僕の体はシエラの背中に着地した。いや、着地したと言うよりは倒れこんだと言う方が正しいか。



「リク、大丈夫ですか⁉」


「あぁ、うん。どうにか……」



 そうは答えたけど、エリンは心配そうな顔でこちらを見ている。自分で言うのもなんだが、結構ボロボロである。

 次の瞬間、視界に突然光が入り込む。霧を抜けたと言った感じじゃないから、多分エリンの転移魔法でどこかへ移動したんだろう。



『主様、生きておるかや?』


「死んでは無いよ。でもちょっと……休ま……せて……」



 僕はそのまま意識を手放した。

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