第04話 デルガンダ王国の姫、攫われる
私のお母さんは、すごく優しい人だった。病気にかかってからも、心配する私を励ますために「いつか治るから」と言い続けてくれた。私は、日々やせ細っていくお母さんを見るのが辛かった。少しでも元気になってもらおうと毎日お母さんのところに行った。でも……。
お母さんは死んだ。その日、私はただひたすらに泣くことしかできなかった。次の日も、その次の日も私の心は晴れなかった。ずっと何かに沈んだような感覚だった。お父さんと兄貴は私と違って次の日からいつも通りに仕事をしていた。私にはそれが納得できなかった。頭では分かってた。そうするべきなんだって。でも、どうしても心がついていかなかった。周りの人に強く当たってしまった。こんなことをしても、お母さんが戻ってくるわけじゃないのに。私の護衛をしてくれていた兵士の人たちは、私がどんなに強く当たっても傍らにいてくれた。そんな彼らをも拒絶してしまった。これは罰なのかも知れない。私は馬車に揺られながらそんなことを考えていた。
「まさか一国のお姫様を攫う日が来るとはな!」
「あぁ、これで大金が手に入る。これで俺たちの計画にも一歩近づくはずだ」
私は攫われてしまった。手足を縛られ、馬車に投げ込まれた時、こちらに向かって私の名前を叫ぶガロンの顔が見えていた。私は周りに迷惑をかけてばかりだ。
☆
「おい! 逃げるぞ! スタンピードだ!」
外が騒がしい。スタンピードって魔物がいっぱい出てくるあれのことかな? 体に大きな遠心力がかかる。ちらりと見えた外の景色には大勢の魔物の姿が見えた。
私たちの馬車は今、先頭を走っている。馬車の中から後ろの景色が見える。後ろの馬車が次々と魔物に追いつかれて襲われていく。そして、私たちの馬車もついに追いつかれた。
「くそっ!」
「全員武器をとれ!」
馬車が倒されて外に投げ出される。幸い追いついてきたのは足の速い魔物だけで、そんなに数はいなかった。生まれて初めて見る魔物の姿に、体が固まって動かなくなる。目の前で人が魔物に襲われている。そんな光景をただただ見つめていた。そんな私の前に、一本のナイフが転がってくる。
死にたくない
ただそう思った。手足を縛られている状態で必死にナイフを使い、縄を切って魔物が来ているのとは反対の方向に走った。後ろでは私を攫った人たちが魔物に無残な姿にされている。あそこにいる魔物が動き出したら今度は私の番だ。私は、ナイフを捨ててただただ必死に走った。
魔物から一旦は離れられたが、後ろから足音がして振り向くと魔物の大群がこちらへ近づいてきていた。さっきの足の速い集団だけじゃない。合流してすごい数になっていた。少し離れたところに人影が見える。私より少し年上の男の人だ。このままじゃ、あの人を巻き込んじゃう。私はお母さんが死んでから人に迷惑をかけっぱなしだ。このまま死んだら天国でお母さんに怒られてしまう。その前に私は天国に行けるのかな? そんなことを考えていた時、そこにいる人が人差し指を上に向け、下に振り下ろした。最初は何をしているのかわからなかったが、後ろから聞こえた轟音に振り返ってみてようやく分かった。
魔物がいた場所には魔石しか落ちてなかった。魔法……だよね? さっきの人が嬉しそうに魔石を拾っている。
「え~と、あの……」
「えっと、何かな?」
お礼はちゃんと言いなさいと、お母さんはよく言っていた。
「助けてくれてありがとう」
「僕は魔石が欲しくてやっただけだから気にしなくていいよ」
私がこれからどうしようかと戸惑っていると、助けてくれたお兄ちゃんが声をかけてくれた。
「僕は街まで行くんだけど一緒に来る?」
「うん!」
その後、自己紹介をしてからお兄ちゃんが何のために街に向かっているのかを聞いた。お兄ちゃんは楽しそうに旅の話をしてくれた。
私の話もお兄ちゃんにしてみた。私はお母さんが死んで周りに迷惑をかけてしまった話だ。
「迷惑をかけるのはしょうがないところもあるんじゃない? 僕なんて生まれてからずっと村ののけ者扱いだったしね」
お兄ちゃんの話は私にとっては大きな衝撃だった。村を出て旅をするために魔法を必死で勉強していたらしい。私は今まで大きな目標も特になかったから、何かに対して必死になることなんてなかった。私は村を出て旅をするために魔法を学んで、実際に目標を叶えたお兄ちゃんがとてもかっこよく見えた。私と違ってずっと一人だったのに……。
お兄ちゃんの話を聞いて、自分が情けなく思えた。このままじゃいけないと分かっていながら、何の努力もしていない。そして、みんなに迷惑をかけた。王都に帰れたらみんなに謝ろう。今なら素直に慣れる気がする。
……私も魔法使ってみたいな。
☆
「なぜルカ様がこんなところに!」
お兄ちゃんと一緒に街に着いたら、護衛の兵士が私を見つけてくれた。何があったかを説明してお兄ちゃんのことを紹介しようと思ってそちらを見ると、そこには誰もいなかった。……あれ?
その後、私の護衛の兵士が集まっている宿へと向かった。みんな勝手に城を抜けだしてきたらしい。またみんなに迷惑をかけてしまった。
「みんな、迷惑かけてごめんなさい!」
みんなが驚いた顔をしている。今までの態度を考えれば当たり前か。ガロン達は笑って許してくれた。こんなに迷惑をかけたのに。
「ルカ様、何かいいことでもありましたか? すごく楽しそうな顔をしていらっしゃいますよ」
表情に出てたのかな? 私はお兄ちゃんの話をした。他のみんなも楽しそうに聞いてくれている。私が元気でいるだけで笑ってくれる人がいる。気付けたのも全部あのお兄ちゃんのお陰だ。
「リク殿には是非一度お会いしたいですな。いつかお礼をしたいものです」
ガロンのそんな言葉で私たちはお兄ちゃんを探すことになった。お兄ちゃんは魔石を拾っていたのをガロンに話したら、ギルドに魔石をお金に変えてくれるところがあるから、そこに行こうということになった。
「魔石を換金しに、若い男が来ませんでしたか?」
「えぇ、それなら少し前に来ましたよ」
「どこに行ったか知りませんか?」
「さぁ。そこまでは……」
ガロンが聞いてくれたがどこに行ったのかまでは分からなかった。もう! なんで挨拶もなしにどっかいっちゃうかな。
その後、この街にスタンピードが向かっているからギルドに人が集まっていることを知った。街のみんなが不安そうな顔をしていたのは多分そのせいだ。私はギルドで皆にスタンピードが全滅したことを伝えた。でも、お兄ちゃんの話をしても誰も信じてくれなかった。
「ルカ様、それは本当の話なのですね?」
「そうよ! ガロンまで私を疑うの?」
「いえ、確認したかっただけですよ」
その後、ガロンのお陰で斥候が出されてスタンピードの消滅が確認された。それでも、お兄ちゃんの話を信じてくれる人はほとんどいなかった。
ギルドを出た私たちは、街中を探してお兄ちゃんが立ち寄ったご飯屋さんを見つけた。ついでだからお兄ちゃんが食べたらしいものと同じものを頼んでみた。
「お、美味しい……」
私だけでなく護衛のみんなも美味しそうに食べている。王宮の料理にはならばない料理だった。なんでも鮮度を保てないからここじゃないと食べられないとか。旅をしたら、こういう料理をもっと食べられるのかな……。お兄ちゃんが楽し気にしてくれた旅の話を思い出す。私もいつか旅をしてみたい。心の底からそう思えた。
その後、お店の人が朝一で港に行けば、もっと美味しいものが食べられると教えてくれた。多分、観光を目的にしてるお兄ちゃんなら行くと思う。私たちは宿をとって、翌日の朝早く港へと向かった。
「何でいないのよ……」
「一旦戻りましょうか」
船の予約に行った他の護衛が戻ってきてから、私たちは来た道を戻ることになった。早く王都に戻らないと心配をかけるので、明日には戻るということになった。早く見つけないとと思いながら歩いていると、遠くに走っているお兄ちゃんの姿を見つけた。
「リクお兄ちゃ~ん!」
ちょっと待って。今こっち見たよね? なんで無視するの? 私たちが港に行くと、食事が売り切れたこと知って落ち込んで帰っていくお兄ちゃんの話が聞けた。ちょっと待って、私より朝ご飯を優先したってこと?
その後、お兄ちゃんが走ってきた方向にある宿を一つずつ当たった。やっと見つけた私はお兄ちゃんの部屋に突撃した。
<バンッ>
「リクお兄ちゃん!」
そこには裸で泣いている獣人の女の子とお兄ちゃんの姿があった。私はすぐにその場から離れた。
え? 何あれ何あれ? お兄ちゃんあの子に何したの? ガロンに見たままを話すと、何かを察したように「日を改めましょう」と言われた。改めるって言っても明日しかないんだけど……。でも、あの子のことは気になる。ちゃんと明日話を聞こう。
☆
次の日、朝早く宿に向かったら女将さんに朝早く出て行ったと言われた。何でも港に向かったとか。私たちはそのまま港に向かい、途中で港から帰って来るお兄ちゃんを見つけた。
「変態お兄ちゃん、その子誰?」ニコニコ
お兄ちゃんは私の質問には答えずに、私に質問をしてきた。スタンピードが片付いたのを誰が伝えたか知ってるかって。そんなの目の前で見てた私しかいないじゃない。お兄ちゃんに自慢げに話したらなぜか頬をつねられた。いたい。「朝ご飯のことを思い出した」とかいうよく分からない理由で私の頬をつねるのは止めて欲しい。昨日朝ご飯食べられなかったことかな? ちょっと待って。お兄ちゃんが朝ご飯食べられなかったのと私、関係ないよね!?
その後、私が国の姫だということを説明したのに二人には変な顔をされた。え、もしかして信じられてない? そんなことないよね?
お兄ちゃんがガロンと難しそうな話を始めたので、私は昨日、裸で泣いていた女の子に話を聞くことにした。
「あなた、お兄ちゃんとどういう関係?」
「主人と奴隷」
ど、奴隷!? お兄ちゃんもしかしてあんなことするために奴隷を?
「今、姫様の想像したようことはしてない」
「なっ、何も想像してないから!」
「あれは私の体を治療して、その結果を確認しただけ」
この子、アイラの話によると、ほぼ助からない状態のこの子をお兄ちゃんが魔法で治してしまったらしい。……私も魔法の勉強してみようかな。聞きたい話は聞けたのでお兄ちゃんとも話してあげようと思ってそちらを見ると、まだガロンとお話をしていた。
そういえば昨日ガロンがトランプを買ってくれたんだった。そうだ、この子と遊んであげよう。ババ抜きならルールも簡単だしこの子でもできるかな。
☆
「姫様。次、私が引く番」
「ぐすん。ん」
私は自分の持っている二枚のカードをアイラの方に差し出す。アイラがわかっているかのようにババじゃない方を引く。……おかしい。アイラは一回もババを引かない。アイラには超能力とかがあるのかもしれない。決して私が弱いわけではない。そう、弱いわけではない。……ぐすん。
「姫様、泣いてるの?」
「な、泣いてないもん!」
私がこんな子供に泣かされるはずないじゃない! これはあれよ。ちょっと目にゴミが入っただけなの。
☆
結局一回も勝てなかった……。アイラがもう一度泣かすなんて生意気なことを言っている。お兄ちゃんたちは歩きで来るらしいから、次会うのは多分20日後。それまでにアイラに勝てるようにしないといけない。
私はガロンを呼んで船の中でババ抜きの練習をした。ガロンが『ぽーかーふぇいす』とか言う難しい言葉を使っていた。ババ抜きもなかなかに奥が深そうだ。
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