第09話 天才魔法使い、港へ向かう

 僕らはシエラの背中の上で外の景色を眺めていた。ちなみに、僕らの姿はエリンの魔法で見えなくなっている。だが、別に影が出来なくなるわけではないし、魔王様のように気配で気付く魔族がいるかもしれないので、わざわざ人気のないところを飛んでいる。エリンは気付かれる事は無いと意気込んでいたけれど、一応ということでそうしている。少し遠回りになっているが、シエラの速度を考えれば、馬車で道なりに走るよりも早く着くとのこと。



『港というのはあれかや?』


「そう! すごい、いちにちもたってないのに!」


『そ、そうじゃろ。妾はエンシェントドラゴンじゃからな』


「シエラさんが照れるなんて珍しいね」


『主様のせいで霞んで褒められることなんて皆無じゃったからな……』


「従魔ってことになっているから仕方ない」



 酷いとばっちりである。僕は何も悪いことしてないと思うんだけど。そんなことを考えながら港の方に目をやる。ちなみに、今来ている港はこの島に来た時に着いた西側の港ではなくその真反対、東側の港である。人間の島の方を向いている東側と違って、大砲などの物騒なものは一切ない。港町といった感じである。



『あそこら辺に着地したのでよいか?』


「周りに人気が無さそうならそこでいいよ」


『了解じゃ』



 そんなこんなで着地して徒歩で街に向かう。



「シートルの街と雰囲気が似てる」


「懐かしいね、お兄ちゃん」


「そうだね」



 ずいぶん懐かしいシートルという言葉に一瞬どこか思い出せなかったのは内緒である。確か、自分の村を出て最初にたどり着いた街で、アイラがいた街だ。少しずつシートルの街を思い出しながら色々あったなぁ、なんて考えていると、少し不機嫌そうな声をシエラが出す。



「主様、妾はその街知らんのじゃが」


「あの時はシエラもいなかったから仕方ない」


「あの街の海鮮料理美味しかったよね」


「ほう。……主様、次の目的地を変更するというのは――」


「それはしないけど、また行ってみるのもいいかもね」


「わたしもいきたーい!」



 元気に右手を挙げるリリィを見ながら、エリンの魔法があれば案外行けそうだな、なんて考えた。けれど、流石に陛下に許可を貰ってからにしないといけないと考え直した。メノード島にこっそり入ろうとしていた僕が言うのもなんだけど。

 そんなことを考えていると、ずっと黙っていたエリンが落ち込み気味に口を開いた。



「甘いものの気配がないです……」



 甘いものの気配って何だよ。精霊にそんな無駄機能が付いていたなんて知らなかった。



「リク様のアイテムボックスにいっぱい入ってるから気にしなくても大丈夫。ご飯の時間になったら私がデザート作る。リク様の許可があればだけど」


「それぐらいならいいよ」


「なら昨日買っていた果物を所望します」


「分かった。初めて使うからどうなるか分からないけど」


「アイラの作るもので美味しくなかった記憶ないんだけど」


「あいらはりょうりじょうずなの?」


「素材と道具が一級品だから」



 料理に関しては詳しくないので細かいことは分からない。が、料理がおいしいのがそれだけではないことぐらいは僕でも分かる。

 そんな話をしながら道を海の方向に向かってまっすぐ歩く。暫くすると、賑やかな市場に出る……はずだったのだが、なぜか暗い雰囲気が漂っていた。



「何かあったのかな?」


「わたしがきいてくるー」



 そう言うと、リリィがテトテトと走って近くにいた魔族に聞きに行った。リリィの愛嬌のお陰か、沈んでいたその人の顔色も多少良くなっている気がする。ちなみに、リリィの見た目も変えているので魔王の娘だと気づかれる事は無い。顔が広いか分からなかったので、騒ぎにならないように一応だ。

 一分も経たないうちに目的を果たしたリリィが戻ってくる。



「どうだった?」


「おっきなおさかながまたでたからおとうさんがくるまでりょうにでれないんだって」(ジュルリ)


「「「また?」」」


「たまにおとうさんがだいじしにきてるの」



 へぇ。あそこからここまで普通に来ようとしたら数日かかるらしい。報告しないといけないから往復すると考えればその二倍か。少しお手伝いでもするとしよう。なんか大きな魚と聞いて涎垂らしているのも一人いることだし。



「うぐっ」



 僕らはリリィに話をしてくれた魔増の方に行き、手伝うことを伝えた。が。



「無理無理。あんたらこの辺じゃ見ない顔だな。どうせどんな魚かもわかってないんだろ」



 その通り過ぎてぐうの音も出ない。



「このひとはつよいからだいじょうぶ!」


「いや、でも――」


「だいじょうぶなの!」


「お、お嬢ちゃんがそこまで言うなら……」



 この子は心を操るスキルでも持っているのだろうか。実際に持っていたとしても、エリンと違って安心して見ていられる。

 この魔族はこう言ってくれたが、どうやら団長と呼ばれるここのまとめ役がいるらしく、そちらに許可を取らないと始まらないらしい。というか勝手に行っちゃいけないんだろうか。



「ねぇ、お兄ちゃん。勝手に倒して来ようとか思ってる?」


「ここにはリク様を知ってる人がいない」


「実際に誰かが倒すところを見ないと信用してくれないかもしれませんよ?」



 心を読めないはずの3人がなぜこんな反応が出来るのかはもう考えない。

 みんなの言う事も一理あるのでおとなしく従うことにした。倒してアイテムボックスに入れてこの港の近くで出せばいいのでは? と思わなくもなかったが、もう既に団長と呼ばれる人物のところに行く流れになっていたので口に出さなかった。





「なんだ急に? まあ、海に出れなくて暇だから別にいいが」



 と、市場の隅っこで麻雀をしているうちの一人が口を開いた。



「団長、それロンです」


「ちょ、ちょっと待て。今のは無しだろ。話しかけられて気が散ったせいで捨てる牌を間違えたんだ」



 どこからどう見ても牌を捨ててから話しかけていたんですが。



「まぁいい。それで、用件ってのはなんだ?」


「団長、ちゃんと負け分払って下さいよ」


「うぐっ」



 お金賭けてたのかよ。この人大丈夫だろうか。

 その後、団長さんに連れて来てくれた魔族が簡単に状況を説明してくれた。



「ほう……」



 めちゃくちゃ見られる。魔王様ほどではないが迫力が凄い。仕事柄か凄い体格をしている。よく見ると周りの魔族たちもいい体格をしているが、団長と呼ばれている魔族は彼らよりも一回りも二回りも大きい。



「いいだろう。お前ら、船出すぞ!」


「そんなどこの誰とも分からない奴を信用するんですかい?」


「俺だって若い頃は魔王の座を狙って鍛えてたんだ。相手を見る目ぐらいはある」



 その謎の感覚は何なんだろうか。Sランクの冒険者が何も分からなかったんだから、人間にはないものなのだろうか。



「りくはすごいの?」


「そうだなぁ。下手したら魔王より強いんじゃないか? こいつは魔王のような迫力は感じないが、底が全く見えない」


「そこまでですかい?」


「りくすごーい!」



 取り敢えず認めてくれたということは分かった。というか魔族側に比べてみんな反応薄いな。



「このぐらいじゃもう驚かんのじゃ」


「当たり前ぐらいにしか感じませんよね」



 ルカとアイラも頷いている。

 そんなこんなで準備が進み、数十分後には出向の準備が出来た。



「そういえば船に乗るのは初めてだな」


「私は何度かあるよ」


「確かシートルの街で私とリク様と別れたとき乗ってた」


「妾も初めてじゃ」


「私も初めて乗ります」


「わたしものったことあるよ!」



 既にこの世界に存在する4つの国のうち3つ目だというのに、乗船の経験がない者がほとんどだ。きっとシエラとエリンのせいに違いない。



「「人のせいにするのは良くない(のじゃ)(ですよ)」」


「なんかごめん」



 そんなこんなで碇があげられる。



「しゅっぱーつ!」



 リリィのそんな元気のいい掛け声とともに船は進みだす。

 団長が「魔王に報告に行った奴どうしよう……」とボソッと言ったのが聞こえた気がしたが、別に僕が悪いわけでもないような気がするので、気にしないことにした。

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