ラブレター事件 その8

館雀かんざくさんの主張は、とにかく、


『責任を取れ!』


の一点張りで、それ以外の何もありません。しかも、その責任の取り方については何も口にしないのです。


『慰謝料を祓え』


とも、


『土下座して謝罪しろ』


とも。


どうやら、そういう文言を使うと<脅迫>や<強要>に当たる可能性が出るという程度の知識は持っているようですね。それを避けつつ、相手からそれを申し出てくることを狙っているのでしょう。


ですが、彼女がどれほど声を荒げても、その所為でクラスメイトらから迷惑そうな視線を浴びても、イチコは揺らぎもしません。


「知らなかったとはいえ、館雀さんの手紙を勝手に見てしまったのはごめんなさい」


と謝罪はしたのですが、もちろん、それ以上ではありませんでした。


イチコの謝罪に納得できない館雀さんが、


「ごめんで済めば警察なんて要らないの! そんなことも分からないとか、ホンっとどうしようもない低能だよね! ちゃんと誠意を見せろってこっちは言ってんの!」


喚き散らします。


そんな様子に、クラスの中には、明らかにイチコに対して、


『何とかしろよ、ホントに迷惑な』


という空気が蔓延していくのが分かります。


まったく、この場合、被害に遭っているのはイチコの方なんですよ? それが何故、非難を浴びなければいけないのでしょうか? 自分さえよければいいのですか? あなた方のご両親は、そう教えたのですか? 


『叩きやすい方を叩け』


と。


この場合、なるほど厄介そうな館雀さんに目を付けられて絡まれたりしても困るから、普段からおとなしくて突っかかってきたりしないイチコを責める方が楽だという判断を下すのも当然でしょう。ですがそれは、『筋が違う』というものではないのですか?


道理に合わない言いがかりをつけているのは館雀さんの方です。それが厄介そうだから、自分が絡まれるのが嫌だから、被害者であるはずのイチコを責めるべきというのが、あなた方の家庭の方針なのですか?


そのような方々が<善良な一市民>なのですか?


実に悪い意味でのポピュリズム的な発想ですね。


けれど、イチコはそのような<空気>を読まないといけない人ではありませんでした。なぜなら彼女は、お義父さんによって絶対的に肯定されているからです。自身が生まれてきたことを無条件で肯定されている実感があるから、自身にとってさほど重要でもない、<ただ同じクラスになっただけの他人>から何と思われようとも痛くも痒くもないのです。


もちろん、そのようにされればいい気はしません。不愉快にもなるでしょう。ですが家に帰れば家族によって癒してもらえるのですから、何も恐れるところではないのです。


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