第26話 天才魔法使い、警戒される

「悪いがそこに名前を書いてくれんか」



 執務室に呼ばれた僕の前に出された紙には、和平条約と大きな文字で書かれていた。机を挟んだ向こうには陛下とマルクス王子がいる。



「それはいいですけど、これって国同士とかそういう時に作るものでは?」


「儂は大丈夫だと言ったんじゃが大臣たちが心配症でなぁ」


「父上と僕の意見を押し切ってせめてこれだけでもってことになってな」



 中身を見てみるとデルガンダ王国からは敵対するようなことは絶対にしないからこれからも仲良くしようね的なことが書かれていた。署名なんてしなくてもそんなことはしないのだが、それで丸く収まるのならと思い名前を書いた。



「それにしてもあんな規模の魔法を使えるとはのう」


「リクなら人間と魔族との戦いを終わらせられるんじゃないか?」


「戦争に参加するつもりはないですよ。恨みを買うようなことはしたくないですし」



 今は休戦中らしいが今も人間と魔族は互いに戦力を高めているらしく、いつ戦争が始まってもおかしくないと言われている。ちなみに人間側の戦力はほとんどが島の東にあり、海を挟んで魔族たちのいる島と接しているリンドブル聖王国に集まっているらしい。



「あの国は人類のための軍事費だ、とか言って金をよこせとうるさいのだ」


「そのお陰で魔族を食い止められているんだから、僕たちは何も言えないんだがな」



 話によると兵士一人一人の実力ならまだしも、国全体の軍事力では足元にも及ばないらしい。なんかカツアゲにしか思えないんだが。そんな話をしていると、部屋の扉が勢いよく開けられる。



「お兄ちゃん、街に行こっ!」


「前から聞きたかったんだけど、ノックって言葉知ってる?」



 そこにはルカとアイラとシエラがいた。陛下の方を見るとにこりと笑ってくれたので、その場をお暇することにした。





「ほう、人間はなかなか美味いものを食べておるのじゃなぁ」



 シエラが焼き鳥を頬張りながらそんなことを言う。話を聞くとガノード島では海の幸はすべて生で食べているらしい。よくお腹壊さないな。



「人間と一緒にするでない。妾は人ほどひ弱ではないのだ」


「お兄ちゃんの心の声に反応するのやめてくれない? 話について行けないんだけど。アイラも分からないでしょ?」


「私はなんとなくわかる」


「え? 何? 私がおかしいの?」



 多数決でいったらそうなるよね。まあ、ルカが正しいんだけれども。それよりも……。



「これ、私からのお礼だよ!」


「こっちのも持って行ってくれ!」


「ここにあるもの好きなだけ持って行っていいぞ!」



 街を通るだけで皆がいろいろなものをくれる。屋台を出している人は食べ物をたくさんくれるのだが、食べているのはほぼシエラだ。僕らは既に満腹だった。アイテムボックスに入れることも考えたが、シエラがいれば必要ないな。何でそんなに食べられるのか気になり聞いてみたところ、人間の姿だと体が小さくなっただけで、胃袋が小さくなったわけではないらしい。なんて便利な体なんだろう。





 街に行ってみたいというシエラが満足したあたりで僕らは城へと戻った。



「美味しかったのじゃぁ」



 そんなことを言ってシエラが足を投げ出す。見た目の年齢と精神年齢があってない。



「そんなに食べたら晩御飯が食べられない」


「お父さんが今日は豪華にするって言ってたよ」



 それならもう少し街で食べるの控えればよかったかな。後悔はしてないけど。



「ほう。それは楽しみじゃのう」


「まだ食べるの!?」


「ドラゴンの胃袋って凄い」



 よく考えたらあの巨体の胃袋なんだよな。そりゃちょっとやそっとで満腹にはならないか。そういえば料理にドラゴンの肉とか出てきたら共食いになるな。



「妾たちは共食いもするから問題ないのじゃ」


「だからお兄ちゃんの心の声に反応するのやめて!」


「でもそれで困るのはルカだけ」


「私だけ仲間外れ……ぐすん」



 これは辛い。僕は何となしにルカの頭を撫でた。



「ありがとう、お兄ちゃん」



 こんなんで旅とかしてルカは大丈夫なんだろうか。そんなこと考えていると、メイドが僕たちに夕食の準備ができたことを知らせに来てくれたので、そちらに向かった。





 僕はてっきりルカが城を出た時ぐらいの食事だと思っていたのだが。



「多すぎません?」


「大臣たちがここぞとばかりに国の予算を使っておったからな。ふぉっふぉっふぉ」



 こんなことに国家予算なんて使わないでほしい。僕らの前にある大きな長机にはこれでもかというくらい料理が並べられていた。



「それだけ主様が警戒されているのじゃろ? 主様の矛先が向けば国の一つや二つ滅びそうじゃしな」


「お兄ちゃんならそんなことしないだろうけどね」



 そんなことを言うシエラの口からは涎が流れている。待ての命令を聞く犬でもそんなことにならないと思う。



「犬と比べられるのは納得いかんのじゃが?」



 シエラがそんなことを言うが口から溢れ出る涎は止まっていない。



「本当にエンシェ……シエラさんは心の声を聞けるんですね」


「僕のだけ聞いてるらしいですよ」



 全くもって迷惑な話だ。



「主様よ、そろそろ食べんとご飯が覚めるのじゃ」


「食料もっと買っておけばよかった」



 確かにシエラの食欲見てたら足りる気がしないな。旅の途中の食料調達はシエラに頑張ってもらうとしよう。



「主様? 飯が冷めてしまうぞ?」



 正直に食べたいと言えばいいのに。面倒くさいやつだ。



「ぐっ……」


「え? 何? どうしたの?」



 僕の心の声なんて聞こえないルカはシエラの反応を不思議そうに見ている。

 これ以上シエラで遊ぶのもあれなので話を切り上げて食事へと移る。





「シエラ、後任せていい?」


「任せておけ主様」



 シエラが親指を立ててこちらに見せる。



「それにしてもシエラさん本当に美味しそうに食べるね」


「作り甲斐がありそう」



 アイラが珍しく燃えている。道中の料理が楽しみだ。



「リク殿、此度は本当にありがとう」


「気にしないでください。この国には何かとお世話になりましたし」


「明日にはまた旅に戻るのだろう?」


「えぇ、そのつもりです」


「リク、何か僕たちに出来ることはないか?」



 僕は少し考える。アイラにも聞いてみようとそちらを見ると、懐かしい光景が広がっていた。二人でババ抜きをしていた。ルカはもちろん涙目だ。



「あのトランプ貰って行ってもいいですか?」


「そんなものでいいのか?」


「あれで十分ですよ」



 戦いを見学しようとそちらへと向かうと僕も参戦する羽目になった。予想通りというか何というか、ルカがずっと負け続けた。



「ぐすん……お兄ちゃん、魔法使ってる?」


「リク様は魔法なんて使ってない」


「ルカ、ポーカーフェイスって知ってる?」


「……なんかガロンがそんなこと言ってた気がする」



 目を真っ赤にさせたルカが答える。ガロンさん、教えようとしたんだ。どう考えてもルカには向いてない技術だし、身につかなかったんだろう。



「妾を差し置いて面白そうなことをしとるなぁ」


「シエラはダメ」


「なぜじゃ!」



 アイラの言葉にシエラがたてつく。普通に考えたらわかると思うんだが。人の心読めるやつがこんなゲームで負けるわけがないじゃん。



「分かった。このゲームをしておる間は心の声を聞いたりせん」



 そんな一言でシエラの参戦が決まった。





「主様よ、お主とアイラ、何かずるしておらんか? 一度もババを引いておらんじゃろ」



 お前もかよ。シエラとババ抜きをしたときそう思った。まぁ、食事を前に涎を垂らすぐらいには自制の効かないやつだし当たり前と言えば当たり前だが。



「お父さん、兄貴、見てた? ルカ初めて勝った!」



 陛下とマルクス王子は優しい表情をルカに向ける。



「おぉ、見とったよ」


「凄かったぞ、ルカ」


「えへへ」


「ルカ、もう一度やるぞ! こっちへ来るのじゃ! 主様とアイラもじゃぞ!」



 いや、もう僕とアイラ要らなくない? 結果なんて分かり切ってるじゃん。まぁ、あと一回ぐらいならいいかな。



「じゃあ、あと一回だけ」


「リク様がやるなら私もやる」



 部屋に戻ろうとしていた僕とアイラはUターンして二人の元へと戻る。5分後、普通にルカが負けた。



「ぐすん、もう一回だけ……」


「約束だからもう寝かせてくれない?」


「妾はやってもよいぞ」


「なら二人でやればいい」



 僕とアイラは二人と別れて自分の部屋へと戻った。ちなみに陛下とマルクス王子はルカを見守っていた。ほんとにルカのこと好きなんだな。家族なんだし当たり前か。



「アイラ、何してるの?」


「一緒のお布団がいい」



 ……まあいいか。ルカが来るまでこれが平常運転だったわけだし。その日はいつも以上にぐっすり眠れた。よく食べたのとアイラが隣にいるからだと思う。

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