陶然
結局私は、あの後もずっと部屋に横になったまま過ごし、旅館を後にする時間になってようやく自分が落ち着いたのを感じました。
ただし、それでもなお、どこかぼんやりとした気分ではありましたが。
でも、決して悪い気分ではありませんでした。何とも説明しがたい、他人にはおそらく理解できないものだとは思いますが、私はこの時、幸せな気分の中にいたのだと思います。
あまりに奇妙で、不可解で、説明の難しいものではあっても、確かに幸せなのです。
ですがその分、陶然としてたのも事実でしょうね。
夕方、いつものようにヒロ坊くんの家で山下さんを迎えての会合はあったのですが、
「今日のピカは使い物にならないと思うから私が進めるね」
と、イチコが私の代わりに司会進行を行ってくださいました。
事実、この時の私は頭が働いていない状態でしたし。
しかし、この日は特に話し合うべきこともなく、イチコとしても、
「でも、特に話すこととかなさそうかな。『お風呂楽しかった』ってくらいかな」
とのことでした。続けてカナとフミも、
「だよね~。すごく良かったと思うよ。地味だけど、お風呂はすごくいい感じだったよね」
「うん。良かった。癒されたよ。また行きたい」
そんな風に、改めてあの旅館がよかったと説明していました。
ただ、フミは続けて、
「まあでも、今回、一番ハッピーだったのはピカだよね」
とも。するとイチコもすかさず、
「ほんとほんと。鼻血ふくほど楽しめたんなら本望でしょ」
とまで。
ですがその言葉も、私を馬鹿にするためのものでないのは分かります。だから私も何も言いませんでした。
もっとも、この時もまだ頭の中がふわふわとした感じで、上手く働いていなかっただけとも言えるのですが。
「ま、明日には治ってると思うよ。だから今日はもうゆっくりと余韻に浸ってたらいい」
山下さんと、ビデオ通話で参加していた絵里奈さん、玲那さんにも旅館での一件を大まかに説明したイチコが最後にそう締め括って、この日の会合は終わりました。
その後、私は、もうしばらく休んでから、千早を家まで送り届けたのです。
途中、千早が言いました。
「ピカ姉は、ホントにヒロに夢中なんだね」
『ピカお姉ちゃん』『ピカ姉ちゃん』『ピカ姉』。その時その時の気分によって呼び方が変わる千早ですが、そのどれもに私への気持ちが込められていることはしっかりと感じ取れます。
ヒロ坊くんと同じで、私がどんなにみっともない姿を見せても、そのどれもを、きちんと私として認めてくれている千早。
私に向けられた彼女の笑顔を見ると、呆けていた頭が晴れてくるのを感じます。
女性としてはヒロ坊くんを愛していても、人として、私はその千早の気持ちに応えたいと改めて思うのでした。
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