力を持つ者の責任
正直申し上げて、彼女がもし運動会にまで押しかけるようでしたら、学校側に働きかけて不法侵入を理由に退去を命じていただき、もしそれに応じないようでしたら警察に通報して補導さえしていただくつもりでした。
そのために、知己である警察官にも、もしかしたらそういうこともあるかもしれないとあらかじめ告げていたのです。
私の父がそちらの署長と昵懇の仲であることはすでに周知の事実でしたので、無下にされることもありません。
まるで権力を行使するかのような振る舞いではありますが、私は、今の幸せを守るためなら自身が使えるあらゆる力を行使することを躊躇ったりしないでしょう。
とは言え、傍若無人に振る舞いたいわけでもありません。力というものは節度を持って使わないと大変に危険なのですから。
館雀さんに対しても、私がただ感情のままに相対すれば、彼女だけでなく、彼女の周囲の方々の人生まで大きく狂わせる危険性があります。
人間の世界というものは、非常に複雑に絡み合っています。誰かにとって都合の悪い人をただ排除すればいいというわけではないのです。それをすることで、様々な影響が出ます。これを常に心にとめて理性的に振る舞わなければ、この世は容易く混乱に陥るでしょう。
多くの法治国家において<復讐>が認められていないのは、結局はそれなのです。目先の感情に囚われて行動すれば、思わぬところに<被害>という形で影響が出る。
一つの被害を購うためにまた新たな被害が出ることがあるのです。ですから、復讐は認められない。
分かりやすいたとえをするなら、復讐の対象を見誤る危険性があります。そして、復讐を実行に移した際に無関係な第三者が巻き込まれる危険性もあります。
人違いや勘違いで別人を害してしまったり、無関係な人を巻き込んで犠牲にしてしまっては、巻き込まれた方々もまた復讐を望むでしょう。
それはやがて、社会そのものを混乱に陥れる。
復讐は、フィクションの中で行われているそれのように常に間違えることなく誰も巻き添えにすることなく必ず成功するわけではないのです。
もし、誰かの<復讐>にヒロ坊くんが巻き込まれでもすれば私は巻き込んだ方に対して私の力のすべてを使ってでも報復することを望むでしょう。その方にどんな背景があろうとも知ったことではありません。
ですがそれはまた、新たな被害を生む危険性があるのです。
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