ラブレター事件 その10
『お茶でもご馳走するから』
そう声を掛けたイチコに、
「はっ! 誰があんたみたいな下流の負け犬のお茶とか飲むっていうのよ。負け犬根性が移りそうだから要らないわ! 私は謝罪を要求しに来ただけよ!」
と、嘲り笑うように吐き捨てます。
どこまでも人を見下さずにはいられない人なのですね。
ですがそれは、所詮、自信のなさの裏返しだというのが、私には分かってしまいました。かつての私も同じように他人を見下していましたが、それは結局、自分に自信がなかったからなのです。自負を持っていたつもりではありましたが、実際にはただの虚勢に過ぎなかったのです。
しかし、こういうタイプの人は感情を昂らせ過ぎると何をするか分からないという面も確かにあります。どのような伝手を辿ったのかは分かりませんがイチコの自宅まで突き止めたのですから。いえ、実際にはとりあえずだいたいの場所までしか分からず近所をしらみつぶしに当たっていたところに私達が出くわした形なのでしょうが、これは非常に憂慮すべき事態です。すぐさま探偵事務所に調査を依頼しなければなりません。そして実効性のある対処を行わなければ……!
『誰があんたみたいな下流の負け犬のお茶とか飲むっていうのよ』
とか言いながらも、館雀さんはイチコに続いて家に上がり込みました。その無神経さもそうですが、それ以上に、自身と対立状態にある相手の家に安易に上がり込むその不用心さに私は呆れてしまいました。
ここは完全に相手のテリトリーです。罠でもなんでも用意し放題です。屈強な男性が待ち構えているかもしれません。武器を携帯した何者かが潜んでいるかもしれません。その場合、どう対処するつもりなのでしょう?
小柄な高校一年生の女子など、一般的な成人男性でさえ容易く押さえ付けてしまえるでしょうに。
そういうことを想定していないとしか思えない行動。
狡猾なようでいて実に底が浅い。
このままでいれば彼女はいずれ、自身の行いにより手痛いしっぺ返しを食らうでしょうね。
それが彼女のしたことに対して相応の物であれば構わないのですが、人間というものはえてして過剰な罰を望んでしまいがちな生き物です。
『目には目を、歯には歯を』という言葉をよく用い『必ず報いを』と言うのですが、その<報い>が本人の行為をはるかに上回っている場合が少なくないのです。
『目には目を、歯には歯を』という言葉は、本来、
『目を潰されたら目を潰すまで、歯を折られたら歯を折るところまで』
という、<罰の上限>を表したものでしかありません。そう、<上限>です。
『罪を犯した者には必ず厳しい罰を!』
という趣旨ではないのです。にも拘らず、過剰な罰を与える言い訳として用いている方が多いというのが実情でした。
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