ピラミッド

今年の写真撮影は、沙奈子さんの分も合わせてカメラマンに依頼してありますので、山下さんも写真を撮ることに気を取られることなく沙奈子さんの演技をご自身の目で見られるでしょう。


それが喜ばしいと私も感じます。本当であれば絵里奈さんと玲那さんにもこの場で応援していただきたかった……


『復讐は必要』と主張しながら、実際に復讐のために事件を起こしてしまった玲那さんはただただ犯罪者として世間から罵詈雑言を浴び、今ではれっきとした家族である沙奈子さんの応援にすら顔を出すことが憚られるという現実。


本当に人間というのは目先のことでしか物事を判断できない傾向にあるというのも思い知らされます。


けれど同時に、山下さんや絵里奈さんや玲那さんを見ていると、ただ人間を蔑んだり見限ったりするのも違うのだと思えるのです。


そして、千早も。


彼女は本当に素晴らしい。過酷な境遇から自身の足で立ち、歩き始めているのですから。


もちろん、ヒロ坊くんも素晴らしいですし、沙奈子さんも素晴らしいです。


イチコも、お義父さんも、カナも、フミも。とても素晴らしい方々です。


ヒロ坊くん達がいる限り、私は人間に絶望することはできないでしょう。


そして、たまたまご自身が素晴らしい人に巡り合えなかったからといって人間を見限り危害を加えようとする人を私は憐れに思います。ご自身が認識できるほんの小さな世界を見ただけですべてが分かったような気になって世界を断じてしまうなど、愚かとしか言いようがありません。


私にそれを気付かせてくれるきっかけをくださったイチコと彼に、私は感謝する以外の術を知りません。


体は小さいけれど懸命に組体操に臨むヒロ坊くんの姿に、私は胸がいっぱいになりました。


『ああ……大希、愛しています……!』


今はまだ気恥ずかしくて口には出せないけれど、心の中で彼の名を呼びます。


そして次々と演技はこなされ、最後の三段ピラミッドが始まりました。


体の小さな彼はピラミッドの一番上。その彼を、二段目の沙奈子さんが支えます。


また別のピラミッドでは。体の大きな千早は一番下を受け持ち、力強く支えていました。


三人の命の強さを見る想いです。


『尊い』


その言葉しか出てきません。


イチコと彼に出会うまでの私は、こんなこと、思いもしなかったでしょう。たかが小学生の稚拙な演技と見下し、鼻で嗤っていたに違いありません。本当にひっぱたいてやりたいです。


『あなたは何も分かっていない!!』


と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る