第07話 天才魔法使い、黒幕に会う

 エリンの転移魔法で移動してきたのは広大なドーム状の空間。壁は全て真っ白な石を使われていて、中心にある数メートルの真っ黒な球状の何かはそのせいもあり不気味に存在感を放っている。……いや、この距離で見た感じ真っ黒と言う訳でもない。その中には黒い霧のようなものが絶えず不規則に流動している。

 そんな状況で真っ先に口を開いたのはエルミス王子だった。



「父上……」



 その言葉にエルミス王子の父であり、この国のトップでもあるルトイロ教皇は振り向いた。特段僕らに驚いた様子はなく、ゆっくりと振り返った。

 だが、ルトイロ教皇はエルミスに目を向けることはしなかった。



「やあ、リク君。君は本当にどこまでも邪魔をしてくれるね」


「僕は身を守っただけです」



 そんなルトイロ教皇に真っ先に痺れを切らしたのはレイスだった。



「ルトイロ教皇! これはどういうことですか!」


「それは君のような人間が知る必要がないことだ」


「ふざけないで下さい! 私たちがいったいこの国のためにどれだけ……」


「あぁ、君たち勇者は道化としてよく働いてくれたよ。私たちが期待した方向には進まなかったがね。魔族をあの島に移したのは間違いだった。海上で争うには人間にも魔族にもデメリットが大きすぎ、上陸しようものなら待ち構えていた方が有利だからな。戦争を起こすのは難しいものだ」



 ……ちょっと待て。魔族を移した? あの島にって言った? ってことは元は今人間が占領している島に魔族がいたってこと?

 その質問をしようとしたが、モンドが先に口を開いた。勇者にとっては魔族よりも聞き捨てならない台詞があったらしい。



「僕たちが……道化……?」


「そうだ。君たちは人間に対して性能面で勝る魔族と戦うための――いわば人々にとっての希望だ。希望があれば多少無謀であっても戦えると言うものだ」


「そんなはずは……。だって僕たちは選ばれた――」


「そう、君たちは私たちに選ばれた。私たちの部外者の中で才能のあるものを選んだ。そして私たちはこの世界で最高峰の教育を君たちに施した」


「だ、だって聖剣は僕らを選んで……」


「あんなの賢者の一族に作らせた模造品だ。この国の倉庫に山のように眠っている」



 その言葉にピクリとエリンが反応した。そんなエリンを見て、ルトイロ教皇はにやりと笑う。



「そうか、やはりリク君は生き残りか。そうだろう、精霊王?」


「だったら何ですか?」



 ……え? 何? 自分の話のはずなのに内容が頭に入ってこない。そう言えばロイドの話の中でもそんなことを言っていた気がする。



「私の仮説を確かめたかっただけだよ。その歳から察するに……そうだな、あの老いぼれ賢者の孫と言ったところか。見事才能は受け継いだようだな。……いや、才能はリク君の方が遥かに上かな?」



 賢者って滅んだって言うあれだよね? その話が出たのも邪神同様随分前なので思い出せない。

 僕が頭を悩ませていると、ロイドが腰に提げた直剣を鞘から抜きながら口を開いた。



「ルトイロ教皇、あなたの目的は何なんですか?」


「この方の復活だ」



 そう言ってルトイロ教皇は黒い球体の方を見る。……うん、最初から感じてはいたけどあれはヤバい。何か根拠がある訳ではなく、本能がそう訴えかけている。多分エリンが体調を崩したのはこれが原因だ。エリンはあの黒い霧を察知できた。恐らく、僕よりもずっと敏感にこの感覚を、今もなお味わっているのだろう。



「そのためには負の感情が必要だ。そのためにドラゴンにデルガンダ王国を襲わせ、繁殖させ改造したヒュドラにストビー王国を襲わせた。そして我がリントブル聖王国は魔族と戦争させる予定だった。最後の戦争はリク君のせいで思わぬ方向に向かって計画が崩壊してしまったがね」


「メノード島に現れたドラゴンや魔物もルトイロ教皇の仕業ですか?」


「その通りだ。本来ならば戦争の中ごろに兵器として提供する予定だったのだがな。それと同時に我々も同じように兵器として同じ戦力を提供する。拮抗した戦争は互いに多くのモノを失いながら続き、人と魔族は互いに負の感情を増幅させる……はずだった」



 えげつなさ過ぎる。だが――。



「そこまでしないといけなかったのなら、それの復活は無理なんじゃないですか?」



 そんな僕の質問にルトイロ教皇は首を横に振った。



「そんな事は無いよ、リク君。私たちがやっていたのはそれだけじゃない。どうすればより早く、より効率的にこのお方の復活を早められるか。つまり、負の感情の代わりになるものを集められるか。そしてつい最近、その方法に辿り着いた」



 そんな言葉と共に、辺りから黒いコートに身を包み、フードを深くかぶった者がぞろぞろと現れる。フードのせいで人間か魔族かの判断はつかない。その手にはメノード島でみた杖が持たれていた。確か黒霧を纏った魔法を放ってくるやつだ。



「リク、気を付けてください」


「分かってる」


「主様よ、そろそろ奴らは転移させた方がいいと思うのじゃが」



 そう言うシエラの瞳は鋭く、完全に戦闘態勢だ。レイスの言葉に反応した時とは比べ物にならないほどの殺気を放っている。こんな時にこんなことを考えるのもあれだが、シエラって本当に凄いドラゴンだったのか。さて、冗談はここら辺にして。



「勇者諸君もリク君たちも見たことがあるだろう? 黒い霧を纏った魔法を放てる杖。それは使用者の命を削って黒い霧を出している。つまりその杖は命を黒い霧に変換する魔道具と言う訳だ」



 随分と悪趣味な魔道具である。だが、それならなぜ――。



「なぜ今まで使わなかったのか。そう思っているのだろう? 話は簡単だ。リク君、君を確実に殺すためだ。ゼハル様の危険分子となりうるのは君ぐらいだからね。ここで君が消えれば確実にこの世界は堕ちる」



 そう言いながらルトイロ教皇は杖を掲げ、それとほぼ同時に周りにいた者も杖を掲げた。その瞬間、彼らは一斉に倒れこんだ。それと同時に全ての杖が黒い霧に包まれ、杖はすべてを吸い込んでから音を立てて三者三様の方向に割れた。そこから再び黒い霧が噴出し、中心の球状の何かに吸い込まれていった。



「エリン!」


「分かっています」



 次の瞬間、ロイドたちの足元に魔法陣が現れた。



「リク、ちょっと待っ――」



 ロイドが何か言いかけた気がするが、聞こえなかったのだから仕方ない。ロイドたちが消えたのとほぼ同じタイミングで中心にあった水晶がガラスが割れるような音と共に崩れ落ちた。それと同時に辺りに黒い霧が漂い始める。

 次の瞬間、全身に震えが走った。



「シエラ、エリン、話した通りにお願い」


「「了解です(じゃ)」」



 シエラに人がいない方向を聞いて、そちらの方向に手を向けた。魔力を込めてそちらを破壊し、地上までの巨大な穴を作り出した。奥から月明かりが見えているので、日は既に沈んでいるのだろう。

 シエラは本来の姿に戻り、エリンは僕の肩を離れてシエラの頭の上にしがみついた。



「全速力でよいのか?」


「当たり前です。手加減したら後で殴りますよ」



 エリンに殴られても痛くなさそうだなぁ。そんなことを考えながら飛び立っていく二人を見送った。こういう時は喧嘩をせずに真面目に動いてくれるから二人の方は大丈夫だろう。さてと。

 僕は久方ぶりに腰に提げていた刀を鞘から抜いて、黒い霧の方に向き直った。

 黒い霧の中から現れたのは、人型で黒い肌に長い白髪、無機質な紅い瞳をした何かだった。特徴のない中性的な顔のせいで性別は掴めない。その大きさは人や魔族とそう変わらないが、その背中から生えているドラゴンの翼をそのまま小さくしたようなものや、手足から指の代わりに生えているかぎづめのようなものから人でも魔族でもないことだけは見て取れる。

 そんな何かと目が合った次の瞬間――。



「っ!」



 物凄い殺気と共に黒い霧が辺りを包み込んだ。

 全く、僕普通の旅人のはずなのになぜこんなことに……。そんなことを考えながら瞬きをした次の瞬間、僕の目前には鉤爪が迫っていた。

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