第03話 勇者、国の裏側を知る

 僕の生まれた国は大きく五つの区域に分類される。才能があればあるほど中央へと移ることができ、その才能は身分証と呼ばれるもので判断される。身分証とは別に、国への貢献が認められれば移動できる権利を得る。いつか国の中心へ行く。それがリントブル聖王国の国民が抱いている目標だった。そして、より中央へ行けば基本的に外側へは行けない。そう言うルールだった。

 その唯一の例外が『勇者』と呼ばれる存在だった。普通の人間では倒せないような魔物が発生した時などに駆り出される。街の人々に希望をもたらすと言う理由の元、僕らは街中を自由に行き来できたんだ。

 そして僕はあの日、ガノード島の調査と言う名目で国を出た。今思えば、フレアやモンドと違って自由過ぎる行動をしていて邪魔だった僕を消したかっただけかもしれない。いくら勇者と言えど、デルガンダ王国を襲ったようなドラゴンの大群を退けることは不可能だろうから。

 その後、僕がこの国に帰ってきたのはリクが魔族を助けたという話を聞いてからだった。

 デルガンダ王国の陛下にその話を聞きに行った時の事――。



「リントブル聖王国が宣戦布告を出したと言う話は本当だったのか……」


「正確にはデルガンダ王国とストビー王国もじゃがな」


「僕らデルガンダ王国とストビー王国は全面降伏という形を取りましたが、問題はリントブル聖王国がどう動くか、ですね」


「全面降伏というのはルトイロ教皇には連絡を?」


「それはしたのじゃが音沙汰無しでな。それがまた不気味なのじゃよ。最も、リントブル聖王国が儂らに何かを仕掛けてくるとしても、リク殿と敵対することと比べれば大した事は無いしの。その考えはストビー王国も同じじゃろう」



 そんな話をデルガンダ王国の陛下から聞いた僕は、リントブル聖王国に降伏する気がないことを察して、リクを敵に回さないように助言すべく帰国した。

 そこで運よくすぐにレイスとモンドと合流することが出来た僕は、二人に簡単に状況を説明した。



「ドラゴンの大群が来て勝てるかどうかはともかく、一撃で消し飛ばせるような魔法、私たちは使えないし、そんな魔法に対抗する手段なんて持っていない。戦わなくてすむのならそれに越したことはないわ」


「それにロイドの話だと害はなさそうだし、あんな実力を持っているなら仲良くした方がメリットが大きそうだしね。問題は教皇様を納得させられるかどうかだね」


「僕の話を聞いて考えが変わると良いんだが……」


「そればっかりは言ってみないと分かんないわね」


「もう既に一度返り討ちに合っているし、多少は考えてくれるんじゃないかな」



 僕がこの国に不信感を持ったのは、その後レイスがリクをこの国の研究員と勘違いした話を聞いてからだった。その話を聞いてリクが鎌をかけただろうことは直ぐに分かったが、まさかそれに掛かるとは思わなかった。それに、掛かったと言う時点でリクの予想は当たっていたのだろう。

 そして、僕はレイスとモンドと共にそれを確認するためにもルトイロ教皇の元へと向かった。

 城へと入り、玉座へと向かうと赤い絨毯の敷いてある何十段もある階段の上にある玉座にその人は座っていた。



「久しいな、ロイドよ。して、儂に何用かな?」


「僕はこの国が魔族を庇ったという人間に対して敵対しているという話を聞いて戻ってきたのです」


「ほう。それで、ロイドはどうしたいのじゃ?」


「敵対するのを止めて欲しいのです。その人物の実力は僕はよく知っています。少なくとも、敵対するのはこの国にとって大きな損害となるのは間違いないです」


「その頼みは聞けん。儂らは魔族と魔族に接するような人間に屈するわけにはいかんのだ」



 僕にとってそれは想定内だった。それを説得するために僕はここへ来たんだ。しかし、今の僕にはそれよりも確認したことがあった。だから僕は、ひとまず説得することをやめてそちらを優先した。



「ルトイロ教皇、この話とは別にあなたにお聞きしたことがあります」


「何かな? 儂に答えられることなら答えよう」



 僕はそこで僕の推測を話した。デルガンダ王国で聞いた話と、レイス達が知っていた魔法を無効化する謎の魔道具の話を繋ぎ合わせて。



「つまり、ロイド。お主はこの国がその黒幕じゃと?」


「そうとまでは言いません。ただ、そうでなくてもこの国の――」


「もうよい」



 そう言ってルトイロ教皇はゆっくりと立ち上がった。

 そして、僕たちに言い放った。



「お主らの勇者としての――いや、この国の国民としての役割は終わりとしよう。お主らがおらんでもどうにか溜まりそうじゃしの」



 僕らは一瞬その言葉の意味が分からなかった。だが、その直後に辺りから放たれた殺気を受けて、無意識に僕らは武器を構えた。それから間も置かずに辺りに数人の真っ黒なコートを着た人間が現れた。その手には不思議な雰囲気を漂わせた杖が持たれている。

 他の二人に代わって僕は声を発した。



「ルトイロ教皇! 何の真似ですか!」


「用済みなのじゃよ、お主らは」



 そんな言葉に呆気にとられるまでもなく、僕らは攻撃を受けた。様々な属性の魔法が飛んでくる。それらは黒い霧を纏っていて、不気味さを増していた。

 初めはレイスが魔法で無理やり相殺しようとした。だが、見た目に反した威力でそれは敵わなかった。だから僕が剣に魔力を纏わせてそれらを切り捨てた。



「ほう。面白いものを見せてくれるな。それはあの奇怪な旅人から学んだのか?」



 ルトイロ教皇はそう言った。どういう意味かは分からないが、生き残りと言うのはリクの事だろう。僕はリクのことを実力があるとしか言っていない。僕が剣を纏わせてそれを察したということは、この国はリクの存在を知っていたのだろう。

 そのことに頭が混乱している僕に、レイスとモンドが焦り気味に話しかけてきた。



「ロイド、ごめんなさい」


「僕らじゃ足手纏いになりそうだ」


「いや、どの道これは――」



 それ以上は言わなかった。どこからともなく現れ、増える敵の数。その手には一様に先程のような杖が持たれている。リクの転移魔法の話をデルガンダ王国の陛下から少し聞いていたが、もしそれが戦闘目的で使えたとしたらこんな感じなのだろうか。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。だが、考えたところで勝ち目は全く見えなかった。

 僕らは多少の抵抗はしたものの、杖から放たれる黒い霧を纏った魔法とその圧倒的な数の前にどうする事も出来なかった。そして、次に目を覚ました時には――。



「ここは……」



 どこか分からないが、その場所が牢であることだけは分かった。それからは一定の間隔で、看守が必要最低限の食事を持ってきて、それを食べるだけの日々だった。

 最初の数日はどうにか脱出しようとしたが、唯の石造りだと思っていた壁や鉄格子に触れると不思議と力が抜けることに気が付いてからは諦めてしまった。自力でここから抜け出すことは不可能だと確信してしまった。





「これで僕の話は終わりだ。満足してもらえたかな?」


「えぇ、助かりました」


「それで、リクはこの先どうするんだ?」


「これ以上向こう側は本当に危なそうなので、取り敢えずアイラとルカ、それとロイドと他の勇者を離れた場所に移動させてから、奥に進もうと思います」



 リクはそう言ったが、僕にだって譲れない所はある。



「リク、一つ頼みがある」


「何ですか?」


「それ、僕も連れて行って貰えないか? この国のために動いていた身としてはどうしても行きたいんだ」



 そんな僕の言葉を聞いて、一瞬断ろうとした気がしたが、諦めて認めてくれた。僕の表情で言っても無駄という事を察したのだろう。



「ともかく、一度全員でデルガンダ王国に移動します」



 そう言ってリクが肩に座っている妖精とアイコンタクトを取ると、足元に不思議な魔法陣が現れた。デルガンダ王国の陛下から聞いた話通りだと、きっと転移魔法と言う奴だろう。僕はそれに身を任せた。

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